第35話『クリスマスは今年もやってくる』
しろさんがデビューしてからもう四ヶ月が経過している。
もうすでに、十二月である。
今日は、十二月二十四日。
クリスマスイブ、という奴だ。
海外とかだとクリスマスを祝うことはあれ、イブを特別視して祝うことはないらしい。
なんで、日本では祝うのだろう。
『そういえば、今日クリスマスですけど、何かご予定は――』
「もぐもぐもぐもぐ」
『いやあの、クリスマスのご予定は――』
「もぐもぐもぐもぐ」
『ええ……』
スルーされたよ。
いや本当にもの悲しい空気が漂っている。
「まあ、クリスマスは視聴者のみんなと過ごすからね」
『ええ……』
「ええって何かなあ!不満があるなら言ってごらんよ!」
別に、クリスマスを文乃さんと過ごすことに不満があるわけではない。
ただ、それはそれとして家族と過ごせばいいんじゃないかと思う。
そこまで険悪というわけでもないだろうし。
……少なくとも、私とは違い、金銭的な支援は受けられる関係なのだから。
そんなことを、私個人の感傷を隠しながら言ってみると。
「家族や親せきとは、正月に嫌でも顔を合わせるからねえ。わざわざ過ごさなくてもいいというか。どのみち父も母も、今は仕事が忙しくて帰ってこれないと思うよ」
『ああ……』
早音家は、良くは知らないが間違いなく名家だ。
家の様子を見た限り、格式と伝統があるようにも思えた。
であれば、クリスマスやハロウィンなどよりも、正月のような日本の伝統行事の方が重要視されるのかもしれない。
聞けば早音家の両親は、仕事で毎日忙しいらしい。
まあ、工場やら土地やらいろいろと管理しているのだ。
色々とやることがあるのだろう。
そんなだから家を空けることが多く、帰ってくるのが正月くらいなのだとか。
『ということは、正月は配信もお休みですか』
「そうなるね。一応、まだ私は早音家当主の、娘ということになっているから」
なっている、というのはどういうことか聞いてみた。
「元々、早音家は世襲制だったんだけど、すでにその制度は廃止されてるんだよね」
『世襲制が、なくなった理由は?』
「私が、そう希望したからだよ?」
『そうですか……』
まあ、確かにこうやってVtuber活動に全力を傾けている以上、経営などに携わるつもりはないのだろうなというのはわかる。
それは、逃げではないか、いいとこどりではないかという思いがないでもないが、それを言っても仕方がない。
文乃さんは、彼女の信念に従って動いているだけだから。
「…………」
『あの、どうかしたんですか?』
いつの間にか、文乃さんが不安そうな顔でこちらを見つめている。
まずいな、感情を気取られただろうか。
いやそんなはずはない。
ダミーヘッドマイクに表情はないから、私の感情を示せるのは声音だけである。
「いや、なんでもないよ。今日も配信頑張らないとね」
『ええ、頑張ってください』
世間がクリスマスだったとしても、社畜とVtuberに休みはない。
前者は、企業がひどいから。
後者は、個人事業主だから。
いつ休むのかさえも、個人の裁量で決まる。
特に、普通の人が休みがちな時期、夏休みや冬休みはかき入れ時なので、休まない方が合理的だったりもする。
「というわけで、今日はお昼ではあるけど、チキンとケーキを食べながら雑談をします。別に昼間の内にケーキを食べきってしまっても構わんのだろう?」
クリスマスイブ、お昼の雑談配信。
スタンドマイクと私の置かれている机の上には、ケーキとチキン、そして紅茶の入ったタンブラーが置かれていた。
栄養バランスという言葉を辞書から塗りつぶしたような献立だったが、日付が日付であるゆえに、何も言えないのもまた事実。
【完全に負けフラグやん】
【食べ過ぎてお腹壊すに一票】
「おいおいおいおい、言ってくれるじゃないか。ちなみにみんなはお昼何を食べてるの?たぶんチキンじゃないよね?」
【カレー】
【牛丼】
【(食べて)ないです】
「あー、牛丼いいよね、おいしいよねえ。そういえば最近食べてないなあ。今日の晩御飯は牛丼にしてもらおうかな」
【夜に牛丼食べるんだね】
【ちゃんと作ってくれる人がいるのはいいね】
ちなみにだが、彼女は実家暮らしであると視聴者には説明している。
これは、メイドさんたちを部屋に入れた時に動揺をリスナーに与えないためだ。
なので、視聴者たちはメイドさんをしろさんの姉や母親だと思っている。
