第13話『マシュマロとタグ』

彼女について、図らずともかなり深い部分を知れた状態で、話題は別のことに移った。



【好きな食べ物は何ですか?また嫌いなものがあれば、それも教えて欲しいです】



 ……浅い。

 いや別に、お題に優劣とかないんだけどさ、さっきのやつがあまりにも彼女の深いところまで掘り下げる類の質問だったから、落差がすごいんだよね。

 もちろん、悪いわけではないけどね。

 暴言とかセクハラの類でもないし。むしろいいマロではある。

 ただまあ、逆に言えばこういう浅い質問の方が、答える側としては楽でいいかもしれない。

 実際、永眠しろさんの口からはすらすらと回答が出た。



「これはねえ、好き嫌いはあんまりないかな。いやあるにはあったんだけど、普通に克服させられたんだよね。ピーマンとかナスとか、あとトマトとか。苦手ではあるけど、食べれないものは特にないよ」



【ピーマンが苦手だったの可愛い】

【ナス科というのは、とかく嫌われがちなものだよね】

【実家結構厳しかったん?】



「そうだねえ、実家は厳しかったんだよねえ。普通に、習い事とかも結構入れられたし。茶道とか、華道とか、弓道とか、英会話とか。あと琴とかもやらされたなあ」



【待って、情報が多い】

【ガチのお嬢様なのでは?】

【琴やってたVなんて聞いたことないよ】

【琴以外、配信では活かせなさそうだなあ】



「あー、どうだろう。琴配信かあ。希望が多かったら、やってみようかな。確かに他は、配信するのは厳しいかもね」



 いやお嬢様であるというのは知っていたけれど、そんなに習い事とかあるのか。

 私は塾も含めて習い事とは無縁の生活だったからなあ。

 琴とか茶道とか、部活動以外でやってる人初めて見たかもしれない。



「そういえば、好きな食べ物だっけ。好きなものは、やっぱりハンバーグとか卵焼きかなあ。もし記念配信とかやることになったら、ハンバーグ食べながらやりたいね」



【食の好みが小学生のそれやん】

【ぺろっ、これはロリ】

【正直わかる】

【記念配信か、誕生日っていつだっけ?】



「いや別にロリではないでしょ。女子高生だからね。……女子高生ってロリじゃないよね?」

『まあ違いますね』



 思わず声が出てしまった。

 とはいえコメント欄が言うことも理解はできる。



 文乃さんの見た目は正直幼い。

 背の低さもあるが、顔が童顔なのだ。

 顔つきと身長を見れば、小学校高学年くらいだと思われるのも無理はない。

 その上で、出るところはしっかり出ているので所謂ロリ巨乳と言われる体系である。

 永眠しろというVtuberの見た目も、リアルの文乃さんと大差ないので、当然ロリに見える。

 多分、イラストレーターさんに指定するときに、彼女が現実の肉体と大差ないように指定したのだろう。



「いやでもほら、あれですよ。私刺身とか寿司とか食べられないんだよね。ほら、これはロリじゃないでしょう?」



【確かに、偽ロリだったか】

【野菜嫌いなのはわかるけど、寿司ダメな人初めて見た】

【魚全般食べれない人かな?】



「なんていうのかな。魚が嫌いとかじゃなくて、生肉が全般的にダメなんだよね。だから焼き魚とかは普通に食べれるし」



 それにしても、生肉や生魚が苦手、か。

 なんとなくだが、私には「元々は食べれたのに、のっぴきならない事情があって食べられない」ように聞こえた。

 まあただの勘なのだが。

 あえて理屈をつけるなら、厳しい親がいるはずなのに、野菜は克服させられたはずなのに、それでも食べられないままであるということ。

 例えばアレルギーのような、親の矯正をもってしてもどうにもならない理由があるのだろう。

 ……そもそも、生肉の方は食べることもそんなになさそうだけど。

 ユッケとか、馬刺しって今でも合法なんだっけ。

あんまりわかってないんだよね。

 


【まあ待て、女子高生は15歳もふくむ。ロリータの定義は12〜15歳。つまりJKもロリだ】

【た、確かに……】

【天才がいるな】

【つまりしろタソはロリということか】

【ほほう】

【勝ったな。ガハハ!】



 ……なぜか、コメントが、しろさんがロリか否か言う話題で埋まっていた。

 いやいや、JKはロリじゃないと思うんですけど。

  


 ◇



 話が少しそれてしまったが、しろさんが別のマシュマロを拾うと、コメントの流れも元に戻った。



【ファンアートのタグは決まっていますか?】



「このマシュマロね、本当にありがとう。確かに、タグとかは決めて発表しないといけないよね」



【そういえばSNSにはそういうタグ無かったような】

【ファンアートかあ、#永眠しろの絵、とか#永眠あーとあたりが無難ではあるかも】

【他の活動者さん達と被らないように気をつけて】



「あと、ごめんね。一応、前もって決めていたやつがあるので、タグについてはそれで行くつもりだよ。はいどーん」




【了解】

【どんななのか楽しみ】




 しろさんは、またスライドを動かす。

 そこには、可愛らしい彼女の立ち絵と、タグがつけられていた。

 ちなみに、タグというのは、検索しやすくなるよう特殊な符号のことだ。

 これを使うと、ファンアートなどを見たくなった時、発見するのが容易になる。

 二次創作を見たいファンにとっても、あるいはその二次創作を活動に使用したい活動者にとってもありがたい。

 いわば一石二鳥だ。

 


「ファンネームは、しろの永民。配信などの感想タグは、#永眠しろ配信中、ファンアートタグは、#永眠しろ閲覧しろ、センシティブな、ちょっとえっちなファンアートは#永眠しろ閲覧禁止、でお願いいたします。普通のファンアートは、私が見に行くし、活動に使用する可能性があるけど、それでよければ沢山描いてくれると嬉しいかな」



【俺たちは永民というわけか。よろしくね!】

【ファンアート描きます!】

【ちょっと今から液タブ買ってくるわ】

【そうか、未成年だからセンシティブ見れないのか】

【あんまり描かない方がいいのかな?】




「あ、ううん。センシティブ絵が嫌とか、そういうことはないよ。ただ、活動には当然使用できないし、そもそも私は未成年だからね。嫌悪はしないけど、一切関知しないというだけさ」




【なるほど】

【待って、本当に未成年なの?設定上じゃなくて?】

【そこを訊くのは野暮だよ】



 それからも色々なマシュマロを取り上げたうえで、彼女の配信には終わりが近づいていた。



「マシュマロ、送ってくれた人ありがとうね。全部は読めてないけど、目は通してるから」




「あ、最後に。この後ASMR配信やるよ。待機所ももうすでにできているから、見に来てくれたら嬉しいな。じゃあ、おつねむー」



【おつねむ―】

【ASMR期待してます!】

【見に行きます】



 ◇



『お疲れさまです』

「うん、ありがとう」



 配信が終わると、文乃さんはヘッドホンを外した。

 彼女が待とう空気が弛緩する。



『それで、初配信の感想は?どうです?』




 人生初の、公共の場でのライブ配信。

 それを終えて、彼女は何を思っていたのか。

 


「楽しかったよ」




 文乃さんは、満面の笑みでそういった。



『それはよかった』



 私は心からそう思った。

 文乃さんが、楽しんでくれたなら。

 その一助に、私がなれたのならば。


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