第1864話・懸案の行方
Side:秋
上様の手伝いも目途がついたことで、私は目賀田山と御所予定地の視察に来ている。
立地としては、まあまあいいんじゃないかしら。目賀田山は半島のように突き出していて、地続きじゃないこともあって籠城を考慮すると悪くない。
ただ、琵琶湖沿岸ということもあって、町は水害の懸念がある。御所は水害が及びにくいところに建てる計画だけど、町は規模が大きくなると水害と付き合うことを考える必要があるわね。
尾張もそうだし、日ノ本ではそういう土地が多いのが現実なのよね。
「いい城ね」
「久遠家の者は籠城を好まぬと聞き及びましたが……、わけをお教え願えませぬか?」
案内人として同行している目賀田殿が私の反応を見つつ、疑問や知りたいことを時折聞いてくる。内容はあまりデリケートなものはないわね。教えにくい知恵というより、世評や噂、尾張の様子から感じた疑問が多いかしら。
「領内を荒らされると、それだけ損をするっていうのが一番大きいかしら。私たちは基本として自領を富ませて自領で生きていくことを重んじているからよ。あとは戦のやり方も考え方も違うから」
籠城。戦術として否定はしないわ。ただ、火力で粉砕したほうが費用対効果がいいってのが一番な気がするわね。
ここもどちらかというと目賀田山の詰め城は保険的なものだし。エルが籠城を基本戦術にするはずがないもの。
御所造営は表立ってごねる勢力が今のところいないことで、普請に大きな障害はない。無論、積極的に人と資金を出して後押しするというほどではなく、義理と慣例を重んじただけと言えるけど。
近江は潜在的な経済力は大きいのよねぇ。畿内の出方次第ってところもあるし、先のことを考えるなら関東以北にリソースを注ぎたいけど。
政治的な意味を考えると、この地は必要なんでしょうねぇ。私は技術屋だから、そこまで必要とは思えないけど。
Side:久遠一馬
北の地が騒がしい。情報はシルバーンから届いているものの、正式に報告が届くまでは表立って出来ることはない。
情報収集や物資の輸送などのサポートは、シルバーンの指令室でやってくれるしね。
問題の末端の寺社は、結局、自分たちの地位と既得権を脅かす者に抵抗して反発しただけだ。理解はするが、それ以上の配慮をしてやることは出来ない。
それはそうと、尾張では武芸大会の概要が決まった。今年の新しい試みとして、年配者の部門を設けることが正式に決まったんだ。
ネックとなっていた隠居の有無、これは問わないことにした。隠居と家督の問題、この時代だとデリケートで調整が付かなかった。この件で隠居年齢をこちらが決めるようなことをしたくないってのが一番の理由だ。
とりあえず以前合意していた、四十五歳を下限とした部門でやってみる予定だ。
他にも細々とした変更点なんかがあり、それも試す予定になっている。正直、上手くいくこともいかないこともあるだろうが、それでいいんだ。
そんなこの日だが、義統さん、信秀さん、義信君、信長さんとお茶を飲んでいた。情報と意見交換、それと次世代への継承もあってこのメンバーにオレたちが加わって話すことが割と多い。
「かず、エル。伊賀の件、なんとかならぬか?」
今日はシンディが来ていないのでエルがお茶を淹れていたが、信長さんは一息つくと単刀直入に現在一番の懸案を口にした。
織田家の懸念は伊賀そのものではない。有耶無耶のうちに、あちこちの貧しい土地ばかり面倒見なければならなくなることだ。すでに信濃・甲斐・駿河・遠江とそんな領国も多いからね。
そのうち既得権を認めて豊かにしろとか、都合のいいことを言い出す勢力が増えないとは限らない。京の都はすでにそんな感じだし。
「なくはないですけど。何事も利点と欠点はありますよ」
みんな、そんなこと分かっているだろうけどね。
「それでもよかろう」
ならエルに説明をしてもらおう。
「まだ検討中ですが、かの国を公方様の直轄地としてしまうのが私たちの案としてあります。利点はこちらが西に領地を得ないことで、面倒事や争いの矢面に立たなくてよくなります。畿内に警戒されることも幾分減るでしょう。欠点はこちらで治めないと上手くいきません。さらに公方様の直轄地。長い目で見ると将来の懸念となるかもしれません」
一応、幾つかの方策は検討してある。そのうちのひとつ、有力な策がこれだ。
理由はいくつかあるが、六角と北畠の領地を奪うような形でこちらが領地を広げたくないこともあって、誰か代わりの統治者が欲しいのが本音だ。
伊賀は豊かとも言えないし交通の便がいい要所でもない。とはいえ畿内が近いのも事実になる。
さらに義輝さんの基盤が、あまりにも脆弱過ぎて困っていることもある。京の都や畿内には利権があるにはあるが、代々代官を務めている家の家職とされ、決定権や利益を奪われており、その家を重用しないとその利権を得られない。
ちなみに、その家を重用すると、その家や当主と利害が合わない家や因縁ある家が不満を抱えて騒ぐので、さらなる争いが起こる。それがこの時代だ。
現状では義輝さん自身ですら慣例に沿った体制と政治に嫌気が差していることと、オレたちが畿内に頼らない体制を構築していることで、義輝さんは畿内の基盤を損切りしているんだよね。
無論、伊賀がそこまで義輝さんの権勢基盤に寄与するわけでもない。ただ、面倒見る人がいないあの地を直轄地とすることで多少でも安定するのも事実だ。
義輝さんを守る兵。かつての奉公衆のようなものを再建しないといけないしね。多少でも独自財源はほしい。
「ふむ、なかなか難しき策だな」
信秀さんは即決を避けて義統さんを見た。利点欠点、利益と損失。どちらもあるんだ。この問題は。
そもそも将軍家の領地とすること。これ義輝さんがいるうちはいいけどねぇ。絶対なんてない世の中だし……。
「いいのではないか? いずれにしろ敵になるかもしれぬと思うておけば。伊賀が敵になったとて困るまい? 六角と北畠とて、恩を仇で返したとなると堂々と切り捨てられよう」
うわぁ。義統さん、ぶっちゃけたな。もう損切りでいいって割り切った。これ、完全にウチの価値観だ。この時代だと領国の価値はそれでもあると考えるからなぁ。
「守護様がそうおっしゃるならば、某に異存はございませぬ」
「端の者がよう働くのだ。
まあ、織田としたらほんとどっちでもいいんだよね。経済力でどうとでも出来る土地だし。義輝さんの直轄地として改革をする道筋を検討するかぁ。
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