まさか、掃除などをしているのはメイドだし、料理を作っているのは全部コックです……などと言えるはずもないので仕方がないのである。
◇
一時間ほどかけて、彼女は話しながらチキンとケーキを食べ終えた。
そして、配信終わりの告知を行う。
配信の最後に、次の配信の告知を行う。
これによって、リピーターなどを獲得できる。
「今日の夜は、九時から同時視聴やります。よろしくね」
お昼の雑談配信の終わりごろに、しろさんが告知をした。
今日は、前からやりたいねと私と文乃さんが話していた同時視聴配信の日である。
無論、SNSなどを通じてあらかじめ告知は出していた。
だがまあ、こうやって何度も告知しないと視聴者は忘れてしまう。
配信に限らず、こうやって何度もリマインドすることが仕事においては重要だったりする。
普通に忘れてたりするからなあ。
特に、忘れてる側が上司だと叱ることもできないからなあなあになる。
ひどい場合だと、普通に逆切れしてくる。
だから、後々怒りを買わないためにも告知や連絡をこまめに入れるというのは本当に必要なことである。
いやまあ、好きで来ているファンの皆さんが告知一つでぶちぎれるようなことはないとは思うが。
【うおおおおおおおお!】
【同時視聴配信助かる】
【待ってました!】
【映画デート配信楽しみ】
同時視聴配信という告知に対して、ファンは概ね肯定的だった。
そもそも、同時視聴配信を求める声は、マシュマロやエゴサなどでもたびたび届いていた。
【今日はASMRなしかあ】
ぽつぽつと不満げなコメントもあるようだが、まあ致し方ないだろう。
永眠しろというVtuberのメインコンテンツはASMRであり、再生数の多いアーカイブを順にあげていけば、少なくともトップ20まではASMRのアーカイブが占める。
そうでなくても、彼女の配信の半分近くがASMRなのだ。
だが、今日のようにたまにASMRの配信がスケジュールの都合上できなくなることもある。
「あ、ちょっと誤解があるみたいだね」
しろさんが、そのコメントを見て訂正を加える。
「やるのは、同時視聴型ASMRです。詳細はまたSNSで告知しますね」
『え?』
【?】
【ふぁっ】
【つまり映画デートって、こと?】
【助かりすぎる】
【そういえば、告知だけだと同時視聴することと、何の映画を観るのかしか書いてなかったな。ASMRじゃないとは言ってない】
「まあ、クリスマスだからね。今日はみんなと一緒にいるってことだよ」
【ユニコーンへの配慮を忘れないVtuberの鑑】
【ちょうど生まれてこの方ずっと彼女がいなかったからありがたい】
そういえば、そんな人たちもいたな、と思い返す。
Vtuberのファンの中には、ガチ恋勢やユニコーンと言われるものもいる。
ガチ恋勢というのは、つまりVtuberの中の人と、演者と付き合いたいと思っている人のことだ。
そしてユニコーンというのはそのガチ恋勢から発展して、過度な処女性を求める者達のことである。
例えば、配信者が仕事上で異性と絡んだりするだけで、コメントを荒らしたり、など迷惑行為に及ぶこともある。
もちろん、全てのユニコーンが悪というわけではないが、Vtuber界隈の中で
そんなユニコーンの考え方の一つに、「クリスマスは配信をしてほしい」というものがある。
クリスマスに男の影を一切見せず、仕事漬けの日々を送って欲しい。
それが、ユニコーンが求める理想像というわけだ。
私は、生前Vtuberをキャラクターに近いものであると考えていた。
それゆえに、自分の声で配信者の考えを変えようという気持ちがなかった。
だから、ユニコーンという人種の考え方はよくわからない。
ただ、しろさんはいわゆるファンとの一対一の関係を主体とする、いわゆるガチ恋勢向けの配信が主である。
ゆえに、そういうユニコーンへの配慮が必要となっている。
彼女も、それを理解しているらしくガチ恋勢やユニコーンへの配慮は活動中にも欠かさなかった。
それこそ、誤解を避けるために私の話などは一切していない。
仲よく映画やアニメを観る友人がいる、と言えば、それだけで邪推されてしまうものらしい、とはユニコーンに理解の無い私に文乃さんが愚痴りながら教えてくれたことだった。
ともあれ、そういった配慮も兼ねての映画デートASMR配信である。
私に出来ることは、リハーサルに付き合うことと、本番を聞くだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます