第9話 永遠の愛
私、島本卯月は有名企業に勤めるオフィスレディだ。それなりに出世して余裕ある生活ができるくらい稼げてる。
そんな私には恋人がいる。
可愛くて、愛おしくて、誰よりも大切な最高の恋人。
名前は大空海香。天才子役として芸能界デビューを果たし、今現在もドラマに引っ張りだこな大物俳優。そんな彼女と私は同棲している。夢みたいに幸せな生活。しかし一つだけ困ったことがある。
「ん……?あっ、斉藤さん」
いつも通り仕事をしていた時、オフィス中に響き渡ったコール音。その主は海香のマネージャーである斉藤さん。とある事情から連絡先を交換している。そして周囲はうるさいコール音に対して微笑ましい顔で見守っている。
そう、これはいつもの事なのだ。
「はい。はい……またですか。わかりました」
何度か言葉を交わして電話を切る。はぁとため息を一つ。目の前の仕事をどうしようかと思っていた時だった。
「島本さん。この仕事やっとくね」
「いつもごめんね」
「謝らなくていいよ。二人のこと応援してるから」
こんな時にいつも仕事を代わってくれるのが同期の三島さん。彼女がここまでやってくれるのは海香のファンだというのがあるけど、彼女が優しくて優秀という部分が大きい。深く頭を下げて、荷物をまとめて駆け出した。
それから電車を乗り継ぎバスで一時間。今日の撮影場所は雰囲気のある商店街。そこで私の恋人が待っている。
「あっ、島本さん!ほんっとうにいつもすみません!」
「いえ。それより海香は?」
「向こうのテントで一人です」
「分かりました」
斉藤さんが指差した幕で囲まれたテントに入ると、うつ伏せになって唸っている海香がいた。
「海香」
「はっ!うづきぃぃぃ!」
私が名前を呼ぶと勢いよく顔を上げてそのまま突撃してきた。その勢いたるやまるで飼い主が帰ってきたポメラニアンのようだった。それを優しく受け止める。高校時代にテニスで足腰を鍛えていて良かったと思う瞬間である。
「あぁ……うづきのにおいぃ」
「はいはい。とりあえずあっち座ろうか」
「うん!」
私の胸に顔を埋めて匂いを堪能した海香は、満面の笑みで私の要求を汲んでくれた。パイプ椅子に座って向き合う。するとすぐに海香は私に抱きついた。
「またやる気出なくなったの?私はいいけど、共演してる人とか、監督とかに迷惑かけちゃダメでしょ」
「うぅ、だって、二日も卯月と会ってなかったんだもん」
海香は長時間私との交流を断つと完全にやる気を失ってしまうのだ。この現象は六年前に私が大学生になって同棲するようになってから起きるようになった。ちなみに海香は大学には行かずに女優の仕事に集中することにした。
最初は頻度はそんなに高くなかった。自宅から離れた場所での撮影で一週間以上会ってなかった場合に、ごく稀に起こる程度だった。しかし、ある事をきっかけにこの現象が起こる頻度が爆増した。
同棲をはじめて三年たった時、海香は一ヶ月もの海外ロケが決定した。超有名監督の新作の主演に抜擢されたのだ。主演に選ばれて嬉しい気持ちと、私と一ヶ月も会えない寂しさがせめぎ合うような表情は今でも鮮明に思い出せる。
海香が可哀想だったし、私も海香と一ヶ月も会えないのは辛かった。だから、私は海香の撮影に特別に同行させてもらうことにしたのだ。
結果的に海香は、やる気が爆上がりしてベテラン達を唸らせるほどの演技を見せ、その年の何かの賞を受賞した。『愛の力とはすごいなガハハ!』と監督に言われたのをよく覚えている。
それがきっかけで私達は業界公認の仲となり、それで躊躇う理由が無くなったらしく、海香は私を頻繁に呼び出すようになった。
「うへへ……このたわわなお胸が堪らない……」
あと変態度も上がった。せっかく可愛いのだからセクハラオヤジみたいな事は言わないで欲しい。こんな海香にやれやれと思いつつ、こうやって甘えてきてくれるのが嬉しいと思ってしまう私も私なのだけど。
しかしこのままではずっと私を堪能していそうなので、海香のやる気を出させるおまじないをかける事にした。
「海香」
低い声で彼女の名を呼ぶと、さっきまでにやけ顔だった彼女の表情は一気に熱を帯びたものに変わる。上目遣いで私を見つめる彼女の頬に手を添える。
そして徐々に距離を縮め、唇を重ね合わせた。
二人きりの空間で、静寂に包まれた永遠とさえ思える甘く幸せな時間。
お互いしか目に入らないこの時間が好きだ。誰よりも近くで海香を感じられるこの時間が好きだ。海香が強く私を求めてくれるこの時間が好きだ。
幸せを噛み締めていると、その時間はあっという間に終わってしまった。
「卯月……」
またその幸せを感じようと海香が顔を寄せてくる。それを人差し指で彼女の口を押さえて止めた。
「ダメだよ」
あぁ、そんな寂しそうな顔しないで。私も本当はずっとこの時間を過ごしていたい。でも、まだダメだよ。
「続きは仕事が終わってから」
恍惚とした表情は真っ赤な照れ顔に変わり、確認するような視線を私に向けた。
「約束だよ……?」
「うん。いっぱい愛してあげる」
その言葉と共に海香の目にキラキラと光が灯り、勢いよく立ち上がって叫んだ。これがやる気を取り戻した合図。
「よしっ!頑張ってくる!」
ふんっと誇らしげに鼻を鳴らした。さっきまでやる気無くして迷惑かけてたのにコレだ。でも、そんな海香も可愛くて好きだ。
「うん。頑張って」
海香のやる気がもっと出るように頑張れのキスを落とす。すると彼女は耳まで赤くなって可愛い反応を見せてくれた。
「う、うおぉぉぉ!頑張るぞォォォォォォ!」
私のキスでやる気が溢れ出した海香は、最初のぐーたら具合が嘘のように勢いよくテントから飛び出していった。
その後、海香は遅れを取り戻すように全てのシーンで一発OKをもらっていた。これだけ頑張ったのだから、約束通り帰ったらいっぱい愛してあげないとね。
そんな感じで、私は海香と一緒に幸せな人生を送っています。
きっとこの幸せは一生続く。だって、私も海香もあの時交わした約束を忘れてなんてないから。
海香、大好きだよ。
幼馴染の大物俳優は何故か私に夢中 SEN @arurun115
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます