第16話 最凶の少女

 馬車による折り返しの一週間の旅を終えてアルマ王国へ帰って来たカリム一行。

 エリアルとエマヌエル、そしてベルカには近くにあったボロ屋で待機してもらう事にしたカリムとデニスは正門から堂々と国内へ入場した。

 外見と演技を合わせると、勇者パーティで活躍し、勇名を馳せた二人の戦士たちそのものを見事に再現している。いかに慧眼を光らせる門番であろうと、彼女たちの内に眠る悪に気付くのは困難である。


「息抜きに、まずはギルドに顔出しでもしようかしら」

「それは名案ですね、カリムちゃん」


 善を司る賢人である王が城下町は煌びやかに栄えている。王国指折りの実力者であったサイガが死んでなお、ここは色褪せず、彼の映えある遺志を汲んでやるくらいの勢いを誇り、全く衰えを曝け出さない。

 サイガは暗い未来を喜ばない。たとえ自分が死んでも、後世に託せる有望な人々は絶たれない。酒で赤くなっていた彼はそのように自慢しながら話していた。


「残念だけど、お前の意志はここで全て消えてもらうよ、サイガ」


 テムズにはこの町における流動の仕方が気に食わなかった。一を切り捨てて万を救うと彼の身に刻む形で示した偽善者に絆された哀れで滑稽な愚民たちの元を正す。

 王を始末すると決意した時、テムズの新たなる復讐の幕開けとなった。


「あら、お帰りカリム。それにデニスもお疲れ様」


 勇者パーティが受けた仕事の仲介を果たしていたギルドの名は“勇なる戦人“。十中八九サイガの活躍から命名が成り立ったものであろう。

 サイガがギルドをある程度盛り立てた後に入ったカリムとテムズには知る由も無く、当然由来は分からない。デニスも同様だ。


「ちゃんと王様の命令を果たして来たの?」


 種族が長寿のエルフである受付嬢クウェルは病的な心配性で、何かある度にしつこく絡んで来る癖がある。サイガはともかく、気に入られていた一行はこの先輩に可愛がられたものだ。


「もう子供じゃないんだから、そうやって一々世話焼かなくなって良いのにさ」

「カリムちゃんは未だに無鉄砲ですからね。そこを心配なされているのでは?」

「なんだか昔とそこまで変わらないから、いつまでも緊張感が拭えないのよね」


 大胆不敵に物事へ突っ込んで行くカリムは生傷が絶えず、この事はギルドでは有名である。

 クウェルが鎧を魔法で剥ぎ取り、衆人環視の中で素肌を覗き込んでいた。


「今回は怪我をしていないようね。魔法は必要無いかしら」


 クウェルの左手にて発動を控えていた魔法の光が消える。彼女は回復や補助魔法のエキスパートであり、死なない限りであればいかなる傷でも修復できる。

 最近死にかけたカリムが自ら動かずとも死の淵から生還していた。最終的にはデニスにより治されていたが、カリムが当初の予定より早く動けた分、彼女の寄与は決して少ないものではなかった。


「それにしても、随分と大きくなったわよね」

「子供の時みたいにペタペタと恥ずかしい」


 エルフのクウェルとその他の人間たちとでは、成長速度には雲泥の差が生まれている。 

 彼女が感嘆を抱くのも、クウェルの視点を俯瞰して省みた時点でその理由は判然としてくる。

 カリムの主観となるが、エルフからして見て、人間の成長速度は異様にしか映らない事だろう。


「終わったわ」


 クウェルの見立てでも、どこにも外傷は無かった。特に戦闘を行わなかったカリムが傷を負うのもおかしな話ではあるが、あちらからすれば、人間が争う道を辿る魔物の巣窟。偵察に失敗した時点から血を流す敵地なのだ。


