第1872話・秋の災害・後始末

side:久遠一馬


 具教さんが腹を括った。その一言に尽きると思う。


 今回のことに限らず、物事を進める時にはなるべくみんなが納得するように進めることが理想だけど、厳しい言い方をすると現実的じゃないとも言える。


 災害対応。これの難しさはオレも知っているし、そもそもこの時代だと弱者は切り捨てられるんだよね。自力救済が基本であり、為政者は税を取ることしか考えないなんてのも珍しくない。


 北畠の家を危ぶめてまで守ってやる義理がある者が、被災地にはいないっていうのが具教さんの本音なのかもしれない。


 たいした利益にならない土地なら放置したかもしれないけど、大湊と近隣には宇治山田もあり、この地域は北畠家にとって将来を左右する場所になるからなぁ。


 災害対策に限らず、一般的に主家が命じても気に入らないと従わない場合はあるし、今回のように慣例と違うことをしようとすると謀叛や一揆が起きてもおかしくない。


 ただし北畠家では小規模な謀叛や一揆が起きることはあっても、まとまった反乱が起きることはないだろう。晴具さんと具教さんの権威は、かつてと比較にならないほど高まっている。さらに織田と六角との同盟があることで、軍事的な圧力で方針転換を迫ることが自殺行為だと重臣クラスは知っているはずだ。


 新しい統治では、国人土豪に支えられた主君という構図が通用しないからね。極論を言うと、北畠家は国人や土豪を独立させていくだけでメリットが増えるような状況だ。



 さて、そんな今日だが、具教さんとジュリアが動いたことで状況が変わり、オレは大湊の代官所にいる。行方不明者の捜索は信長さんが率いてこちらの兵で続けているものの、どちらかというと後方支援の仕事が重要になったためだ。


「同じ伊勢者であるというのに、水軍と北畠に従う者の働きがここまで違うとはの。倅が切り捨てるのも分かるわ」


 晴具さん、少し機嫌がよくないね。


 水軍衆が命令を聞いてしっかり働いているというのに、被災地では奪い合いをしている現状に心底嫌気が差しているみたいだ。


 気持ちは分かる。今回、水軍衆は独自判断で捜索範囲を広げて頑張ったり、流された木材などを拾ったりして評価を上げたんだ。ここらの水軍衆は北畠家に世話になっていた人が多いからね。士気も高かったからなぁ。


 一方の被災地だけど、北畠家家臣たちは慌てるように被災地を従えるべく動いているものの、現状でもまだ反発やゴネているところは相応にある。


 ちなみに、これもひとまとめに逆らったと言えないものがあって、血縁や先祖の武功を持ち出して説得している北畠家直臣たちを困らせる者や、とりあえず反対意見を口にして自分を軽んじるなと声を上げただけの者もいる。


「水軍衆も苦労は多くありましたよ。古き形を変えましたから。ただ、彼らは海がなくば生きられない者たちですから」


 晴具さんは誰かに答えを求めた一言ではない。ただ、側近と北畠家の人はなんとも言えない顔をして黙っているだけだ。オレが答えても問題ないだろう。


 時代的に大人しく従うってのがあまり褒められないからなぁ。オレは反発されることに慣れたからなんとも思わないけど、晴具さんほどになると同じ人と思えない部分もあるし苛立つのも無理はない。


「尾張からさらに五千人を寄越す支度は出来ています。北畠家さえ良ければになりますが」


 現在、水軍衆を除いて五千の兵で災害対応をしているが、ついさっき追加の五千が蟹江に集まったと知らせが届いた。これ本来は地元が中心となり災害対応をして、尾張からの一万で一気に応急処置をするつもりだったんだよね。


 ところが晴具さんと具教さんは、北畠家の現状に大いに不満があるから……。


 そもそも具教さん、被災地の統制をジュリアに一任しちゃったからね。これも北畠家にとっては驚天動地の驚きと騒ぎだ。一応、北畠家の武士も制圧部隊に加えているものの、指揮権を余所者に与えるなんて前代未聞のはずだ。


 具教さん、自分たちの立場は安泰だと高を括って動こうとしない家臣たちの目の前で、オレたちを重用してみせることで行動を促した。これも危ういんだよねぇ。エルが鳥屋尾さんと相談して具教さんの身辺警護とか細かい対策に助言しているくらいだから。


「おお、よいの。是非、頼もう。倅にはわしから言うておく。すぐに寄越してくれ」


 不機嫌そうな顔に笑みが見えた。ただし、内容から今度は北畠家家臣たちの顔は悪くなる。


 今回の災害、思ったほど楽観出来ないんだよなぁ。来年春の田植えまでに一連の復旧を終えるには北畠家の人手だけでは足りないだろう。あまり好きなやり方じゃないけど、復旧はこっちの人員を中心とすることで、地元の者たちに圧力をかける必要がある。


「申し上げます。神宮より御使者が参っております」


 あー、次の懸念が来たか。具教さん、現地の視察に行っていないんだよねぇ。この辺りは神宮が近いこともあって神宮領が残っている。北畠側も神宮側も被害が甚大で、神宮領の後始末は神宮側でしているけど、北畠領と小競り合いをしているところもある。


 酷いところだと村や田畑を守るために氾濫した水の流れを変えようとすると、神宮領に水が来るからやるなと文句を付けるところもある。あくまでも現地の村とか土豪の話だけど。


「大御所様、いかがいたしましょうか」


 具教さん、鳥屋尾さんとオレに後を任せて出かけちゃったけど、さすがに神宮との交渉は判断に困る。


「倅が戻るまで待たせておけ。今頃、遅いわ」


 仕方ないな。北畠家の人に適当にもてなしてもらって、用件を先に聞き出してもらうか。鳥屋尾さんに視線を向けると察したようで動いてくれた。


 まさか無理難題は言わないと思うけど、神宮側の復旧もこっちの資金と人員でやってほしいなんて言い出さないとも限らない。


「とりあえず大湊の片づけを急ごう。水軍衆と会合衆には、明日か明後日には商いを再開出来るようにしてほしいと伝えて」


 海上捜索があまり効果を上げなくなってきたので、今日からは捜索に当たっていた水軍衆の半数を大湊の片付けに割り当てている。


 被災地の村と田畑も問題だけど、経済的には大湊の商いを正常化するほうが先なんだよね。西から来る船は必ずと言っていいほど大湊に立ち寄り、品物や値段を見て商いを考える。そのまま尾張に行く船もあれば大湊で商いをして戻る船も多いんだ。


 大湊は北畠の直轄としたので、ここの収入が北畠家の財政にもろに影響を与える。大湊の町も浸水した場所があり、高潮などで建設中だった湊の拡張工事現場とかも被害があったからなぁ。


 まあ、大湊の会合衆。親交があるからこっちの指示を素直に聞いてくれてほんと助かるんだけど。商売敵や仲の良し悪しもあるだろうけど、それを表に出さないだけの分別もある。


 このくらい周囲の土豪や村も動いてくれたら、今頃復旧が全域で始まっていたんだけどね。


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