第11話『初配信、開始』
『私、ここにいるの邪魔じゃないですか?』
スタンドマイクのすぐそばに、なぜかダミーヘッドマイクこと私がいた。
今日の配信では、ダミーヘッドマイクを使わない。
スタンドマイクを使うので、私はここにいる意味はほとんどない。
一応、私を収納するための木製の棚があるので、そこにしまっていても問題はないはずなのに。
というかスペース取るし、むしろデメリットが発生しているように思えるのだが。
「うん、まあそうなんだけどさ。……嫌かな?」
『いえ、いやではないです。ただ単純に、いる意味が分からないだけです』
「意味はあるよ」
『……?』
首をかしげることは出来ないが、念話で疑問の意は伝えた。
文乃さんは、私の顔をゆっくりと回して、画面上の永眠しろさんの顔が私に見えるようにする。
「私が、デビューする所を一番近くで見て欲しいんだ。その、仲間だから」
『……仲間、ですか』
それはどうだろう、というのが率直な感想だ。
私と彼女の間には、明確な上下関係が存在する。
私は、主を選べないが、彼女はいくらでもマイクを選べる。
百万を超えるマイクは高価ではあるが、彼女の暮らしぶりを考えれば、買い替えることは容易だ。
そもそも、マイクというのは繊細な機械であり、いつ壊れてもおかしくない。
つまり、いつ廃棄されてもおかしくないということ。
そんな社長と派遣社員みたいな関係を、果たして仲間と呼ぶのだろうか。
ああ、ちなみに派遣社員を下に見ているわけではない。
少なくとも、私のいたところでは派遣社員も正社員も大して扱いに差はなかったと思う。
もちろん、悪い意味で、だが。
「少なくとも私は、君に助けられたと思っているよ。逆ができているかどうかは自信がないけど」
『ああ……』
もちろん先程、緊張してがちがちになっている彼女に声をかけた記憶はある。
どうやら本当に緊張は抜けたらしい。
私の言葉によるものかどうかはわからないが。
ともあれ、そう思われているのは嬉しい。
私の働きを評価して、対等な立場である仲間という言葉を使ってくれているのだから。
『……ありがとうございます』
「何でお礼?」
『いえ、頼られるのが嬉しいだけですよ。強者の証明ですから』
「そ、そこはよくわからないけど、まあ嫌じゃないならいいや」
『
あえて、私は彼女の名前を、Vtuberとしての名前で呼んだ。
『配信楽しんで、行ってらっしゃいませ』
「……行ってきます!」
そういって、彼女はヘッドホンを装着し、パソコンの画面に向きなおった。
もう、彼女の顔色は戻っていた。
目は、ただまっすぐに前を。
画面の向こう側を、見ていた。
◇
カチカチと、パソコンのキーボードとマウスを操作する音が響く。
少女は、ふーっと息を吐き出す。
文乃さんは、いやしろさんはヘッドホンをつけて、完全に配信モードになった。
目が据わり、緊張で定まっていなかった視線が画面に固定されている。
何より、オーラが違う。
ただそこにいるだけなのに、どうしようもなく目を引かれる。
先ほどまで、ごく普通の女の子だったのに。
リハーサルの時も、そうだった。
配信になった瞬間、彼女の中の何かが切り替わる。
それまで普通の女子高生だった彼女が、一瞬にしてプロの目になる。
前職でも見たことがある。
彼女は、職人に近い。
弛まぬ研鑽を積み、磨き上げた末のオーラだ。
だが、準備にかけてきた時間はせいぜいで半年程度のはず。
それで結果を出せるなら。
間違いなく、彼女は天才と言える人種であろう。
【待機】
【楽しみ】
【どんな子なんだろう】
U-TUBEーー最大手の動画配信サイトで、私も生前よく利用していたーーの待機コメントを見ると、既に彼女の初配信を心から楽しみにしているコメントがいくつか見られる。
初配信が始まる前の時点で、こうやってコメントがつくのか。
デビュー前に、SNSなどで広報をしていたのかもしれないね。
私はSNSほとんど見ていないからよくわからないけど。
別に見せて欲しいと頼めば見せてくれはしたんだろうけど、そこまでしてみたくはなかったとも言いますね。
ダークな世界観の、一分程度のオープニングが終わり、ついに彼女がミュートを解除して口を開いた。
「あー、聞こえてるかな?初めまして、こんながねむー。新人Vtuberの
【はじめまして!】
【聞こえてます】
【音量大丈夫です】
【こんばんは!】
【お、声かわいい】
【初見です】
この配信においては、私の出番は特にない。
なぜなら、初配信の内容は、普通のスタンドマイクを使った雑談であると決まっていたからである。
スタンドマイクとは、音の録音などに使う本格的なマイクをスタンドで固定して、部屋の中でパソコンに向かいながらでも使えるようにしたものである。
