第1910話・宗滴の意思

Side:真柄直隆


 武芸大会も終わり、しばしなにもせぬ日々を送り、帰国の支度をせねばなと思うておると宗滴のじじいに呼ばれた。


 こちらから訪ねることは多いが、呼ばれるのはあまりない。


 まあ、用件は察している。越前に届ける文でもあるのだろう。呼ばずとも挨拶に行くというのに。


「よう参ったの」


 相も変わらず穏やかな顔だ。じじいがこんな顔をするのは越前では無理だろうな。帰らねばならぬと思う日々を送っておると、それがよう分かる。


「はっ、お呼びだとか」


「うむ、実はそなたに頼みたいことがあっての」


 やはり文か。オレもじじいの心情を察するようになったのかもしれぬ。少しはじじいに近づけたのだろうか?


「十郎左衛門、そなた、しばらくわしに仕えよ」


 ……、ちょっと待て。今、なんと言うた? 仕えろだと? なにを考えておるのだ?


「殿とそなたの父御にはわしから頼んでおいた。返事は届いておらぬが否とは言うまい」


 いや、なにを勝手なことを。真柄家は朝倉の家臣ではないぞ!? 控える近習の顔を見るが、こちらはいつもと変わらぬ。ということは唐突に言うたことではないということだ。


「真柄家は朝倉の家臣ではございませぬ」


「そう堅いことを申すな。家臣となれと言うておるのではない。年寄りの話し相手が欲しゅうてな。殿と父御にもそう頼んだ」


 話し相手だと? ここだといくらでもおろうに。なにを考えておるのだ?


「わしが死ぬか、そなたが家督を継ぐ時には越前に戻ればよい。真柄家は変えぬ。それまでならばよかろう?」


 まさか……、オレの心情を見抜かれたというのか!? 武芸大会から今日まで直に会うてないというのに。


「敵いませぬな。某のことなどすべてお見通しとは」


 今更虚勢を張る必要もない。オレは、尾張に残れるというのか? しかも誰かに文句を言われぬように、じじいが自ら欲した形を整えてまで。


「年寄りを甘く見るでないぞと、言いたいところじゃがの。此度はわしとそなたが似たような立場故に察したにすぎぬ」


 なんてお方だ。近付けば近づくほど遠く感じる。


 ただ、ひとつだけ分かる。これほどの男が勝てぬと心底認めるのが尾張なのだ。朝倉宗滴がいかに凄かろうと、ひとりでは勝てぬ。


 そこまで考えておると、じじいの顔つきが変わる。まるで越前におった頃の、恐ろしき武士の顔だ。


「十郎左衛門よ、人が人を見抜いたなどと思うてはならぬぞ。人が胸に抱えるものなど分かるものではない。ただ、わしにとって都合が良かっただけのこと。そなたは少し人が良すぎる。わしを利用して尾張に残り、朝倉を利用して真柄家を残す。左様に考えるくらいにしろ」


「宗滴様……」


「信じて道を切り開く。残念じゃが越前では通じぬ。尾張で学ぶのはよいが、この国の正しき道は他国では正しくないのじゃ。努々忘れてはならぬぞ」


 なにか思う前に深々と頭を下げていた。




Side:久遠一馬


「おめでとうございます!」


 起きたらお市ちゃんに伝わるように清洲城に使いを出したんだけど、朝ごはんも食べないで慌てて来たみたい。


 最近落ち着いていたからね。なんか幼い頃に戻ったみたいだなぁ。ちょっと懐かしい。


「姫様、見て見て、赤子だよ~」


 パメラも少し寝たら元気だ。お市ちゃんに赤ちゃんを抱かせてあげている。


「うわぁ。一馬殿とパメラ殿によく似ていますね!」


「にてる?」


「ちーちとまーま?」


 子供たちも周りを取り囲むと賑やかだ。ただ、子供たちはまだ似ていると言われてもピンとこないらしく、オレやパメラばかりかお市ちゃんまで見てキョトンとしている。


「うふふ、寝ちゃいましたね」


 さっきから起きて楽しげにしていた赤ちゃんが眠ると、お市ちゃんはそっと赤ちゃん用の布団に寝かせてあげた。


「朝も早いですし、ロボたちのお散歩に行きましょう!」


「さんぽ!」


「いく!」


 そのままお市ちゃんは子供たちを連れて、ロボ一家の散歩に行ってしまった。これって、パメラと赤ちゃんを気遣ってくれたんだろうなぁ。なんかどんどん大人になっていくね。


「赤子も個性があるなぁ。元気な子もいれば大人しい子もいる。なんか不思議だな」


「みんな生きているんだもん。それで当然なんだよ」


 パメラと一緒に赤ちゃんの寝顔を見ながらゆっくりする。同じように産まれてくるのにひとりとして同じ子はいない。当たり前のことだけど、少し不思議だ。


「まずはゆっくり休んでよ」


 あとパメラにはしっかりと休ませることをしないと。どうも日頃から活発な妻たちは、産後もゆっくりしているより動きたがるんだよね。ただ、こっちが心配になってしまう。


「うん、頑張ってね。お父さん」


 その一言に少しドキッとした。殿とか司令と呼ばれることはあるけど、時代的なこともあって妻たちからお父さんと呼ばれることはなかったんだ。


 オレも妻たちをお母さんと呼ぶことはないけど。


 ただ、元の世界の普通の家族のようで少し新鮮だった。パメラはしたり顔でオレを見ている。故意犯だろう。


「大丈夫だ。任せて」


 お祝いの人たちがもうすぐ来るだろう。それにお祝いとしてこちらからもお酒やお菓子を領内の屋敷で振る舞うことも続けている。


 忙しくなるんだ。その前に朝ごはんを食べないとね。夜中からずっと起きていた上の子たちは朝ごはんを食べたら寝ちゃいそうだけどね。


 それもまたいいだろう。


「ねえ、良かったね。一緒にいられて」


 立ち上がり部屋を出ようとすると、パメラがそんな言葉をかけてくれた。侍女さんたちがいるから言葉を選んだのだろうが、その真意は概ね理解する。


「そうだな。本当に良かったよ」


 終わるはずだった。いかに技術が進んでもデータはデータでしかない。奇跡が起きたのか、それともオレたちの科学力を超える未知のなにかがあるのか。


 正直なところ、オレはどちらでもいいと思っている。


 死がふたりを分かつまでなんて言葉が元の世界ではあったな。ただ、あいにくとオレたちは寿命を超える術がある。時間というものから解放されているんだ。


 パメラたちが別れを望まぬ限り、ずっと一緒にいることが出来る。


 それでも、今という時間は二度と戻ってこない。たとえ時を渡る術を見つけても。それはこの世界に来て学んだことのひとつかもしれない。


 難題がいろいろとあるんだよなぁ。オレはもっと頑張らないといけない。


 久遠家の当主としても、百二十二人分の夫としても。子供たちの父親としても。







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