第1866話・秋の災害
Side:久遠一馬
八月も残り数日となったが、野分……台風がきた。
ただし、尾張や三河ではそこまで深刻な被害はなく、ところにより村や田んぼが浸水したなどあるくらいだ。
被害が大きかったのは伊勢神宮や大湊がある宮川で、元の世界でも有名だった宮川堤が決壊してしまった。
「それじゃ頼むよ」
村が流され行方不明者もいると報告を受けて、水軍と海軍を派遣することがすぐに決まった。他にも雷鳥隊と衛生兵を一緒に送る。ウチからは雷鳥隊の指導をしているジャクリーヌと、二次災害を防ぐため食に特化した医師であるセルフィーユを急遽派遣することにした。
「ああ、任せときな」
「最善を尽くしますわ」
慌ただしく出ていくふたりを見送り、こちらは今後の支援や各方面への影響などを検討しないといけない。
割と水害が珍しくない地域だけど、今回は近年ない規模の被害だとのことだ。こういう時は顔の見える支援と働きがいる。
そもそも北畠方の水軍はこちらが吸収してしまったので、水軍は近海で手の空いている者を急行させたほうがいいな。
陸上の支援は北畠家次第だから、支度はしているが具教さんの要請待ちだ。晴具さんに支援の用意があると使者を出したので、すぐにでも霧山御所の具教さんに連絡が伝わって返事がくるはず。
「内匠頭殿、主な品物の値は懸念に及びませぬ」
「二千の兵ならばすぐにでも出せまする」
次から次へと入る報告に織田家の皆さんの変化を頼もしく感じる。
かつて三河の矢作川が決壊した時には、この時代の常識から災害対策に動かなかった皆さんなんだ。それが今では各部署できちんと動いて迅速に物事が進む。
織田領全体としては広がった分だけ苦労が多く、未だに苦しい地域も多い。ただし広域での行政をきちんとやると、メリットも相応にあるんだよね。
これから秋の農繁期になる。なによりも食料の安定供給と人手をいかに集めて災害対応が出来るかだ。
こういう時、食料を高値で売ろうとする商人や領民が領内だとほぼいなくなった。下手すると元の世界より上手くいっているかもしれない。元の世界だと転売ヤーが事あるごとに買占めと転売していたからなぁ。
「急がない賦役は後回しでもいいですね。五千はすぐにでも送れるようにお願いします」
とりあえず助かる命を助けて、水に浸かった稲も収穫出来るものは駄目になる前に収穫したい。
美濃と三河の賦役も急がないのは止めるか。短期の人手は一万でも二万でもいい。これが上手くいけば、北畠家の改革の後押しにもなるだろう。
無論、北畠家が望めばという条件があるが。
次の救援にはオレと信長さんが行くべきかもしれない。顔を見せて駆けつける意味は大きい。北畠家は尾張にとって一番お世話になっている相手なんだ。
Side:北畠具教
大湊より宮川堤が決壊したと知らせが届いた。ここ数日は随分と雨が降っておったからな。致し方ないことであろう。
特になにかを求められたわけではない。されど、オレは馬廻りや警備兵を連れてすぐに霧山御所を出た。
以前、尾張で聞いたことがあったのだ。矢作川が決壊した時のことをな。
「手の空いている者は付いてこい! あとで褒美を出す」
途中の土豪や村からも人を集めつつ急ぐ。流され、生き埋めになった者を助けられる刻限は二日だとケティに教えを受けたことがある。霧山から宮川まで急いでも二日はかかる。今から行っても間に合わぬであろうがな。
とすると、わざわざオレが出向くほどではないのだが、領地を召し上げ束ねるためならば自ら動かねばなるまい。
「御所様! 尾張の大御所様より急ぎの書状を預かりておりまする!」
父上からだと? もう少しで宮川に着くというところで何事だ。
「あい分かった。委細承知したと伝えてくれ」
「はっ!」
早いのは尾張か。すでに水軍衆を出して海に流された人を助けており、必要とあらば更なる人を寄越すと支度しておるとは。
領地を与えておるのならば、己らでなんとかしろというのが筋だ。されど、それでは国は豊かにならぬ。
「急ぐぞ!」
人を助けることで従える。公卿とも武士とも違うものだ。
されど、わしが織田に後れを取るわけにはいかぬ。
Side:織田家、伊勢駐留水軍衆
物凄い雨風だった。船は事前に被害が出ねえようにしていたからいいが、あちこちで川の水があふれたり家屋敷が壊れたりしたらしい。
夜が明ける頃から皆で後始末をしていると、大湊から船が来た。
「おい、仕事だ! 宮川堤が決壊したから助けを求めておる」
何事かと思えば、手ひどくやられたのは宮川かぁ。使える船を総動員して、現地に急ぐ。
昨日の雨で流されたものが海に浮かんでおる。皆でその中に人がいないか確かめつつ先を急ぐ。
「こいつはひでぇや」
現地では村がいくつか消えていた。オレたち水軍衆は海と浜沿いで流された奴を探すことになる。
かつて三河矢作川が決壊した時に久遠様が兵を動員して助けたことで、水軍衆でもかような時には人を助けることが役目となった。
川の水は泥で濁っていて、それが海に流れ込むんだ。海も濁り、人を探すのも大変なんだがな。
「人だ!」
ひとりの男が叫ぶと船をそこに急がせる。恐らく生きておるまいが……。それでも弔ってやりてえ。皆で船に引き上げる。
「まだ温かいぞ!」
「でも息してねえ」
海に流されていたのは、若い男だった。体は温かいがすでに息をしてねえことで落胆する。
「どいてろ」
「
「こういう時は水を吐かせて息が出来るように助けてやるんだ。よく見ておけ」
だが、そこで船長が男を仰向けにすると、顔を少し上に向けてそいつの口に息を吹き込んでいた。
なにをしてやがるんだと、皆、ただただ立ち尽くして見ておると、今度は胸のあたりを押し始めた。
「助かるんか?」
「知らねえ! こうしろって教えられた。久遠船を任される者は皆同じ教えを受けておるはずだ」
一旦息が止まっても、当人が生きていれば息をすることもあると聞いたことはあるが、実際に見たことなんかねえ。
船長ですら己のやっていることが正しいのかよう分からんまま、ただひたすら同じことを繰り返す。
「げほっ!」
「いっ、生き返った!?」
いかほどやっていただろう。それほど長くはねえと思うが。死んだと思った男が水を吐いて息をしているじゃねえか!?
「ほんとに生き返りやがった。おい、すぐにお医師様のところに連れて行くからな!」
当の船長も驚き信じられねえと戸惑っているが、陸には尾張から来ているお医師様がいるはずだ。生きていれば助けてくださるはず。
オレたちはひとまず船をお医師様のいるところに走らせた。
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