村落の合議制、談合は日本の文化ですから、納得いくまで話し合いしていたのですが、それでは決まるまで時間がかかる、決まらないから折衷案・喧嘩両成敗などが生まれたそうです。そういう文化から、分国法など法の支配が復旧しはじめたのが、戦国時代からですよね。伊勢も、その法の支配という近代化の真っただ中ですね。
室町時代、公卿を殺した下人が2名死罪になるところ、公卿1名しか殺してないのに、2名死罪は理不尽と下人が訴えて、一理あると幕府官僚が言った例があるそうです。判決は1名死罪、もう一名は流罪になったと。当時の流罪は、どのみちすぐ死んだので、実質死刑なのですが、生きるチャンスが少しは残ってるので、下人の言い分は飲んだ形。多分、この公卿が嫌われてたんだと思いますが。
作者からの返信
合議、いいけど。それに合わせていると時間がないですからね。
公卿、これ私の個人的な印象ですが。そこまで他の人から好かれていたとは思えない。
そもそも縁もゆかりもない人が好かれるなんて時代じゃないでしょうが。
更新、お疲れ様です。
北畠は領民や土豪ばかりでなく、累代の家臣さえも
整理対象になりそうですね。
当主の亜相卿の身辺警護の事をエル嬢を含む
一部重臣が中心となって考えるくらいですから深刻ですね。
この分ですと、本領滞在中の
大御所殿の身辺警護も必要そうですね。
あと、無いとは思いますが
三郎殿・久遠クンを始めとした織田衆の身辺警護も。
大湊は尾張との付き合いも長いですし
湊屋殿・丸屋殿始め
かなりの人員が久遠家に仕えていますからね。
そちらからも助言が入るでしょうから
早々、おかしな事はしないでしょうね。
問題は神宮ですが、大橋殿や千秋殿から連絡が行っていれば
変な事は言わないとは思いますが……
明日の更新を読むまでは不安ですね。
次話の更新、お待ちしております。
作者からの返信
家臣、出来れば整理しないつもりでしょうけどね。土豪単位は捨てても。
とはいえ、そのくらいの覚悟がないと動けないかなと。家臣も。彼らも中間管理職に近いですし
身辺警護とか、いろいろ気を使うことが増えますね。
あまり掘り下げてもあれなんで軽く書いておきますがw
被災地が復旧し、領地改革が一新されて10年くらい経ってから当時の事を知った子や孫たちが、親や祖父母達を詰る未来が見えるようだ。「無様」「愚かな」「恥ずか死」という風にwww。
作者からの返信
まあ、古い時代と苦労を知らない人は結果だけで見ますからね。
評価されることはないでしょうねw
あー。アレかな。従わなかった当主と重臣は斬首と遠島。縁者が当主に就くことは認めるが逆らった以上は今さら臣従は認めず。自助努力で復興しろと。隣村は北畠さまが助けてくださってるのに何でおらが村は!ってなるか。いつやってくるか分からない天災に頼るしかないのも痛し痒しだけど邪魔な支配者層を排除して民の目をこっちに向けるには災害と復興が一番なのかなぁ。やりきれないけど10年後の生活を約束することで許してもらおうか。
作者からの返信
その前に土豪一族や惣村が崩壊しますね。
人は織田領で賦役とかで生きて行けます。一部の責任ある者は罰を与えるか一族に殺されるか。まあ、生きて居ないでしょう。
やりきれないところもありますが、末端の意識を変えてから改革をすると、一世代では無理かなと思いますね。
編集済
>現地の視察に行っていないんだよねぇ。
これ、日本語のあるあるですが『not gone』なのか『gone and not there』かわからないので、
→現地の視察に行っていていないんだよねぇ。
→現地の視察に行ってていないんだよねぇ。
→現地の視察に行ってるからいないんだよねぇ。
にしたほうがいいかもです。
『行って、いない』と読点で切ってもいいですがすぐ近くに別の読点があるので個人的にはあまりおすすめできないですがどうされるかは作者様にお任せします