パソコンに内蔵されているマイクではなく、そちらを使うメリットとしては、音質が非常に良いことや、収音できる範囲を絞ることで、外界の雑音を拾いにくくなっていることなどがあげられる。
私はASMR配信のみ用いられる存在であり、それ以外の配信ではスタンダードなそちらのマイクを使う。
私も彼女の傍に置かれており、一応画面が見えている。
流れるコメントは、概ね肯定的なものが多い気がする。
少なくとも、否定的なコメントは見られなかった。
肯定半分、期待半分といったところか。
「今日の配信は、雑談をコメントに来てくださった皆さんとしていこうと思っています。自己紹介もしながらね」
【了解】
【どんな子なんだろう】
自己紹介も兼ねた雑談、というのはこの業界においてはデビュー配信時の定石だったりする。
人によっては、自己紹介用の動画を配信前にアップする人もいるようだが、彼女はやっていないらしい。
昨日なぜそれをしなかったのか聞いたところ。
「……え?そんなことしてる人いるの?」
と言われてしまった。
結構定石と化していると思うんだけどね。
将棋で言えば、棒銀とかそういうレベルだと思う。
ちなみに私は棒銀と穴熊と矢倉しか知りません。
……振り飛車党がきいたら発狂しそうだな。
いやまあそれはいいんだけども。
彼女曰く、「何人かのデビュー配信は拝見させてもらったけど、チャンネルにアップロードされている動画をさかのぼったわけではなく、検索で探した」「だから、デビュー配信前に動画を上げている人がいるなんて知らなかった」とのこと。
彼女は、Vtuberなどといったサブカルチャーを知ってからまだ日が浅いらしい。
であれば、そういうこともあるだろう。
まあ、それ自体は別にいい。
重要なのは、この初配信で何を話すのかだ。
「ではですね、とりあえず自己紹介からしていきます」
事前に作られたスライドを表示。
彼女が作ったわけではないだろう。
しろさんはパソコンには不慣れで、私を含めた機材の設定もほとんどメイドさんたちに任せていたくらいだから。
多分、このスライドもあの三人のメイドさんたちかな。
そこには、ざっくりしたプロフィールが表示されていた。
「一応、既にSNSにはアップされているものではあるんだけど、まあそれを知らない人もいるかもしれないから、一応こうやって表示しておくね」
はい、ここにも一人います。
SNS見てないし、そんな画像があることも当然初めて知りました。
まあでも、デビューするならそういう画像はあるのが普通かもしれないね。
そういえば、社長の自己紹介みたいなのあったなあ。
これより長い、というか分厚かったけど。
私たち社員は貴方の中学高校時代の生徒会での活動とか、大学時代のボランティア活動とか、微塵も興味ないんですけどね。
書いてある情報を、見ていく。
「
冥界に住んでいる死神の女子高生。普段は、冥界にある家に引きこもっている。人を傷つけ死に至らしめる死神の在り方に嫌気がさし、人に癒しと安らぎを与えたいと考え、Vtuberを始めた」
ゲームのフレーバーテキストを読んでいるみたいだな。
まあVtuberの公式設定は大体そんな感じだけどね。
「永眠しろ、読みは『ながねむしろ』です。呼び方は、永眠さんとか、しろちゃんとか、しろたんとか、しろさんとか、まあ好きに読んで欲しいな。私のことを呼んでるってすぐにわかるような名前なら何でもいいよ」
【しろちゃんかな】
【じゃあ俺はしろたん】
【しろタソって呼ぶね】
【しろッチという世界線もあるのか】
コメント欄にいる視聴者たちは、思い思いの呼び名で彼女を呼んでいく。
わたしはまあ、しろさんでいいかな。
そちらの名前で声をかけることが今後あるのかはわからないけど。
そうして、しろさんは他の情報についても改めて口頭で説明した。
まあ、画面を観ていない人がいるかもしれないから、そのやり方は正しいと思う。
しかし、死神か。
確かに鎌とか背負ってるし、名前からしてそうだもんね。
後、安らぎというのもわかる。
ASMRをメインコンテンツとしていくつもりなら、確かに安らぎや癒しを人に与えることは可能だろう。
……モチーフが死神なせいで、「永遠の安らぎ」みたいな不穏な感じになっちゃってるけど。
いや名前が「永眠しろ」だし狙ってやっているのかもしれない。
「せっかくなので、事前に募集したマシュマロ、質問を、自己紹介も兼ねて読んでいきましょうかね」
【おっ】
【確かにSNSにあったね】
うん、なるほど。
本当に、ちゃんとスタンダードだね。
◇◇◇
ここまで読んでくださりありがとうございます。
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