第1904話・第十回武芸大会・その十二

Side:真柄直隆


 勝ちたいのは変わらない。


 ずっと目指していた一番になること、それが目の前に迫っている。


 ただ、あと一戦で決まると思うと、勝ったら二度と尾張に来られなくなるのではと考えちまった。オレには尾張者のように、いつまでも武芸大会に挑み続けられるわけじゃねえからな。


 越前では、オレが毎年武芸大会に出ていること自体、気に入らねえ奴が多い。朝倉の殿と宗滴のじじいのおかげで好きにやれているがな。


 朝倉にとって因縁ある斯波家が守護を務める尾張で武芸を見せることも、負けることも面白う思わぬ者は特に朝倉一族に多い。


 真柄家は朝倉の家臣じゃねえってのによ。因縁があるのは朝倉で真柄じゃないんだ。ところが、立場が下の者が勝手をしているとしか見ない奴がいくらでもいる。


 この国にいればいるほど、越前に戻りたいと思わなくなる。この一年、尾張で鍛練を積み、なんの憂いもなく生きられる尾張者が羨ましいと幾度思うたことか。


 無論、父上や所領が嫌なわけじゃない。ただ……、オレはこの国で武芸を続けたい。それだけだ。


「……では、始め!」


 余計なことは考えるな。己にそう言い聞かせるように気合いを入れるが、いかにしても無心となれぬ。


 柳生殿はそんなオレの心の乱れを見抜いておるようだ。まるで波風が立たぬ水面のように穏やかな顔で、すべてを受け流す如く静かにこちらが落ち着くのを待っている。


 勝っても負けても遺恨なし。口だけじゃなく皆がそれを確と守るのは、他でもない柳生殿がいるからだろう。第一回から出続け、人知れず皆が全力を出せるように動き、自らの生き様で遺恨は許さぬと示しているんだ。


 さっきの太田殿といい、柳生殿といい、久遠の者は皆、信じられねえことを平然とする。


「まいったな。武士としては勝てると思えねぇ」


「ならば勝てると思えるまで鍛練を積み、超えてゆけばよかろう。先に歩む者を超えることこそが、若い者の務めであろう」


 口に出すつもりなんぞなかったが出ていたらしい。


 柳生殿の言葉は、久遠の知恵の真髄だと、前に宗滴のじじいから教えを受けたことに通じる気がした。


 試し、悩み、また試す。幾度上手くいかなくても、諦めずに上手くいくまで続けること。先達の教えを習い覚えるだけだと駄目なんだと、教えを受けたことを思い出した。


「悔いるなら勝って悔いるか」


 ここで負けても悔いるだろう。いずれにしてもオレには選べる道が多くねえ。なら……。


「参る!」


 微動だにしない柳生殿にこちらから攻める。力の差は分かっているんだ。


 ただ……全力を出す。それだけを考える。




Side:久遠一馬


 しばし止まっていた両者が動いた。先手は真柄さんか。


「なんか、いつもの真柄殿に戻ったね」


 準々決勝と準決勝では妙なほど落ち着いていたんだけど。今はいつもの真柄さんに見える。正直、この意味するところがオレには分からない。


「迷い悩み、掴んだかと思うと掴めておらぬ。武芸とは左様なものよ。内匠頭殿が言う試行錯誤と通じるものであろう」


 オレの疑問が聞こえたらしい塚原さんが教えてくれた。


「要らないこと考えたね。ありゃ」


 ジュリアは少し残念そうにしている。


 実際、たまに聞く話なんだよね。初めて武芸大会に出て勝ち進んだりすると、緊張したり平常心を保てないという話。実際の戦を経験している武士がそう言うんだ。戦とは違う重圧と緊張があるんだろう。


 ただ、オレは少し荒々しい真柄さんの試合、結構好きなんだけどね。


「おお!」


 ジュリアの表情と対照的に真柄さんの猛攻が見られると、会場の領民ばかりか貴賓席からも声が上がる。


 同じ刀の部門ではあるものの、木刀の長さは違う。大太刀に合わせた長い木刀を自在に操る姿は、真柄さんの大柄な体格もあって見ごたえがある。


 近寄られると、やはり石舟斎さんが有利なんだろうね。真柄さんは大太刀の間合いで攻撃を仕掛けており、それ以上近寄らせないように戦っているように見える。


 一方の石舟斎さんは無理をせず真柄さんの太刀をかわすことをしつつ、時折木刀で受けるくらいだ。


 もともとそこまで攻撃的な戦いをする人じゃない。タイプ的には、どちらかというとジュリアよりはセレスに近いか。戦いながら状況を冷静に受け止めている。


 ただ、ここ数年は受けの試合をすることも増えた。以前、訳を聞いたことがあるけど、相手が全力を出すまで待っているそうだ。


「確かめていますね。真柄殿がどこまで掴んでいるのか」


 弓の模範演技から戻ったばかりのセレスは、石舟斎さんの現状をそう見るのか。なにを掴んだか掴んでないか。オレにはさっぱりなんだけど。言葉で言い表すのは難しいんだろうね。


「えっ!?」


 試合が動いたのはその時だった。


 初めて間合いに深く踏み込んだ石舟斎さんに真柄さんは木刀で受けると、そのまま石舟斎さんに蹴りをくらわそうとした。


 あれって、久遠流だよね。剣術というよりは戦闘術に近い。


 それを受け流すように石舟斎さんが距離を置くと、会場からは割れんばかりの歓声が上がる。


「ジュリア、教えたの?」


「ちょっとね。基本だけさ」


 ちょっとというには見事だったんだけど。大太刀、間合いが広いものの、達人クラスになると懐に入られると厳しいものがある。真柄さんの弱点の一つだと思っていたんだけど。


 克服というか、対策は考えていたのか。


 ああ、試合は続く。距離を置いた石舟斎さんが、再び真柄さんの間合いに入って木刀を打ち込む。


 実戦と違うところは、木刀同士の打ち合いが多いことか。刀って結構折れやすいからね。実戦で真剣同士が何度も打ち合うことはあまりない。


 そういう意味では、それぞれその場に合わせた戦い方がある。


 会場からは両者を応援する声が聞こえる中、石舟斎さんが完全に久遠流にシフトした。木刀は大太刀を抑える程度でいいと言わんばかりに近距離戦闘を始めた。


「この大会と共に成長したからねぇ」


 真柄さんの成長は見られた。それでも、大太刀を封じられた真柄さんの勝機は薄く、近距離戦闘にて敗れてしまった。


 ジュリアとセレスや塚原さんに九年も師事していたからね。この時代の誰よりも恵まれた環境で成長出来た。さらに肉体的にも経験的にも、三十代に入り全盛期を迎えているだろう。


 今の石舟斎さんに勝てるのは、それこそ愛洲さんくらいなんだよね。ジュリアたちを除くと。


 真柄さん、来年が楽しみだね。石舟斎さんと愛洲さんの独擅場だった決勝に勝ち進んだ経験は必ず生きる。


 彼は史実と違う形で歴史に名を残す。


 ふとそんな気がした。



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