第1917話・第五回文化祭・その四

Side:木下藤吉郎


 今年の文化祭も大賑わいだなぁ。


 おらは学校の学徒たちが営む茶店で働いている。商いを学ぶ一環として文化祭の間だけやっている店だ。おらの本業は鍛冶なんだけどなぁ。市姫様に頼まれて励んでいる。


「藤吉郎殿、串団子三本お願いします」


「はい、すぐに!」


 共に働く寧々殿に、出来立ての串団子の入った皿をお渡しする。何故か、学校に来るとよくお会いするんだよなぁ。


 おっと、手を動かさねえと。餅をつくのとか力仕事が結構ある。砂糖を使った甘い菓子もあるからか、いくらでも売れていくんだ。


「藤吉郎殿、昼餉に致しましょう!」


 お天道様が真上を過ぎた頃、寧々殿に誘われてようやく昼餉だ。ただ、食堂は来客で混んでいるんで、皆が休むために使っている教室で食う。


 冬となり寒い日が続くが、学校内は南蛮暖炉で暖めておることでそこまで気にならねえ。教室には次から次へと飯や休むために出入りしていて、中には職人衆の奴もいる。


 寧々殿と一緒のおらを見て、少し意味ありげな笑みを浮かべる奴もいて困ったもんだ。


「皆が喜んでくださってようございましたなぁ」


「はい! 学校で学ばせていただいていることを感謝して、精いっぱいもてなしたいです!」


 おらは知ってる。殿が尾張に来られる前の暮らしを。寧々殿のような娘たちが学校のようなところで多くを学ぶなんてあり得なかったんだ。


 寧々殿のような若い娘御がそれを理解してくださっていることが嬉しい。


「寧々様……」


「藤吉郎殿、私に様と付けてはいけません。主である内匠頭様の御面目もあるのです」


 すっかり大人びた寧々殿に叱られてしもうた。時折、以前のような言葉遣いと態度に戻るものの、こうして周りの方々に叱られることがあるんだ。


 おらの立場がそこまで上がったと思えねえんだけどなぁ。八郎様や清兵衛殿は確かに別格なんだろうけど。


 工業村の中だとあんまり態度とか身分とか気にする奴いねえからなぁ。殿もそういうの好まれねえし。


「はっ、申し訳ない」


「ぷっ、ふふふ、もっと堂々としてよいのですよ。職人衆の働きは並みの武士を超えると家中の評判でございます」


 寧々殿に笑われてしもうた。


 ふと清兵衛殿が言っていたことを思い出す。殿は子や孫の代のために動かれておるのだと。寧々殿を見ていると、それがおらにもほんの少しだけ分かる気がする。


 皆が笑って暮らせるように。


 おらももっと励もう。二度とかつてのような日々に戻らねえようにな。




Side:北畠晴具


 授業を終えると職員室に戻り一息つく。


 まことに面白きひと時であったな。顔色を窺うだけの家臣らが相手ではこうはいかぬ。素直に思うままに己の考え。疑問を問う者に答えるのはなんと楽しきことか。


「これは天竺殿。ちょうど喉が渇いておってな」


 職員室にて仕事をしておった天竺殿が煎茶を淹れてくれた。ここでは作法やらなにやらと言わず、日々の暮らしの中で茶を飲む。


 これがまたよい。程よく喉が渇き、冬の寒さで冷えた体が温まる心地はなんとも言えぬものがあるのじゃ。


「菊丸殿と尼僧殿も先ほどから来ておられますわ」


「ほう、左様か。よきことじゃの」


 上様と慶寿院様は武芸大会のあとには近江に戻られたものの、文化祭に合わせて再び来ておられる。此度は慶寿院様も尼僧として身分を偽ってきたとか。


 危ういと懸念を示す者もおるそうだが、わしは構わぬと思うておる。城に籠り、側近らや臣下の者以外と会わぬ日々が悪いとは思わぬが、それで上手くいくほど今の世は楽ではない。


