第1916話・第五回文化祭・その三
Side:元駿河在住の公家
真剣な面持ちで師の教えを聞く民の姿に恐ろしさを感じる。氏素性も定かでない市井の民じゃぞ?
「これが続けばいかがなるのであろうな?」
隣で見ておる者の言葉に背筋が冷たくなる。今は吾らが教えを授けておるが、すぐに吾らを超える学問を修める者が次から次へと出てくるのではあるまいか?
久遠の知恵には吾らどころか公卿でも敵うまい。こちらには家業家伝の知恵や技はあるが、吾らがおらずとも久遠が吾ら以上の知恵を民に与えてしまうのじゃ。
正直なところ、寺社の本山におる学僧でさえ危ういのではと思えてしまうわ。
「民に学問で劣る公家か」
都を出たからこそ分かることがある。朝廷は、いや吾ら公家は未だかつてないほど危うい立場となっておる。この国では民に知恵や技を与えることで、図らずも吾らの家業や家伝の価値を潰しておる。
知恵や技を限られた者のみで伝えておった吾らと、まったく違うことをしておる。
「吾らには教えてくれぬからの」
隣の者の言葉に周囲におる皆のため息が重なる。
知恵の大元である内匠頭は弱き者に寛大ながら、権威ある者、力ある者には厳しい。斯波と織田家中の者でなくば限られた知恵しか教えぬのじゃ。
今日のように民や余所者が聞いても困らぬ知恵は教えてくれるが、それ以外は一切教えてくれぬ。丹波卿のように教えを受けることを許された者もおるが、長く尾張におる吾らですら許してくれぬからの。
配慮を欠かさず院や主上の覚えもめでたい男なれど、やはり武士よの。吾らを信じておらぬのじゃ。もっとも、知恵を習う対価を吾らが出せぬこともあるがの。
「おくげさま!」
先行きを思うと気分が沈みそうになるが、ふと背後から以前教えを授けた幼子に声を掛けられた。
「ああ、いかがした?」
「よろしければ、みにきてください!」
楽しげな様子で、皆で披露する剣舞を見てほしいと誘われると、それだけで嬉しゅうなる。
「そうじゃの。必ず見に行くとしよう」
あまり悲観することもないか。幼子にそう教えられた気がした。
都の公家衆は尾張に来たいと内々に頼んでも断られていると聞き及ぶ。かの者らに比べれば吾らは恵まれておる。
「蔵人らがおかしなことをせねばな……」
そうなのだ。あの者らのせいで尾張者が吾らを見る目が変わった。隙あらばなにをされるか分からぬ。誰も口に出さぬが、左様に疑いの目を向けられることもある。
もう、この地に骨を埋める覚悟をしてもよいのかもしれぬ。いずれ都に戻ると思われておるからこそ、信が得られぬのではなかろうか。
斯波と織田は京の都を厄介なところくらいにしか思うておらぬ。
信を得るには権威ではなく覚悟がいる。そういうことであろうな。
Side:久遠一馬
学校は混んでいるなぁ。
今年に関しては、余所者を入れないでやろうかと真剣に検討したと報告を受けている。理由はシンプルで余所者にこちらの手の内を明かしていいことがあるのか、そんな意見が割と多かったらしい。
言い分はもっともなんだよね。これに関してはアーシャたちも認めている。ただ、同時に尾張の優れたところを見せることで圧力になることもある。
結局は、混乱や騒動になると面倒だという理由もあり、余所者を排除しないでやろうということで落ち着いたらしいね。どのみち知られて困ることまで見せるわけじゃないし。
「ほんと賑やかなお祭りだね」
ただ、文化祭ってより那古野のお祭りなんだよね。名称を変更したほうがいいだろうか? そもそも文化という言葉自体がこの時代では存在しなくて、造語というか久遠の言葉として使われているだけなので他の人は気にならないようだけど。
学校以外では、工業村の一部見学や、外にある職人町でも物品の展示などをしている。あとウチの牧場からも屋台が出ていて、そちらは毎度おなじみ子供たちが中心となり賑わっているみたい。
「あっ……」
妻たちと子供たちを連れて校内を見ていると、晴具さんが楽しげに授業をしている。最初、霧山で会った時と別人のようだなぁ。
最初はほんと、少し怖い感じすらあったくらいに距離感があったのに。
まあ、本当の名門って、ああいう人のことを言うんだろうね。どんな状況になっても合わせて面目と権威を維持していく。
どっちかというと学ぶことが多いけど、教える側にもなってくれているからなぁ。学校の子たちにも人気なんだ。
おっと、オレはあちこち見に行くところがあるんだよね。
「殿様!」
書を展示しているところでは、何人かの子供たちが説明をするために働いている。オレたちを見ると嬉しそうな顔で駆け寄ってくれたのは孤児院の子だ。
「みんな上手いね」
「はい! 日々、励んでおります!」
ウチは学校に通う子たちが多いからね。みんなの展示品とか働く様子を見て歩くことにしているんだ。
遠方の子たちは仕方ないけど、近場の子たちは親とか親戚とか家臣とかが見にくるんだよね。オレも子供たちの気持ちを十分理解しているとは言い難いけど、頑張っている様子を見にくる人がいないと寂しいかと思ってさ。
「おや、殿じゃないのさ」
説明してくれる子の話を聞いていると、ジャクリーヌと数人の妻たちが姿を見せた。
「みんなの様子を見たくてね」
「うふふ、ウチの者が一番見にきているんじゃないかね。みんな甘いから」
あれ? そうなのかな。ウチの子たちは意外に忙しいのかも。確かに妻たちとか家臣たちとかとよくすれ違うしね。
「まあ、いいだろ。お祭りなんだから」
久遠家の形、独特なんだよね。封建制の形を取りつつも、元の世界の価値観が加わっている。公私の区別を付けるようにしていると同時に、いい意味で家族経営のような助け合いが出来ている。
このあたりは自然とこんな形になったなぁ。
「じゃ、オレたちは次のところに行くよ」
ジャクリーヌたちと別れて、次は子供たちの蹴鞠披露を見に行く。
学校で成功しているひとつは蹴鞠だろう。礼儀作法やコミュニケーション、さらに伝統文化の継承。いろいろな要素があるうえ、運動でもあるので子供たちにも評判がいい。
孤児院出身の子、すでに元服している子の中には、蹴鞠が上手い子がいて尾張在住の公家に呼ばれて手伝いに来ているはず。
オレの猶子としたことで身分も十分だしね。
子供たちの仕事とか立場、結構心配したんだけどねぇ。みんな、それぞれ生きる場所を見つけている。
それがなにより嬉しいかもしれない。
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