第7話『リハーサル、そしてリハーサル』
角度的に配信画面が見えないだろうからと言って、彼女は私を回してくれた。
マイクなので、かなり重いはずだったが、彼女でも持ち運ぶことができたようだった。
いや、そもそも人の頭部もかなり重いんだっけと思い出した。
むしろ、あちこちスカスカな分だけ
マイクの正確な重量なんて知らないからね。
今更気づいたが、私は彼女に触れられているのに何も感じない。
触られているということを、感知できなかった。
それは、当然だ。
今の私は、ダミーヘッドマイク。
機械の体に触覚はない。
いや、それでいえば視覚や聴覚があることもおかしな話ではあるのだが、そこだけは例外ということなのだろう。
因みに、嗅覚もない。
空気の匂いも、女子特有のにおいなども感じていない。
付け加えれば、熱い寒いなども感じていない。
多分だが味覚もないだろう。
視覚と聴覚だけが、今の私のすべてである。
「ええと、これでいいのかな」
Vtuberはモーションキャプチャと呼ばれるカメラで演者の動きを認識して、それに応じてキャラクターの顔や体が動くという仕組みである。
瞬きや身じろぎさえも再現するゆえに、視聴者たちは本当にキャラクターが存在しているような錯覚させるというコンテンツである。
彼女のパソコンの画面を見る。
どうやら、デスクトップパソコンに画面が四つ付いているようだ。
普段配信を観ている時はまるで気づかなかったが、なるほど確かにコメントや配信画面、はてはゲームの画面などを管理するには一枚では足りないということだろう。
あるいは、四枚では足りないという人もいるかもしれない。
その四枚のうち、一枚の画面の中に、一人の少女がいた。
といっても、いわゆる実写ではなくイラストによってできた一人のキャラクターである。
文乃さんと同じ、ボブカットの小柄な少女。
また、はっとするほど透き通るような白い肌や、大きな黒い瞳も共通である。
デザインの原型は、どうやらリアルでの彼女に近いものであるようだった。
違うのは、髪の色が肌と同等かそれ以上に白いことと、服装が黒を基調としたゴシックロリータファッションと制服の融合であること。
そして、背中におどろおどろしい
それが、永眠しろというキャラクターだ。
先程も見たはずだが、今見ているのはLive2Dという、文乃さんの表情や動きに合わせて動くモデルである。
こうして改めて立ち絵ではなく、動いている彼女を見ると、気づくことがある。
文乃さんと、「永眠しろ」というキャラクターのおおまかな見た目が似ている、ということだ。
格ゲーの2Pキャラに近いかもしれない。
あとは、立ち絵と違うのが背景があることかな。
ひじ掛けに髑髏がついたおどろおどろしいゲーミングチェアに座っている。
鎌があるのによく座れるなと思ったが、そこは触れない方がいいだろう。
少女の背景は、ごく普通の勉強部屋となっている。
まるで、少女が本当にそこで生活しているかのように。
実際は、高級ホテルか貴族の屋敷みたいな部屋に住んでいるのだが。
……バーチャルの部屋の方がよほど現実に近い人間なんて、文乃さんくらいだろうな。
画面の端には、「Vtuber 永眠しろ」と書かれている。
これをそのまま電波に乗せれば、確かにVtuberの配信画面になるだろう。
ああ、そうか。
惰性とはいえ、黎明期から見てきたVtuberという文化。
それの裏側を、今私は見ているんだ。
なるほど、なるほど。
これは楽しい二度目の人生になりそうだ。
改めて、配信画面を観ていく。
それにしても、本当にきれいだ。
背景も、どこかダークで、死神である彼女の雰囲気を損なわないようになっている。
そして、彼女の入ることになるVtuberとしての体も、いい。
服のデザインも、細かいところまで作られており、一枚の絵画のように見える。
ふと、永眠しろというキャラクターを見ていると気づいたことがあった。
違和感や嫌悪感ではもちろんなく、既視感の類だった。
『この画風、どこかで見たことがありますね……』
「あ、うん。結構有名なVtuberさんと同じイラストレーターさんだよ。君もそれで見たんじゃない?イラストレーターさん自身も超売れっ子だしね」
『ああ、言われてみればそうですね』
確かに、私が生前見ていたVtuberのひとりと同じ絵柄だ。
Vtuber界隈での知名度はかなり高く、Vtuberオタクの多くはこのイラストを見たことがあるはず。
