第1882話・第十回武芸大会

Side:柳生家厳


 いつもと変わらぬ朝を過ごす倅を見ておると、ふと幼き頃を思い出す。


 武士の子であれば武芸に精を出す。それは皆同じこと。倅は特に武芸が好きな子であったがな。されど、かような人生を歩むことになるとは思いもせなんだ。


 大和の所領にて、かつてのわしのように変わらぬ日々を送る。ずっとそう思うておったのだ。


「父上、いかがされましたか?」


「いや、嬉しそうじゃと思うてな」


 名と功を上げ、諸国に名を知られるようになった今でも、一介の武芸者として武芸大会に挑む。厳しきことのように思うが、倅はそれを楽しんでおるのだ。


 常ならば、一度の武功で生涯安泰と言えるであろうに。左様な変わらぬ日々を求めてすらおらぬ。


「己の力量を試し、強き相手と戦える。それがなによりでございます」


 誇らしげじゃの。この国の者は皆が左様な顔をして武芸大会に挑む。この日ばかりは家柄や血筋での配慮などない。強き者が勝ち残る。それだけだ。まさに武士の本来の姿と言うても過言ではあるまい。


「父上は今日はいかがされるので?」


「うむ、慈母の方様のほうを手伝うことになっておる」


 今年は年配の者だけの試合をするというので、わしにも誘いがあったが断ったからの。


 敗れることを恐れたわけではない。この武芸大会に挑む倅らの姿を見ておると、わしは少し違うなと思うだけのこと。あいにくと武芸を楽しむような心情は持ち合わせておらぬ。


 代わりというわけではないが、御家の役目や仕事は面白うてな。ひとつひとつの仕事にも繋がりがあり深き意味もある。むやみに争わず、皆が困らぬように配慮をしつつも譲れぬところは確と抑える。


 政とはいかなるものか。恥ずかしながら尾張に来て初めて学んだ。隠居したままでおるなど勿体ないとすら今では思うておる。


「新介、尾張に来て良かったの」


 大和ではいかに武芸の力量を得ても、それを世に示す機会などまずあるまい。もし名を上げても使い潰す如く戦に駆り出されるだけだ。


「左様でございますな」


 倅は太平の世における武士の在り方を考えておるという。信じられるか? 大和の国人の倅が。


 大和の所領は新介の弟が継いでおるが、大和国内では織田家に敵う者などおらなくなったことで手を出そうとする者がおらぬ。尾張と争うことを望まぬ興福寺が争うことを許さぬとも聞くがな。


 御家に世話ばかりかけるならば、捨ててしまってもよいのだがな。祖先への思いはあるが、世の移り変わりを経てまで拘る必要があるとも思えぬ。今となってはそれもまた難しきことだが……。


「じーじ!」


 孫も生まれ、武芸大会を楽しみにしておる。


 わしには過ぎたる日々よの。




Side:久遠一馬


「おまつりだ!」


「おまちゅり!! おまちゅり!!」


 子供たちが朝から元気だ。ロボとブランカの孫たちを連れて屋敷内を走り回っている。今年で十回目。子供たちにとっては生まれた時からあるお祭りなんだよね。


 相変わらず町では夜通し騒いでいる人たちがいた。こういう楽しみが明日の活力になると思うと、結構なことだと思う。


 今年の武芸大会だが、なんといっても年配部門の新設だろう。実は同時に女性と元服前の子供の部門も検討されている。


 ここまでくると日程をどの程度確保して、どういう大会運営をするべきかなど検討することも多く、まさに一年がかりで検討をしていた。


 結果として女性と子供部門は見送りとなった。女性部門は参加者がどれだけいるか未知数であることが大きい。武家の女性は武芸も習うものの、そもそも競うほど熱心にやっているのは一部だけであり、功を求めて出てくる人数の確保が難しいのではという意見があるためだ。


 子供部門は最後までやるか難航したものの、年齢によって身体能力の違いが大きいことなどから、アーシャやケティたちが子供部門を一括りにすることに少し反対したことと、あまり早くから名誉や功績ばかり求めるのはいかがなものかという意見があったことが見送りの決め手となった。


 あと子供部門に関しては、学校主体で文化祭のように武芸を競うほうがいいのではという意見も出ていた。概念としては元の世界の運動会に近い。子供たちが楽しみつつ競える。下手に名誉や功績にならない形でというのが現在検討されている。


 このあたりは武官や武闘派が気にしてくれている。名誉や功績があると家や一族など周りの者が騒ぐだろうからと止めたんだ。


 まあ、武芸大会自体でも文化部門や庶民参加種目では、すでに女性や子供の参加もある。特に文化部門の女性参加は男性に負けないくらい多い。書画や和歌では、主な織田一族や武士の奥方などが率先して参加している。


 これに関しては、この十年で土田御前がしていた改革の成果だろう。奥方衆も家中で交流を増やし、率先して祭りに参加する。


 庶民参加種目のほうは主に団体競技だ。そちらはすでに女性だけの競技も一部でやっている。そういう意味では長い目で見ると女性や子供の参加は増えていくだろう。


 今年はとりあえず年配者部門、名称はシンプルに『大人部門』とした彼らの競技に力を入れることになっている。


 あと新しい取り組みとしては、去年井ノ口でやった農産物の展示会。これは好評だったことで今年も継続する。


 単純に農産物の売り買いを目的にした展示会ってよりは、広がった領内にどんな農産物があって、どの地域でなにを求めているかなど情報交換と地域間の交流促進が生まれたことで成果が出始めているんだ。


 地域の一部にある産物、田畑の隅にあったりして片手間に作っていた作物とか結構あるんだよね。


 北畠家の問題をつい先日見たから思うけど、変わるまでは抵抗が大きいものの、いざ変わると率先して先に進もうとする人がこの時代だと多い。


 今年はどんな武芸大会になるんだろうか。


「パメラ、大丈夫か?」


「うん、大丈夫だよ~。今年はゆっくり見物出来るから楽しみ!」


 さて、朝食を食べて清洲に行くんだが、出産間近となりお腹が大きいパメラも見物に出るようで少し心配だ。


 まあ、会場にはケティたちもいるしな。見物自体は孤児院の幼子たちと見るようで大丈夫だとは思うけど。少し心配だなぁ。



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