第6話『Vtuber永眠しろ』

『Vtuber、ですか』



 まあ予想はついていたが、なるほど確かに。

 こんなマイクや機材を使う時点で、職業は限られる。

 そして、Vtuberはその限られた職業に含まれる。

 彼女は、何を勘違いしたのか私に問いかけてきた。



「あ、もしかして知らないの?生前はそういうの見てなかった人?」

『いや、まあ知ってはいるんですけど。普通に見てもいましたし』

「そうなんだ」



 むしろ、私が死ぬ直前はそう言ったものばかり見ていた。

 Vtuberとは、バーチャルユーチューバーの略称である。

 おおまかに言えば、架空のキャラクターになり切って動画投稿や配信をする者達のことを指している。

 活動方針や活動形態が人によってさまざまであるため、しっかりと定義できないのだがまあ大まかにそれで間違ってはいない。

 アニメや漫画同様、サブカルチャーに分類されるコンテンツの一つだ。

 もともとそういうサブカルチャーが好きだった私は、その派生でVtuberをよく観ていた。

 Vtuberというコンテンツはキャラクターになり切るという性質上、アニメオタクたちには受け入れやすいものだった。

 いうなれば、一人一人がアニメの主人公になるようなものだからね。

 動画サイトを開けばいいから、いつでも見れるというのも気楽だし。

 そんなわけで、Vtuberという文化自体はなじみがあるものだったが。



『ただ、Vtuberに直接会ったのは初めてでしたので』

「あー、まあそうだよね。私も私以外のVtuberを実際に見たことはないし」



 Vtuberは数多くデビューしており、既にその数は一万を超えている。

 そう考えると、私が知らないだけで実は出会っていた可能性もあるな。

 一万に一人以上、と考えれば私が今まで関わってきた人の中にもう一人くらいいてもおかしくはない。

 まあ、それはいいや。

 出会っていようがいまいが、知らないのだから同じことだし興味もない。



「そういえば、君が亡くなったのって結構最近?Vtuberを知ってるってことは」

『ああ、まあそうですね。ちなみに今って何年の何月ですか?』



 Vtuberとはここ数年で誕生した文化であり、つまり私がそれを知っているということは、私が死んだのがここ最近であるということを示している。

 少なくとも、戦国時代や大正時代に死んだわけではない。

 ぼろを出したくなかったので、質問を質問で返すという失礼な発言をしてしまったが、文乃さんは嫌な顔一つせず私に言われたとおりに今日の日付を教えてくれた。

 どうやら、私が電車に轢きつぶされた時から、半年ほど経過しているらしい。

 私が死んだのが冬。確か二月だったかなと記憶している。

 で、今はその翌年の夏ーー八月だそうだ。

 私が彼女と生前かかわりがあったことを知られたくなかったので、私は少しぼやかして伝えることにした。



『それだと一年、の少し前ってところですかね』



 実際は一年の半分くらいなのだが、これで彼女は十か月や十一か月くらいなのだろうと思うはずだ。

 私と彼女の生前の関係は、できれば、いや絶対に彼女には知られたくない。

 知られてはいけないと思うから。



『というか、随分生前のことを気にしますね。別にいいんですけど』



 正直、良くない。

 全然良くない。

 うっかり口を滑らそうものなら、彼女の心にどのような影響が出るのか予想がつかない。

 今のところ、自殺しそうな様子は見て取れないが、何かをきっかけに再燃しないともいえない。

 それが私が想定しうる限り最悪のケースで、それだけは避けないといけない。



「いやうーん、私は死について、深く考えていた時期があってね?」

『……なるほど』



 はい、知ってます。

 それはもう、この目ではっきりとあなたの意思と、その結果何をしようとしたかを見ましたので。

 などと言えるはずもなく、私は曖昧な返事をした。



「まあ、別に死のうとか、今思ってるわけじゃないんだけどね、生きる目的もちゃんとあるわけだし」

『それはよかったです』


 本当に良かった。



「ただ、気になってるんだよ。もし、人が死んだらどうなるんだろうって」



 つまり、文乃さんは重ねているのだ。

 死ぬところだった彼女自身と、死ぬことになった私とを。

 私は、彼女には今と未来を生きて欲しいと思っている。

 それは、私のように目の前の少女になって欲しくないという後悔を押し付けているだけなのかもしれない。

 けれど、それが私の偽りない本心で。

 だから、私は思ったことを素直に答えた。



『えっと、正直、わかりません。私だけが特別なのか、こういう生まれ変わりが日常的に起こっているのかは知りません。それは、貴方が精いっぱい生き抜いてから知ればいいと思います』



