第1883話・武芸大会の日に
えーと、いつもより早いですが、一時間予約投稿を間違えただけです。
申し訳ない。
Side:森可成
今日は雨などが降らねば、尾張では武芸大会をしておるはず。出ておった頃が少し懐かしくなる。
今年は奥羽にて武芸大会をするという話もあったが、愚か者の一揆により立ち消えとなった。こちらが祭りをしておる最中に、また騒ぎを起こす愚か者が出ぬとも限らぬ故に各地から主立った者を集めるのを控えたのだ。
尾張から来ておる皆で楽しみにしておったというのに。
「尾張衆が羨ましいの。同じ日ノ本とは思えぬわ」
左様な家中の様子を察するのか、浪岡殿が単身でわしのところに来ると僅かに困った顔でため息を漏らした。元領内の寺社と仲介を頼まれておるものの、思うようにいかぬことで困っておるようだ。
「神仏と坊主と寺社はすべて別物。尾張では皆がそう思うております。俗世と決別するはずが、俗世の血縁や氏素性により寺社の中で立身出世する。左様なことがおかしいと思わなんだ己を今では恥じる者も多くおりますな」
端の寺社による一揆。これの処罰と事後に関して家中は割れておる。尾張から来ておる者らは処遇が甘いと思う者が多く、奥羽衆は少し厳しいのではと思う者が多い。久遠家子飼いである蝦夷衆もまた、倭人とそれ以外で僅かに割れておるようだがな。
ただ、左様な者たちでさえ堂々と寺社を庇う者は今のところおらぬ。
「坊主より正道を歩む者を知らねば、寺社が正しく見える。奥羽衆とて揺れておるわ。問答無用で寺社に配慮して利を与えるべきか。今まで左様なこと考えたこともないからの」
一理あるな。さすがは浪岡殿か。本質を理解しておる。それ故、悩んでおられるようだがな。
この地の者は守護様や大殿、内匠頭殿をよう知らぬ。尾張にて坊主が穢れて見えるのは、お三方が寺社以上に信じられるからだ。よう知らぬ者では致し方あるまいな。
「お方様は手綱を確と握れるならば、仲介も助けるのも構わぬと仰せだ。されど、守護様と大殿は不義理や道理から外れる者を嫌う。寺社の蜂起は怒りを買うやもしれぬ。五年、十年過ぎた頃であっても、蜂起すれば責が及ぶことはあると心得たほうがよい」
地縁があり義理もある。仲介を頼まれる者も多いのは致し方ない。されど、わしの立場からすると先々の懸念を覚悟してくれとしか言えぬ。内匠頭殿ならば多少の配慮をしてくれるとは思うが、守護様と大殿は厳しかろう。
「織田家と久遠家の利を配慮で寄越せというのは筋が通らぬ。寺社や寺領が、武家やその所領より貧しくなり、坊主より優れた者が現れたことを受け入れるしかないのだが……。それを諭しても面白うなさげにして黙るのみ。困ったものよ」
余人がおらぬこともあるが、この御仁はあまり言葉を選ぶことをせぬな。元所領の坊主らが聞けば卒倒しそうなことを平然と言うとは。
「さらにだ。助けるのは構わぬと言われるが、間に挟まれ、お方様がたのご不興を買いたい愚か者などおらぬ。菩提寺ならば守らねばならぬが、あとは所領を献上した際に縁が切れたようなもの」
お方様がたというより久遠家では、此度のような場合はあまり追い詰め過ぎぬように抜け道を用意する。
実のところお方様がたは、奥州衆が己の俸禄から寺社を助けることは禁じておらぬ。現状ではすべての寺社に対して八戸根城への出入り禁止と、嫌疑がある寺社に対して商いの禁止のみだからな。
されど、浪岡殿ですら縁ある寺社以外は捨て置くとは。
「御屋形様と大殿は、奥州の寺社すべてを敵に回すこともありうるか?」
「さて、御両名の心中を察するなど、わし如きでは難しきこと。ただ、お方様がたの判断を覆すことはあるまい。斯波家と織田家はなにがあろうと久遠家を守る。それだけは断言出来よう」
本音を言えば、そこまでするとは思えぬがな。まあ、伊勢無量寿院のように、寺社の坊主がすべて入れ替わるくらいまではすると思うが。守るべきは寺社であって坊主ではない。
とはいえ、数多ある寺社が一致結束というのもあり得ぬ。こちらが敵に回す前に潰れるところが多いやもしれぬ。お方様がたと少し話しておかねばならぬな。
Side:武田義信
見渡す限りの人だ。怒声が響く戦場ではない。誰もが笑みを浮かべておる祭りだ。
「甲斐とはあまりに違いまするなぁ」
近習の言葉にいかんとも言えぬ思いが込み上げてくる。実は、先日まで甲斐に戻っておったのだ。それ故にあまりに違い過ぎる民の様子が目に付く。
父上が正式に甲斐代官となったことで、わしや父上は甲斐と尾張を行き来しておるのだ。
武田家中では未だに命じたことを守らず、また結果として功になるならば構わぬと勝手な先走りもする。甲斐には左様な者があまりにも多い。
兵法や武芸の技とてそうだ。尾張では互いに出し惜しみせずにぶつけ合い、より良きものを目指す。ところが甲斐では面目が傷つくことを恐れ、一族の者や近しい同門以外と関わらず、卑怯な真似をして得たかつての戦での武功を未だに誇る有様。
左様な家臣らに父上は嫌気が差しておるところもある。自らの武に自信があるならば、当主であろうと嫡男であろうと武芸大会にて己の力を示して見せろと命じたが、下命に従い出た者はあまり多くない。
敗れれば親兄弟や一族の者に軽んじられると言い訳をする者や、役目があり難しいと逃げの口上を述べた者もおる。
「勝てばよいか」
「若殿いかがされましたか?」
「いや、なんでもない」
ふと隠居した傅役である兵部を思い出した。世話になったことも事実だ。多くを教えてくれたのもな。されど、気に入らぬと隠居して以降は、文のひとつも寄越さぬ。
兵部の申したことで正しかったこともある。されど、勝てばよいと言うならば、兵部よ。戦わずして敗れたそなたは責を負うべきではあるまいか?
父上は下命に従わぬ者に対して、俸禄を減らすことや召し上げも厭わぬと強気な姿勢になりつつある。そもそも土豪などは武士にあらず。かの者らに俸禄を与えるかはそれぞれの家により事情が違う。
尾張では田畑を耕す農民に戻しておるところも多いと聞く。
織田家中での働きでは小笠原に及ばず、旧領や家臣を従えることでは今川に及ばぬ。武田に至っては、追放したはずの祖父上があれこれと助けてくれるおかげでなんとかやっておるだけだ。
せめて武芸大会にて甲斐者の武勇を示す働きをする者が出ればよいのだが……。
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