「名門が生きる道、大御所様が示しておられるものを皆が見ておりますので。身分のある者も市井の民も」


 天竺殿の言葉に少し苦笑いが出そうになる。あえて見せておるつもりもないが、隠しておるつもりもない。また、道と大袈裟に言うほどのことでもない。


 ただ、北畠が生き残るべく動いておるに過ぎぬ。


「生きることは戦と同じかもしれぬと近頃思う。敗れれば先などないのだ。公卿とて例外ではない。もっとも公卿は命までは取らぬ故、長々と因縁や争いが続いてさらに厄介じゃがの」


 民を従える。当たり前のことであった。日々飯を食う如く。されど、当たり前のこと故、皆が見過ごしておるところ。


 そこを見直すものが現れたのだ。率先して真似ていかねば先はあるまい。


 変わらぬことを良しとし、祖先の築いた権威と地位でいつまでも生き残れるものではない。朝廷が敗れし者に目を向けるなどあり得ぬからの。


「私たちはそれを争うのではなく競うと言うております。法や掟の中で因縁を作らず命を奪わずする」


「確とした形を作らねば、おかしなことをする愚か者が多いからの」


 万人を信じさせる久遠でさえも、人の愚かさを理解しておる。根拠もなく信じろと強要し、ありもせぬ極楽などを謳うならば、わしもここまで信じることはなかったであろう。


「どれ、一回りしてくるかな。都人が騒ぐ前に競うという形を作らねばならぬからの」


「頼もしき限りでございますわ」


 それはこちらのほうじゃよ。天竺殿。


 そなたらは必ずや乱世を終わらせ太平の世を築く。わしなどがおらずともな。


 されど、北畠の家に生まれて世の変わり目を生きるというのに、なにもせず見ておりましたとならば、祖先に申し訳が立たぬのじゃ。


 故にわしはそなたらを利用する。対価は、そなたらが一日も早く安住の暮らしに戻ることでよかろう?


 それがわしの天命じゃ。きっとな。




Side:慶寿院


 皆が楽しげに笑みを浮かべております。


「菊丸様!」


「おお、よう賑わっておるな」


 多くの者に声を掛けられ、楽しげに言葉を交わす大樹の姿に、ふと先代であるあのお方を思い出します。


 争い、戦をし、都から落ち延びねばならぬこともあった。あのお方が今の大樹と尾張を見れば、いかな顔をされたのでしょう。


 皆が嬉しそうに大樹に声を掛けるなど、決してありえぬこと。いえ、あり得ぬはずだったことになります。


「……尼僧様?」


 大樹や塚原殿の弟子らの案内で学校内を見ておると、一枚の水墨画に足が止まりました。近くにいた十を超えたくらいの娘が、そんな私にわずかに案じるような顔をしております。


「なんという雄大な書画でしょう」


 少し未熟さも見えますが、左様な荒々しさもまたよき加減となったものです。


「わたしが描きました!」


「えっ!? そなたが……」


 信じられませぬ。確かに描き慣れた画風ではない。されど、このような市井の娘が……。


「とてもよき書画です。今後も励むように」


「はい! ありがとうございます!」


 噂の内匠頭殿の猶子かと思いましたが、違うとのこと。なんでも那古野に住まう民の娘だとか。


 書画自体が私の好みということもありましょう。されど、それを加味しても驚きを通り越して信じられぬものがあります。


「尼僧殿は絵がお好きなのでございますな」


 気が付くと大樹が私と娘を嬉しそうに見ていました。


 絵が好き? 特に左様なつもりはありませんでした。ただ、かように多くの書画を見られること自体、常ならば難しきこと。


 武芸大会のあとには多くの絵師が描いた書画を見ましたが、あれもまた同じ。この国以外では見ることが叶わぬものでしょう。


「そうかもしれませんね」


 市井の民が書画を描き、皆で見て楽しむ。


 なんと、素晴らしき国でしょう。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る