第12話『マシュマロを読んでいこう』

 マシュマロというサービスがある。

 端的に言えば、匿名の質問コーナーである。

 SNSのコメント欄でもなく、或いは動画配信サイトのチャット欄でも無い。

 アカウントに対して、質問を投げることができる。

 基本的に完全に誰が自分に送ったかは、わからないようになっている。

 確か、変な質問を投げてきた質問者をブロックすることは出来るらしいけど、それでも誰が送ってきたのかはわからない。



 その匿名性から配信者をはじめ、インフルエンサーたちが好んで使うものである。

 これに寄せられた質問を答えることによって、彼ら彼女らはファンと交流を図ることができる。

 配信者が、マシュマロを読むというのは、配信者界隈での一大コンテンツとなっている。

 そして、彼女もまたそういった先人が敷いたレールに乗っかっている。

 既存の道を歩めるのは後発組の特権だよな。

 まあ、後発組の方がいろんな意味で不利ではあるんだけど。

 パイの奪い合いなら、先に動いたほうが有利にきまっているんだから。



 彼女は、事前に募集して送られてきたマシュマロから、いくつかピックアップしているらしい。

 いつどれを選んでいるのかは私にはわからないので、正直何とも言えない。

 多分だけど、昨日の内にはピックアップが終わってたんだろうなと思う。

 少なくとも今日は、ずっと緊張しっぱなしで何かしらの作業をしていたようには見えなかった。 

 なんなら、昨夜もうんうんうなされてたしね。

 余程緊張していたんだろうと推測。



【これから、どんな活動をしていきたいですか?】



 なるほど。

 定番と言えば定番の質問だね。

 Vtuberの在り方は千差万別。

 ゲームを中心に活動するもの、歌をメインにする者、雑談に重きを置く者、そしてASMRをメインコンテンツにするもの。

 今後の方針を知りたいというのは、自然なことだろう。



「ええと、ASMR配信を中心にしようと思ってるかな。今日の23時にはASMR配信をはじめようと思ってるんだよね。良かったら聞きに来てくれると嬉しいかな」



【おおおおおおおお!】

【これは期待】

【絶対聴きに行きます】

【耳舐め、ありますか?】

【今夜はよく眠れそうだ】

【ゲームとかはやらないんですか?】



 概ねコメント欄は、肯定的だ。

 若干セクハラじみたものや少しずれたコメントもあるみたいだが。

 あれ、これは流石にライン越えじゃない、と思える酷すぎるセクハラコメントが非表示になった。

 U-TUBEの機能として弾かれたのか、そうでなければチャンネル管理者によってモデレーター権を与えられた誰かがそういう措置をとったか。

 モデレーターというのは、チャンネル主が、アカウントを持っている存在に権利を与える。

 コメントが見やすくなるほか、誹謗中傷をする者のアカウントをBANすることができる。

 ……さっきのメイドさんたちかな?

 そんな気がする。

 機械の扱いにも慣れているみたいだし。



 今更だけど、しろさんは本当にいいとこのお嬢様なんだよな。

 そうでなければ、高校生の身分でこんなポンポンと機材を購入できない。

 そもそも、おそらくだが私単体でも百万はすると思われる。

 他の機材や、イラストレーター、モデラ―への支払額を考えると……三百万を超えてもおかしくない。

 彼女の配信には、デビューしたばかりの個人勢とは思えないほどの人数が、千人近い人数が観に来ているが、それはモデラーとイラストレーターの実力と、知名度があってのものだ。