またイラストレーターさん自身も、Vtuberだけではなく様々な分野で活躍されている売れっ子作家であり、Vtuberは知らずともこの絵に見覚えがあるという人も少なくないはずだ。
彼女はまだデビューすらしていない新人だが、これはバズることができるのではないだろうか。
もちろん、Vtuberにとって一番大事なのはあくまで本人の能力であるのは間違いないが、逆に言えば、一番とは言わずともそれなりにイラストレーターの知名度と画力も重要なはずである。
ぶっちゃけ、彼女が伸びようと伸びまいと私に何かしらのメリットデメリットがあるわけではないのだが……まあ別に他人の幸せを喜んだっていいだろう。
正直、おそらくは私の血しぶきでトラウマを与えてしまったであろう彼女が少しでも幸せになってくれれば私としては罪悪感が薄れるというものである。
本人には、絶対言えないけど。
『それで、画面はもう起動できたみたいですけど。何か話さないんですか?』
「あ、そうだね、雑談配信の体で色々と話してみようかな。じゃあ、最近見たアニメの話を……」
永眠しろが話したのは、今期の彼女が好きなアニメの話。
死んでから半年たっているとはいえ、名前くらいは聞いたことのある作品ばかりだった。
放送される前に、アニメは情報が出ているので当然と言えば当然かもしれないが。
彼女の声は、透き通るようにきれいで、それでいて甲高いわけではない。
聞き取りやすい、耳に優しい穏やかな声だ。
正直、これだけキレイなアバターと声ならば人気は出るのではないだろうか。
それから一時間ほど、彼女のオタクトークは続いていた。
「ふう、なんとか終わったかな」
『…………』
一時間、配信をして、更にもう一時間かけて彼女は自分の配信の録画を見直していた。
私も隣で見ていた。
私は、何も言えなかった。
「あの、それでなんだけどさ」
『何です?』
「どうだった、私の配信」
ああ、なるほど。
確かに、配信者自身からするとあまりよくわかっていないのだろう。
あくまでも、自分の声だからね。
なんというか、悪い部分ばかり見えてくるということであろうか。
まあ、どのみち私はお世辞などは苦手なので、素直に答える。
『とてもよかったと思いますよ。二時間聞いてて、とても楽しかったです』
「良かった……!」
彼女の顔が、ぱあっと明るくなった。
どうやらグッドコミュニケーションだったらしい。
正直、驚きと納得があった。
知性を感じさせる言い回し、画面の向こうの視聴者を気づけないような気配りと視野の広さ、そしてオタクトークにおいて最も大事な要素である、熱量。
それを彼女は有していた。
だが何よりも。
彼女には、オーラがあった。
人を引き付ける、カリスマ性とで言うようなもの。
天才しか言いようのないものが、そこにはあった。
「良かった。正直、私の声にも自信がなかったから」
『そうなんですか?とてもいい声だと思いますけど』
それこそ、声優になってもおかしくないくらいの声だと思うが。
まあ、感じ方は人それぞれか。
人によっては、五月蠅いと感じたりするかもしれない。
「ありがとう。ところで、私は、普通の雑談なんかもしたいんだけど、ASMRもやりたいと思っているんだよね」
『まあ、そうじゃないと私を買わないですよね』
「うん、そうなんだ」
ASMR。
Autonomous Sensory Meridian Responseの略称である。
人が聴覚や視覚への刺激によって感じる、心地良い、脳がゾワゾワするといった反応・感覚を楽しむというコンテンツというものらしい。
私も、よくお世話になっていた。
画面を見なくてもいいから作業用BGMに最適だったんだよね。
人によっては、配信されている画面を見ながら作業できる人もいるらしいけど、少なくとも私には無理。
なので、耳だけで聞ける歌動画か、ASMRになってくる。
後、もちろん睡眠導入にも使ってたな。
「今、なんとか普通のスタンドマイクの動作確認はできたんだけど、君のことはまだ試してないんだよね」
あ、なるほど。
「だからさ、君が正常に作動するのかどうか、確認作業に付き合ってもらってもいいかな?」
『わかりました』
いよいよ、私の仕事が始まる。
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