第1885話・第十回武芸大会・その三
Side:久遠一馬
会場ではいよいよ試合が始まっている。
大会に関しては、例年以上に勝ち上がるのが難しかったらしい。予選会ではそれこそ諸国の武芸者や牢人が集まったと報告にある。
当初、大会への参加には織田家中の推挙が必要な規模であったが、領地の拡大にともない、この九年で大会の規模は拡大の一途をたどっている。予選会を始める頃には事実上の誰でも参加出来る状態だったからなぁ。
一旗揚げると意気込んで来ている人もいて、毎年一定数は織田家中に仕官する人もいるくらいだ。また、末端は武士としての身分保障がないものの、警備兵の職に就くのはそれほど難しくない。
こちらも俸禄は悪くなく、評価次第では警備兵として立身出世や武官へ転属も前例があるので、有能な人が集まっているそうだ。
一方で没落する人も出始めている。国人の当主クラスはまだいいが、分家や分家の末端、土豪クラスともなると、実力がない場合はどこに配属されても下っ端のままになる。寛容と言われる警備兵でも、中途半端なプライドでは使えないとして
実際、領民や余所者から立身出世した者の下になった場合は辞めることもあるんだとか。ただ、厄介なのは本家や主筋から、勝手に辞めるなと叱られて復帰するケースもあることだろう。
自領の村でそこそこ威張っていた人は、没落する傾向が強い。
まあ、尾張だと織田家直臣でさえ、一族や従属土豪の整理がだいぶ進んだので、そういう話は減っているけどね。
かつてのような領民を従えた戦がなくなると、それに対応した体制は終わりを告げる。俸禄があるとしても収入の五割とか六割が人件費だとさすがに苦しい。
旧領の城を維持している人も相応にいるけど、領地を守るという役割がなくなると無駄な支出を気にする人が増えている。すでに武士でさえ城や屋敷は敷地面積で税を払う体制が整っていることもある。
賢い人は過剰になった備えを減らし、屋敷や土蔵の一部を織田家に貸している。城は織田家から得た銭で維持しているそうだ。
受け継いだ城を維持したい。思い入れがある。城を維持する理由はあるものの、現実問題として当主や一家はすでにおらず、隠居した者や下手すると家臣や奉公人が守るだけになっている城も多い。
新体制ではそれほど多くの家臣はいらないと理解し、家臣を整理した家もあるからなぁ。
あと面目と慣例だけで家臣や土豪を従えていると、暇を持て余した彼らが問題を起こすこともあったんだよね。現状は俸禄を減らして働き場を紹介して警備兵とかで働かせているけど。
影響力は確実に落ちるものの、その価値が下がるとね。
武芸大会はそんな末端の皆さんが立身出世を夢見て参加する大会になっている。
賦役からの動員である黒鍬隊を含めて、兵の質は十年前と段違いだ。そもそも数万の兵を集めることなんてまずないし、数百や数千、多くて一万ほどで十分なんだよね。現状だと。
武芸大会は織田領の兵の底上げに一番役立っているのかもしれない。
Side:大島光義
弓の試合も、今年はまた一段と若い者が増えたな。
あまり知られておらぬが、織田家では弓を学ぶ者も多い。本来、弓矢は買えば安くない。特に矢などはすぐに駄目になる故、己で作り鍛練する者が多いくらいだ。
ところが織田家では清洲運動公園や各地の城にて、臣下の者が鍛練するためにと弓矢を用意しておる。
金色砲や鉄砲ばかり目立つが、戦や小競り合いにおいては弓での武功も決して少なくはない。
近頃は馬もそうだな。身分を問わず乗れるようにしろと命じており、鍛練する姿もよう見かける。
馬も変わった。去勢をした大人しい馬は不慣れな者でも乗れる。さらに馬車も増えたこともあり、馬を牽く者を付けずに走ることで早く動けるようになった。
「大島殿、こちらはいかがですか?」
若い者らの試合を見ておると、氷雨殿が姿を見せた。わしや氷雨殿が教えた者が多い故、気になるのであろう。
「皆、励んでおりまする。己の力を出せる者もおれば、出せぬ者もおりますがな」
二月ほど前か。子を産み休んでおった氷雨殿が弓の鍛練に本腰を入れたのは。ふとその頃を思い出す。
常に鍛練を欠かさぬのは久遠家も同じなれど、休養を経て再び戦える体に戻す姿は学ぶところが多かった。
時にはわしに助言を求めて鍛練をしておる姿は、弓の鍛練をする者のみならず武官らの士気を大いに上げた。
久遠が別格なのは今更だが。それでも鍛練をする姿を間近で見られたことは、久遠家の力の礎を知るのは十分だったからな。
「よい経験ですよ。戦場でも慣れない者は浮足立ちますから」
「左様でございますな」
久遠の知恵か。よう分からぬものも多いが、分かりやすいものもある。皆に武芸を学ばせ、才ある者はさらに育てていく。血縁や地位で下の者を抑えようなどとせぬのだ。面目だの謀叛だのと恐れておる武士が勝てる相手ではない。
無論、所領があり、そこで暮らしておった頃が懐かしくなることもある。されど、戻りたいと願ったところで戻れるものではない。我が子を見ても分かるが、若い者は戻りたいとも思わぬのだ。
この先いかになるのか。わしには見当も付かぬ。されど、これもまた良かろうと思う。
ただし、若い者にはまだまだ負けられぬ。今年も勝たせてもらうぞ。
Side:前田利家
ああ、皆がオレを見ている。この時をずっと待っておったのだ。
「では、始め!」
高ぶる胸を抑えつつ、目の前の相手に注視する。互いに鍛練ではよく顔を合わせる相手だ。武芸大会にて勝ち上がる。それを目指して一年鍛練してきた。
幼き頃、父上から聞いておった戦はすでにない。馴染みの民を差配して敵将を討ち取るという戦はもうないのだ。
首の取り方など習うには習ったが、戦場で首など取ったこともないし、恐らくこの先も首を取ることなどあるまい。
だが、武芸や槍を使う機会がなくなったわけではない。
九年前のあの日、オレは見ていた。権六殿と三左衛門殿が戦う決勝の一戦を。周りの皆が驚き、固唾を飲んで見ておったあの試合だ。
お二方は共に立身出世をしてしまい、すでに武芸大会にはお出になられぬ。外せぬ役目故致し方ない。
ただ、オレはあのお二方に勝ちたいと思い、槍を己の得物と決めて鍛練に励んだ。
あれから九年、元服し戦にも出た。あいにくと存分に槍を振るう機会はないものの、誰よりも励んでおったと言えるくらいにはなった。
「前田又左衛門参る!」
船に乗り久遠様の本領も見た。世は広い。それだけはオレにも分かった。
織田家は久遠様と共にこの世の果てまで行くのかもしれない。そう思うと楽しみで仕方ないんだ。
まずは、目の前の奴に勝って次に進む。
いずれは……。
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