第1867話・秋の災害・その二
Side:セルフィーユ
私たちが被災地近海に到着したのは、宮川堤決壊の翌々日の午後になる。
現地では近隣の織田水軍がすでに海上捜索などをしていて、十数人も助けることが出来たようだけど、まだまだ行方不明者も多いようね。
「あまり勝手は出来ないしねぇ」
ジャクリーヌが少し面倒そうな顔をした。大湊からの支援要請もあり、蟹江におられる大御所様から救助をする許しは得てある。とはいえ、霧山の御所様はこちらに向かっている途中でまだ話をしていない。
近隣の領民になにかを命じるようなことは難しいでしょうね。
そもそも災害対応というものが、私たちの知るものと違う。どちらかというと浸水した田んぼの刈り入れを優先している様子。決壊した箇所の修復もまだ手付かずであり、流された者たちの捜索もあまりされていない。
国人領主も存在するこの地では、人員を集めた災害対応は現地の判断では無理でしょうね。
「私は大湊に行くわ。代官殿がいるだろうし」
「じゃ、私は診察しようかね」
救助も必要だけど、これからのことも話す必要がある。私とジャクリーヌはそれぞれ別行動をすることにした。
現地ではすでに答志島の水軍拠点にいる医師が診察をしていて、水軍の救助と合わせてまともに活動しているのは彼らくらいになる。
秋とはいえ伝染病の危険もある。さらに生き埋めになった人の捜索はまだやれば間に合う可能性もある。少しでも動いて助けられる人は助けないと。
大湊も一部浸水や高潮の影響があり、町の中では後片付けの最中だった。泥などを掃除したり、家財道具や商品などを乾かしたりしているところが多い。
「御所様が来られるまでは……」
代官殿は留守だった。ちょうど霧山御所に出向いていた時に野分が来ており、御所様と共にこちらに向かっているみたい。
すぐに人を集められるかと聞いたけど、難しいと難色を示した。
織田水軍への協力要請は代官配下殿の判断で出しているものの、それ以上の災害対応、特に人を集めての動きは難しいと頭を下げられた。
勝手に兵を集めると謀叛などの懸念もある。水軍は北畠領の海難事故などを想定して救助要請が出来るように定めているけど、現地で勝手に兵を集めるのを規制していることが裏目に出たわね。
それでも織田水軍の動きを助けるという名分で、大湊の人員は出していて、海で救助した者の受け入れや水軍衆への食料や水の提供など権限で出来ることはしている。
「助けた患者はどちらですか?」
「それならば……」
結局、私も御所様が来るまではやることがないので診察をするしかない。御所様が来たあとのための打ち合わせならば同行した文官衆と水軍に任せていい。
すぐに救助された者が集められている寺に出向いた。
「この者は一度息が止まったとのこと。冥府から舞い戻ったと騒ぎになっておりまして……」
最初に診察したのは、呼吸停止から回復した患者だった。水軍衆が助けたひとりだけど、ジャクリーヌたちが指導している水難救助の成功例のようね。
「あの……おら死んだのでございましょうか?」
恐る恐る聞いてくる若い男性に思わず笑いだしそうになった。周りが騒ぐから不安だったんでしょうね。死人が蘇ったなどと言われて。
「死人を生き返らせるなんて出来ないわ。死ぬ直前に助けられたのよ。もう命に関わる状態じゃないから、数日様子を見て家に帰れるわ」
呼吸停止からの回復か。助けられたタイミングが良く、若い男性で体力があったこともあるんでしょうね。
さて、次の患者は……。
Side:久遠一馬
具教さんからの返事はまだ届かないものの、晴具さんと相談して許可は下りる前提でオレと信長さんは蟹江に来ている。すでに到着している二千と、追加の三千が順次蟹江に集まりつつある。
「田んぼより人を助けよということか」
大御所様も一緒に伊勢に戻られるそうで、打ち合わせと災害対応を改めて説明しているが、やはり認識の違いが顕著になっている。
「田んぼはすぐに使えるように出来ますからね。ただ、人が働けるようになるまで育つには十数年かかり、それまでに食う多くの飯が必要になります。人手さえあれば、復旧は出来ますから」
なんかのついでに話したことはあるものの、災害対応の詳細まで教えていなかったし、北畠家は改革途中ということもあり、後回しになっていたことのひとつだ。
まあ、仕方ないんだろうね。僅かな食べ物すらないことで飢え死にする時代だから。人を助けても食べ物がないとどちらにしろ死んでしまう。ならば、残った人が飢えないようにと田んぼの稲を最優先にするのは、この時代では理に適うことでもある。
「祈禱などはあてにせぬか?」
少し話していると、答えにくい質問もある。まあ、災害対応に祈禱とか入れてないしなぁ。
「ここだけの話ですけど……。私は祈禱などあまり信じておりません。聞き届けていただけるかどうかも分からないことに期待はしませんので。人の手で出来ることは人の手でするべきだと思っています」
個人で祈るには勝手だけどね。公儀、行政が祈りで災害から逃れようとするのはなくしていくべきだと思う。
そもそもこの時代の高僧なんて、どこぞの高貴な血筋の避難先だし。ほんと一から修行をして祈りで世の中を安定させるような偉人がいるなら別だけど。宗教家ってより政治家なんだよね。
「人がいない土地でも野分はくることもありますし、山が火を噴くこともあります。世の出来事を人が変えられると思うのは傲慢でしかないと私は思うのですよ」
晴具さんも気付いていたんだろうね。この時代では祈りや占いで物事を決めることすらあるけど、オレたちの動きは基本、祈りや神仏をあてにしないし。
「名のある坊主や神職で俗世の関わりを断ち切った者など、わしも知らぬ。まことに高徳な者というのは人知れずおり、世に出てこぬのかもしれぬの」
ああ、晴具さんはそういう見方をするのか。確かに晴具さんと会えるような人は、元から身分がある人だけだろうしなぁ。
宇治山田あたりも攻めたことがあるし、そこまで信心深い人ではないのかもしれない。
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