 私には、出来なかったことだから。

 出来るはずもなかったことだから。

 空気が重いな。

 ……話題を変えるか。



『ところで、貴方もVtuberってことなんですよね?』

「うん?うーん、さっきはああ言ったけど、ちょっと違うかもしれない」

『と、言いますと?』



 てっきりVtuberの話をしだしたから、ついでにいえば新人Vtuberを名乗るくらいだから、彼女もVtuberなのかと思っていたがのだが違うのだろうか。

 というかさっき感じたオーラは勘違いだったのだろうか。



「私は、まだVtuberじゃない。これからデビューするんだ」

『ああ、なるほど。新人って言ってましたもんね。それで機材を買いそろえたんですね

「そうなの。で、明日デビュー予定なの」

『明日……』



 彼女は、スマートフォンを取り出すと、SNSのアプリアイコンを開いて私に見せてきた。

 そこには、一枚のキャラクターの立ち絵が表示されている。




『これが、貴方ですか?』

「そう、この子が、私。永眠しろだよ」

『おお……』



 ボブカットの白い髪、それとは対照的なゴシックロリータファッションとブレザーを組み合わせたような服。

 眼は、赤と緑のオッドアイであり、胸部装甲はかなり分厚いがそれに対して身長はそれほど高くないように見える。

 背中に背負っている巨大な死神の鎌デスサイズと合わせてみると、それがより際立っている。

 見た目の年齢は、十五歳くらいだろうか。

 文乃さんと変わりがない。

 少女の可愛らしさと、死神のような暗い雰囲気を同時にたたえたキャラクターである。



『鎌、を背負ってるんですか?』

「彼女は、死神系女子高生Vtuberだからね」

『それで、ブレザーになっているんですね』

「そうなんだよ、私がブレザーが好きだからね」



 つまり、この見た目は完全に彼女の趣味と判断できる。



『いい趣味してますね!』

「だろう!」



 こういう中二っぽいデザインは結構私的には好みである。

 マイクとしてではあるが、そうか。

 私は、この子の活動に寄与できるのだな。 

 悪くないじゃないか。



 ◇



 永眠しろのデザインについて二人で大いに盛り上がりながら、私は辺りの状況をおおむね把握していた。 

 私以外にも、視界を操作すると、パソコンや、スタンドマイクも見える。

 背後にあるものも、文乃さんのきれいな眼球の反射を介せば見ることができる。

 新しい発見だったな。

 なるほど。

 というか、このパソコンすごいな。

 画面が四つもある。

 配信者特有のものなのかもしれない。

 それはともかく、聞かねばならないこともあるな。

 



『そういえば、マイクを買って、翌日にデビューなんですか?』

「う、うん。一応動作確認はするけど。SNSとかU-TUBEのアカウントはもうすでに作っているんだ」



 動作確認って何をするんだろうか。

 機材が実際に機能するのかどうかの確認かということかな?

 というかもしかして、うまく作動しなかったら私が捨てられる可能性もあるのでは?

 焼却炉にて溶けるまで焼かれるのか、あるいは埋め立てられて国土の拡大に貢献するのか。

 埋立地が多すぎて、香川県がワースト一位になったんだよね。

 正直、大阪府の方々はワースト一位でなくなったことに対してどう思っているのだろうか。

 いやまあ、どうでもいいか。



「U-TUBEにはね、限定公開というシステムがあって、リンクを貼っていないと見れないという特殊な配信があるんだ」

『ああ、そうなんですか』



 私は、U-TUBEという動画視聴サイトを利用していたが、それはあくまで一視聴者としての話である。

 配信者、動画投稿者側の視点に立って物事を考えることは当たり前だが、全くなかった。

 なので、そういう投稿者側としてのシステムは理解してない。

 


『限定公開って何の意味があるんですか?』

「本来の用途は、身内だけで動画を公開することらしいよ。家族とか親戚とか、友人同士で共有するんだって」

『ああ、そういうことですか』



 友人や親戚同士でのグループチャットに、動画を乗せるようなものか。



「君も見ていくかい?私のリハーサル配信を」

『いいんですか?』

「いいとも。そもそも、配信者が配信を見たいといわれて喜ばないわけがないじゃないか」

『まあそれもそうですね。じゃあ、特等席で見せてもらいますよ』

「了解」

『いやあの、待って待って』



 そういって、彼女は身を乗り出して、パソコンを操作し始めた。

 ……距離が近いんだよなあ。

 真剣な顔を間近で見ると、それを指摘するのもはばかられたので、じっと耐えるしかなかった。

 まあ、配信とかのことを考えると慣れなくてはいけないんだろうけど。

 

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