「戦闘がメインじゃないんだから、怪我なんか早々しないってのに」

「無意識にやってる悪癖だから、多目に見てくれると嬉しいのだけれど」

「尚更タチが悪いわよ」


 苦虫を噛み潰したような渋い顔で剥ぎ取られた鎧を着直し、乱された服装を整えるカリム。

 慌ただしい空気を断ち切るようにそこへ現れたのは、特殊な剣を携えた少女であった。


 カリムが偵察の依頼を行う前は国を留守にしていた実力者がサイガ以外に一人いる。ミク・ミヤマという黒髪ツインテールが美しい異世界人だ。


「帰って来たわよクウェル」


 依頼人から依頼達成を示す印鑑を貰った紙面をクウェルに見せて報酬を出すように促す傍らで、彼女は気に食わない様子でカリムを睨み付けてくる。


「サイガの訃報は聞いたわよ。それに代わりとしてあんたが新しい勇者に抜擢されたんだっけ」


 果たして貴様なんぞに勇者サイガの後釜が務まるのだろうか、世界に厄災をもたらす怪物を狩り、遍く大地を渡り歩く英雄からの隠れたお達しだ。

 

「どう考えてもこいつが世界を渡らなければならない勇者の器とは到底思えないのだけど。王は何を思ってカリムを選んだわけ?」


 不満を態度や口から垂れ流すミクは自分こそが勇者の称号を得るに相応しい事を暗喩しているようだ。

 実力的にはサイガに一番近いとされた彼女が勇者に指定されて然るべきであった。それが、彼女が不在の間に事が急に運んでしまい、ミクではなくサイガと組んで勇者パーティにいたカリムが選抜される展開が成立した。

 偶然のミクの遠出による不在が無ければ、この地位が確立できたのかは危うかった。当時は憎い奴の更なる出世に腹を立てていたテムズが、先日に彼の明暗を分けた件の魔術の会得といい、不幸が転じて幸を得ている。神の気紛れが為す思召しなのかは図りかねるが、少なくとも彼を取り巻く事象が好転しているのは確かである。


「クウェル、お腹が空いたわ。種類は何でも良いからありったけの料理を作って」


 ミクとカリムの壮絶な睨み合いは続く。クウェルの料理で腹を満たしても、彼女の混み上がる怒りは一切収まる気配が見られない。 

 共に戦う味方というよりは、憎しみ合い、戦う敵という感覚を彼女より刷り込まれる。 

 ミクは転移者としてこの世界に理不尽に招かれた経緯から、己の力以外を信じない傾向が強く、だからこそ手の届く範囲にあった力の誇示に必要な称号を不相応に映るカリムに奪われたのが我慢ならないのだろう。


「おかわり」


 ミクが不機嫌に腹を満たしているのを横目にしていると、美味い酒も喉を通らない。実に不愉快の極みに至っていたカリムは席をある時唐突に立つ。


「不満をぶちまけずに垂れ流すだけというのは英雄としていかがなものかと存じますが」


 英雄に喧嘩をふっかけるカリムに、ギルド一同が一気に騒然となる。敵対する者には同業者であろうと容赦をした覚えの無い彼女へ喧嘩を売る事は自殺行為に等しいとギルドでは認知されている。


「じゃあ言ってやるわ。あんたみたいな死にかけた弱い奴が勇者に祭り上げられるなんて、この平和ボケした国も更に堕ちたものよ」


 テムズも何度不用意な発言等でミクに煮湯を飲まされた事か。

 彼女は加藤生物は元より、視界に入る弱者が虫のように這い回るのを目障りに思い、特に直接的な戦闘力が可視化しづらいテムズのような魔術師を嫌っていた。


「まあ、ギルドをうろちょろとしていた陰気な魔術師は無様に死んだようだし、あんたの身の程知らずの出世と合わせてちょっと機嫌が悪くなった……ぐらいで済んでいるわね」


 彼女における明確な悪意は薄く、率直に嫌いなものは嫌いと言い、好きなものは好きと言う。要するに組むのに有益な相手を厳選できるように周りを仕向けているのだ。

 非効率なように見えて、効率的に関係性を研磨するやり口は一刻も早く戦力を整える必要があるこの世界においては間違いではない。場合によっては最適解とも取れる。


「死んだ仲間を愚弄するのはどうかと思うけど、一理はあるのが憎めないわね。この世界は弱い奴が無力を嘆き、強い奴が富や名声を貪るに足る、単純だけど合理的に回っている」

