第1877話・一難去って……
Side:久遠一馬
尾張に戻って一息ついた。
野分の被害は領内にもあった。そちらの報告を受けるものの、多くの場所では混乱などなく復旧が始まっている。ただし……。
「信濃や甲斐において、復旧の順番や手法に不満を抱える坊主が代官所などに徒党を組んで押しかけたとの報告がございます」
資清さんの報告にため息が出そうになった。
また坊主か。真面目に生きている人たちは違うけど、特権意識が末端まであることで傲慢な人もまた多い。宗教と政治の分離、これ全然進んでいないからなぁ。
進言、献策。この辺りは否定してない。目安箱だってあるんだ。問題なのは、人を動員して数の力で強引に自分の意見を押し通そうとすることになる。
「必要なことだったの?」
「某もすべて確認したわけではございませぬが、己の寺社を修復しろという理由が多いようでございます」
そうだろうな。災害復旧となると相応に予算が掛かるから、現地でも領国代官、信濃の場合はウルザに報告が上がるはずだ。
そうおかしなことはしないはずだからなぁ。
そもそも寺社の復旧は自前でやるのが基本だ。寺領を召し上げたところも俸禄がある。そこからやりくりするべきだ。事情次第では織田家で復旧することもあるけど、生産性がない宗教施設の優先順位が街道や田畑よりも上になんてのは織田家ではありえない。
奥羽の騒ぎもそうだが、寺社が多すぎる。史実だと江戸時代や明治維新の頃に寺社を減らしているんだよね。オレ個人としては、それでもまだ寺社が多かったイメージがあるけど。
寺社の統廃合。これ本格的に考える必要があるかも。ひとつの村に寺社が複数あり、酷いところだと三つとかある。自分たちで田畑を耕して自給自足するならいいけど、タチの悪いところだと、地域から金を巻き上げて生きることしか考えないし。
「武芸大会でございますが……」
ああ、武芸大会の準備も尾張では進んでいる。今年は義輝さんが公式に見物する方向で調整しているので、そっちの支度もあるんだよね。
朝廷とギクシャクしていることもある。足利家と尾張が上手くいっていることを諸国に示すことは必要だという判断だ。
義輝さん自身が、もう近江から東を優先すると示すという意味もあるけど。
近江御所を含めて全体としては上手くいっている。伊賀は相変わらず調整中だけど。
京の都のほうとは相変わらず話し合いをしているが、それだけだ。
内裏と仙洞御所も一段落しているし、今は図書寮の普請が進んでいるはずだ。悪くない状況だけど、朝廷と京の都が世の中の中心でないことに不満を持つ者はいる。
帝と上皇陛下、公卿、公家。大まかに分けただけでも、それぞれで立場も考え方も違う。さらに少し前には近江に出仕した公家を早くも都に帰したらしく、推挙した九条家とかが騒いだみたいだけどね。
どうも当主が在京しておらず、家令が決めた人事だったそうだ。真っ先に帰されたことで帰された者と幕臣の双方に怒るなどしたものの、所詮は当主でない家令の責任だからか周囲や幕臣からは黙殺されて終わったようだ。
一応、代わりの推挙を許すことになっているみたいだけど、どうなるんだろうね。
Side:季代子
奥羽は静かな日常に戻ったわ。最大の功労者は楠木殿ね。
結果で言えば、奥羽の寺社は勝手をした末端を切り捨てた。強訴、御所巻きのように訴えるために動いたと当人たちは主張したようだけど、私たちの前に上位の寺社が一切主張を認めなかった。
末端の寺社による身勝手な一揆。織田領からの略奪。そういう扱いになっている。これは私の決断ではなく寺社が決めたことよ。
ここまで一方的に鎮圧されてしまえば庇いたくても庇えない。現状でもすべての寺社との交渉は無期限で停止しており、私たちのいる八戸根城では出入り禁止にしているものね。
まあ、多少なりとも影響力を示せたのならば、また違ったのかもしれない。ところが終わってみると、楠木殿の一人勝ちと言えるほど圧倒的な結果だったものね。
織田に楠木あり。正成公の再来なり。そんな噂がこの地を駆け巡っている。
斯波、織田という私たちの肩書きも軽くはないけど、正成公の再来といわれる楠木殿の活躍は織田における人材の豊富さを示すことも出来た。
ちなみに蜂起した寺社と領地は、大半をこちらで押さえた。一部は面倒を見ている上位の寺社が勝手に押さえたところもあるけど、寺社とは交渉をしていないので今のところそのままね。
勝手に動いた上位の寺社はこちらとの商いを全面停止しているので、あとは野となれ山となれってところかしら。
こちらで押さえた寺社とその領地に関しては、今のところ手を付けていない。これ帰属問題の話し合いすらしていないので、手を出していないのよね。
「何度も説明したのよねぇ」
ただ、こちらの命令に従わない商人が相応にいる。商い禁止にした勢力との商売をしているという報告が続々と入ってくる。
当然、その商人も捕らえて、商人が所属する寺社も商い禁止に加えている。一揆を企てた者が誰かはっきりしていないのに助けるなんて、彼らの黒幕だと疑って当然だもの。
「浪岡家と南部家の者は取り成しを頼む嘆願で忙しいようでございますな」
「好きにするといいわ。責任を持つなら仲介してもいい。ただし、次に勝手をしたら累が及ぶわ。俸禄召し上げや日ノ本からの追放もあり得る」
私たちは三左衛門殿と事後処理をしている。出入り禁止にした寺社が頼ったのは現地の奥羽衆になるわ。血縁もあるし菩提寺であるところもある。そことの関わりは禁じるわけにもいかない。
ただ、今のところ交渉を再開する気はない。私たちは年末年始の前に尾張に戻るので、その前に話をすることはないでしょうね。事が事だけに尾張で議論も必要だというのが建前ね。
あと寺社の中には商い禁止となり、織田領以外から必要な品を手に入れないといけなくなった。それも苦労をしている。日本海側は由利十二頭、太平洋側は葛西の治めるところまでいけば手に入るはずだけど遠いのよね。
そもそも奥羽の寺社の大半は、今でも関所があり独自に寺領を維持している。当然ながら流通価格は私たちの来る前と変わらず、価格差が小さいものでも織田領の倍はある。暮らし自体は以前と変わらないはずなんだけど、織田領だと末端の村でもなるべく飢えないようにとしているせいで差別されていると勘違いしているところが多い。
この冬が奥羽の寺社の正念場かしらね。
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