 私は絵やモデルの相場をあまりわかっていないが、いくらかかっても不思議ではないはずだ。



 普通に考えて、初期費用が尋常ではない。

 それをどうにかできるほど、彼女の実家は裕福なのだろう。

 そうでなくては、最低でもメイドを三人も雇用できない。

 彼女はこのご時世には珍しく、恵まれた環境に身を置いているように思える。

 才覚も、家柄も、兼ね備えた完全無欠の強者である。

 私とは、真逆の、対極の存在。

 そうなると、むしろ疑問に思えてくる。

 なぜ、そこまで恵まれていながら、彼女はあの日死のうとしていたのか。

そして、なぜ死ぬことを辞めたのか。



 そして何より。

 ここまでして、彼女は何のためにVtuberになったのか。

 そんなことを思考しているあいだに、彼女は別のトークテーマに入っていた。



【死神ということですが、どうしてVtuberになろうと思ったのですか?】



 おっと。

 そんなことを思っていたらちょうどいい質問が飛んできた。

 確かに、これまたVtuberに対しては、定番の質問である。

 永眠しろというVtuberは、冥界で暮らしている女子高生の死神という設定である。

 Vtuberはアバターを作って動かす性質上、現実にはあり得ないキャラクター性を持つものが多い。

 高性能人型AI、女神、天使、悪魔、鬼、エルフなど様々だ。

 そういう設定した或いはされたキャラクターを演じるのが、Vtuberというものだ。

 ゆえに、視聴者たちもまた、その設定、あるいはロールプレイに全力で乗っかるものたちが多い。

 実際に死神なわけはないのだが、そこはノリがいいものたちと捉えるべきだろう。

 


「ええとね、何から話そうかな。まず、私はあんまり自分の声が好きじゃなかったんだよね」



 ふむ、そうだったのか。

 初めて知った。

 


【あー、声優さんとかそういう話聞くよね】

【いい声だと思うけど、逆に言えば目立つ声でもあるからね】

【コンプレックスなのか】



「うん、そう結構コンプレックスだったんだよね」



 確かに、彼女の声は特徴的だ。

 所謂、アニメ声や萌え声に分類される。

 それでいて、わずかだがハスキーボイスがかかっている。

 私見ではあるが、ASMRへの適性はかなり高いのではないか。

 少なくとも、私好みの声ではある。

 なんなら、私が生前聞いていたVtuberさんと似た声質のような気がする。

 声優と言われても違和感はない。

 もちろん、単に生まれ持った声だけでなれるような世界ではないと思うけれど。

 ともかく、生まれ持った声からしてもうすでに特徴的なのだ。

 画面の向こう側にいるリスナーさんたちは、気を張った彼女の声しか知らないが、地声からしてよく通る声である。

 つまり、街中で彼女の声を聞けばまず間違いなく周囲は彼女の方を見る。

 


「でも、あるきっかけがあって、Vtuberさんの配信とかを見るようになってね」



 ……その理由は聞いていなかったな。

 まあ、いずれ話してくれるかもしれない。

 さほど大した理由ではないだろう。

 私の場合は、何だったかな。

 確か、U-TUBEで音楽を聴いていた時に、Vtuberの歌ってみた動画――いわゆるカバーソングがおすすめに出てきて、そこから聞き始めたような気がする。

 昨今、U-TUBEがテレビ以上に見られるようになっている。

 人によっては、テレビは全く見ず、U-TUBEばかり見ているとも聞く。

 かくいう私もその一人だったしね。

 テレビは高くて購入できなかったんだ、悲しいね。

 そんな状況では、誰もがVtuberにはまりうる可能性がある。

 


「それで、私もやってみようかなと思って。人気のあるVtuberさんに、ちょっと私と声が似てるなって人が何人かいたんだよね。だから、もしかしたら私でも同じようなことができるんじゃないかって」



【確かに、具体名はあれだからあげないけど、似てるなって思う人はいるかも?】

【まあ間違いなく逸材ではある】

【そういえば似てるかも。誰にとはマナー違反だから言わんけど】



「まあ、私がはまったVtuberさんがASMR配信を主軸にしておられる方でね、それで配信を始めるとなったとき、まあ私もそれを主軸にしようと決めたんだ」



【確かにこの声でASMRされたらすぐ寝ちゃいそう】

【こういう声質好きだから助かる】

【本当に、好きなものになりたいってことなんだね】

【それで冥界から出てきたのか】



「いやいや、冥界からは出てないよ?引きこもって冥界にある家から配信してる系の死神だよ?」



【草】

【冥界に引きこもるな】

【死神なら現世に出て働きなさい】

【高校生って普通に授業あるやろ()】



「授業……いやあれですよ。死神ってさあ、一般的には人の世に出てきてあの世につれていくわけじゃない?死神って人間を殺してなんぼの存在じゃない?私がここでがく、じゃない……労働をさぼることによって人死にが減っているかもしれないでしょう?つまり、私がこうして社会に出ないことによって世界が平和になっていると言うことなんだ。自宅世界警備員とでもいうのかな」



【それはそうかもしれない】

【草】

【自宅世界警備員って何?】

【そうはならんやろ】

【なっとるやろがい!】

【労働か、学業なのか、ぐちゃぐちゃで草】



「今日はこんな感じでマシュマロを読んでいきますね。あ、もし訊きたいこととかあったら今からでもマシュマロに投稿してくださいね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る