第1909話・秋の夜長に
また感想返し止まってます。申し訳ございません。
八巻の作業が難航しておりまして。
余裕が出来たら再開します。
Side:武田家臣
「店主、麦酒と、焼き
尾張に来て幾度目になるか。清洲の外れにある安酒を飲ませるという店に今宵も来ておる。もとは屋敷に勤める下男に教えてもらった店だ。
尾張の民が集まるような店だが、武芸大会の最中は諸国から集まった者が幾人も来ておったな。
椅子なるものに座り、食卓というもので酒を飲む。なんでも明にはあるものだとか。
この麦酒という酒も最初は驚いたが、変わった味わいも慣れると美味いと思えるようになった。それを少し飲むと、香ばしく焼けた小さな鰯を口に放り込む。
「ああ、美味い」
周囲には賦役と称しておる銭が出る働き場で生きる者が多い。あれこれと話す楽しげな声を聞きつつ静かに飲む。
聞けば周りの者は飛騨から移り住んだ男だという。流れ者がまともな仕事にありつき酒の一杯も飲める。それだけでこの国を恐ろしいと思う。
「申し訳ございませぬ。今、席を空けさせますので……」
「あー、いらんいらん。少し寄っただけだ。なんなら立ったままでもよいぞ。酒をくれ」
店は次から次へと客が出入りをしており混んでおる。そんな中、店主が謝る声がするので見てみると、まさかの男が来ておった。
「よう、良かったら同席するか?」
「そなたは……、よいのか?」
「構わんだろう。誰もかような場には来るまい」
この店で幾度か会うた今川の者だ。武芸大会の模擬戦で一騎打ちにて争った相手になる。
「すまぬな」
男も麦酒を頼んでおったが、料理は塩辛という変わったものを共に頼んでおる。
「美味いぞ。食うてみろ」
「ほう、これはなんだ?」
「烏賊だとか聞いたな」
勧められるままに塩辛とやらを食うが、確かに美味い。かようなものもあるのか。烏賊の歯ごたえと、塩辛というだけに塩となにかの味が強く口に残る。これは酒が進むなぁ。
「尾張にずっとおるのか?」
「いや、明後日には駿河に戻る。ここに来るのも今宵が最後だ。そっちは?」
「こっちも直に戻る。少し尾張で新しきことを学ぶらしいがな。そのあとで戻るそうだ」
戦場で会えば戦わねばならぬが、会うのが尾張ならば争うことを許されぬ。世とは分からぬものだ。
正直、わしは武田の御屋形様に忠心があるわけではない。生まれ育った地で武田が守護だっただけだ。因縁もいずこに臣従するかも勝手にやってくれとしか思えなんだ。
「尾張はよいところだな」
「ああ、このまま戻りたくないくらいだ」
いつの間にか世が変わっておったらしい。武田も今川も斯波と織田に頭を下げた故、新しき主に従え。一言で言えばそうなるのであろう。
異を唱える者も多いが、わしは左様な気はあまりない。立身出世するわけでも武功を得られるわけでもないからな。
いろいろと変わり、悪いところもあればいいところもある。所領を失い、御屋形様や重臣の顔色を窺わねばならなくなったが、領内の村から面倒な訴えを聞かずともようなったのだ。
一族の年寄りらは未だ納得しておらぬらしいがな。わしはあんな貧しい地で生涯を終えたくない。むしろ好都合だ。
「さて、戻るか。あまり遅くなると上が煩うての」
たいした話はしておらぬ。静かに酒を飲んだだけだ。されど、男はまだ夜半だというのに帰るという。今川ではたまの尾張で酒を飲むことすら口を出すのか。いずこの家中も大変だということだな。
「達者でな。次は戦場か、はたまた来年の武芸大会か」
「戦場であっても味方であろう。もしまた武芸大会に来られたら、この店に来よう。そなたも達者でな」
「ああ、縁があったらまた会おう」
残していった僅かな塩辛を食い、もう一杯酒を頼む。
わしもあやつも酒を飲む銭に事欠くわけではないがな。されど、かように安い銭で酒が飲める尾張が羨ましいのは同じであろう。
尾張勤めになれるように、少し真面目に励んでみるか。上手くいけば織田家直臣もあり得るかもしれぬ。久遠もまた一介の商人から成り上がったとか。ならば、わしも……。
まあ、久遠は真似ることすら難しかろうが、武芸で立身出世出来るかもしれぬ。
変わらぬ日々よりはよほどいい。面白い世になったものだ。
Side:久遠一馬
パメラが赤ちゃんを産んだ。女の子だ。
驚いたのは、陣痛が始まったと知らせがあって数時間後の真夜中にすぐ産まれたことだ。おかげで今回はお市ちゃんが到着する前に産まれている。
産気付いたらすぐに来るって言ってくれていたけど、さすがに夜中に起こすのは申し訳ないしね。護衛を含めて夜中に来るのは危ないから、朝一で知らせを出そう。
「おぎゃあ! おぎゃあ!!」
「元気な子だね。なんか不思議な感じがする」
赤ちゃんはパメラに似たのか、元気な子になる。パメラも少し母親らしい顔をしているような気がするのは気のせいかな?
「あかご、うまれたの?」
「うん、そうだよ。ほら妹だ」
夜中だし子供たちも産まれてから起こした。少し眠そうな子供たちだけど、赤ちゃんの顔を見せると一気に目を覚ましたようで瞳を輝かせる。
「うわぁ!」
「あかごげんき!」
キャッキャッとはしゃぐ子供たちのテンションにホッとしつつ、抱きかかえた赤ちゃんの重さに責任が増えたなと実感する。
「パメラ、お疲れ様。まずはゆっくり休んで。あとはオレたちが見ているから」
「うん、ありがとー」
ケティの診察も終わったので、なにはともあれパメラを休ませてあげよう。子供たちと一緒に別の部屋に移動する。
「ちーち、いっしょ?」
「うん、一緒だよ」
あれ、子供たちが驚いている。なんでだろう?
「今日は祝いの客がまだ来ていないものね」
ああ、そうか。メルティの言葉で気付いた。いつも子供が生まれると忙しくなるからなぁ。人と人の関わりが深いのはこの時代の特徴だけど、一長一短あるんだよね。
まあ、今日は子供たちと一緒に生まれてきたこの子をお祝いして迎えてあげよう。
「眠くないか? 起きているなら、一緒にお話でもしようか」
「うん!」
「おはなしする!!」
「今日は妹が生まれたお祝いだからな」
赤ちゃんと幼い子たちは流石に寝ているけど、大武丸たちは興奮して眠りそうにないしな。朝まで付き合って一緒にいよう。
「うふふ、みんなよかったわね」
「うん!」
ケティはパメラの付き添いをするとのことで一緒じゃないけど、屋敷にいるエルたちと子供たちと一緒に新しい家族のお祝いだ。
子供の頃の夜更かしって楽しいんだよね。
こういう日もいいもんだね。
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