「あんたごときでもそこを分かっているのなら、今いる地位が不当である事に気付いていてもおかしくないと思うのだけれど」

「ならあんたが直接あたしの出来不出来を審査すれば良いんじゃないかしら」


 カリムのミクを舐めきったような態度と発言が彼女の逆鱗に触れたと思しき瞬間、事態は動き出す。

 二人が対立しているのを恐れるギルドの屈強な男たちは絶え間無く降り掛かる緊張感に腑抜け、テーブルを盾に隠れてしまうか一目散に退散していく。


「ちょっと、あんたたちが喧嘩したら商売上がったりだよ」


 客足が遠退く事はギルドの運営に携わる一人であるクウェルには由々しき問題。一触即発の危険な二人の間に割って入ってきた彼女はカリムとミクの不満へ平等にアプローチし、解消を促すためのとっておきを用意していた。


「そんなに争いたいなら思う存分争えば良い。ちゃんと場を弁えてくれたら何も文句は言わないわ」


 提案されたのは戦いの場を設ける事で力の優劣を簡潔に、明確に示そうというもので、言ってしまえばパルテコアでエリアルとエマヌエルがやった決闘そのもの。

 ただ、相手は数々の死線を潜り抜けた百戦錬磨の英雄。達者に口が回るだけの実力は確かに備わっている。


「審査……とするには、それがやはり一番よね。アタシはもちろん異議無しよ。公然と気に入らないゴミを叩き伏せられる機会をくれたクウェルに敬意を表したいくらい」


 口元を歪に笑わせているミクは特典とやらで貰ったという伝説の剣を引き抜き、刃先を敵対するカリムへ向ける。


「二度と英雄たるアタシに逆らえないように弱者の口は結んどかないとね」


 とても英雄とは認めたくない口を叩く彼女は現に実力を示し、人格面での批判はそれなりにある一方で称賛も多く集めている。根本に人格的問題が張っていたとしても、人類の敵を排除し、安寧の礎となるならそれで良い。

 毒を食らわば皿までというのが世界の総意であり、カリムもまた、彼女のやり口や世界のそんな在り方に要らぬちょっかいを出す気は無い。あくまで神に代わるバランサーとして君臨する事が目的であり、自分が関わらない部分にまで要らぬ労をするのは愚の骨頂だ。


「良いわよ。睨み合いも飽きて来たところだし、あんたの出してくれた助け舟に乗ってやろうじゃない」


 ただ、サイガの件を始めとしてカリムに危害が及ぶのならば、この限りではない。彼女は今まさに、カリムが得た地位を揺るがそうとしている。サイガを始末して登り詰めた地位。

 たとえ英雄が相手でも明け渡してなるものかと、決してブレない断固たる意志で彼女に対立する。


「アタシに勝とうなんて片腹痛いわよ。組み手で一回も勝てなかった雑魚が今更になって息巻くのは滑稽と言う他無いわ」

「あんたこそ、いつまでも地位や名誉に胡座を掻いていては足を掬われてもおかしくないんじゃない?」


 奴隷にやれた事を主人にできないでどうするか。カリムは強敵を前に意気込みながら、剣の柄に手を当て、昂っている戦意を直接示す。


「前から生意気とは思っていたけど、もうこれは、粛清しなきゃアタシの気が済まないわ」


 格下と決め付けているカリムの反旗に苛立つミクからは、本気の殺意が迸っていた。


「どうせなら、殺し合いにしましょうよ……」


 ミクには仲間なんていない。彼女の目にあるのは利用価値のある生ける武器と、価値の無いゴミだけだ。そして、彼女にとって要らないものは殺しても構わないとする極論。これが理不尽に全てを失い、代わりに望まぬ全てを手に入れた者の悲しき末路である。


「要らないゴミはとにかく目障りだから、早く壊したいの」

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追放された魔術師が洗脳魔術で無双する件 ヤンデレ好きさん @yandese-love

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