第1863話・北の地の強訴・その五

Side:奥羽の忍び衆


 末寺が燃えている。愚かにも八戸に訴え出ると騒いで寺領の民を集め、領内を荒らした寺だ。


 堅固な備えもない、いずこにでもある小さな寺になる。ただ、燃やしておるのは御家の者ではない。末寺を従える同門の寺の坊主が率いる兵どもだ。


「……口封じをしておるように見えるのはわしだけか?」


「さてな。口封じなのか、勝手なことをした愚か者を罰しておるのか」


 始めは取り囲んで小競り合いをしておったが、末寺が素直に従わなかったことで攻め入ったかと思うと火の手が上がっておる。


 攻め手が火を付けたのか、寺の者が自棄になって火が出たのか。


 八戸のお方様は奥羽すべての寺社からの使者を門前払いしておるそうで、この件を差配しておられる楠木様も相手にしておられぬ。


 愚かにも我らが領内を荒らした者らを出した寺社は、己らで始末を付けるという体裁のようだが。真相は闇の中というところか。


「寺領の民も皆殺しか」


「いずれでも構わぬことだ。寺と寺領がいかになろうともな」


 それからも我らはやつらに気取られぬように探るが、奴らは寺と寺領の村の者を討ち取ったことが分かった。攻め入った坊主が率いる雑兵どもが、それを自慢げに話しており、寺や村から奪った品を織田領の村で銭に替えていたのだ。


 さすがにやり過ぎではと思うところもあるが、寺と寺領はこちらには関わりなきところだ。坊主が命じたのか、雑兵どもが勝手に殺して奪ったのか。いずれでも構わぬ。


 我らは目となり耳となり、ありのまま報告するだけだからな。




Side:知子


 旧南部領での末寺末社の強訴に関与したと思われるところは、およそ三百を超えた。旧南部領にある寺社の末端のうち十二%ほどがこれに参加しようとしたことになる。


 南部一族を含めて当地の武士は顔を青くして対策に走っているわ。遠縁でも血縁ある者がいる寺もあるでしょう。季代子が始末についてまだ言及していないことで、累罪が及ぶ可能性は十分にある。


 関与した寺社は、宗派も土地柄もあまり関係ない。ただし、津軽三郡では私たちが統治したこともあって参加した寺は多くない。


 基本的に、どこも小さな村に二つとか三つとかある規模の寺社ばかりで、上からの情報も詳細なんてほとんど届かず、近隣との暮らしの格差から不満を募らせていたところね。


 プライドだけは高く、自分たちの寺と寺領の暮らしだけが貧しいという理由を理解しようとせず、私たちに配慮しろと訴えようとした。


 この件に関わった者の数は、少ないところだと寺の坊主と寺領の民を合わせても十数人だけというところも多い。


 個別には脅威とは言い難く、中にはこちらの村の者が返り討ちにしてしまったところすらある。


「寺社が多すぎるわ。この人が少ない地域に二千五百もあるなんて」


 この時代、どんなに貧しいところにも寺社だけはあるのよねぇ。季代子は報告にある寺社を地図にひとつひとつ印を付けて今後のことを考えているけど。全部、廃寺廃社かしらね。


「いくつかの寺社が勝手に末寺末社を討伐しております」


「こちらが関知することではない。ただし、口封じをしたと私は受け取るわ。以後、その寺も商いを禁止にする。楠木殿には、略奪に関与した寺社は等しく攻め落とすように伝えて」


 三左衛門殿の報告に季代子と顔を見合わせてため息が重なった。確かに寺領はこちらの勢力圏外よ。どうしようが寺社の勝手。でもね。強訴もどきを企んだところを勝手に討伐して、こちらが許すなんて一言も言ってないのに。


 現時点で、この蜂起に関わった者はすでに千五百を超えている。各地に分散していて、領民が田畑を荒らそうとした連中を追い返したところもあって、正確な関与した人数ではない。それでも人口の少ないこの地では無視出来る数じゃないわ。


 まあ、すでにその何割かは首だけになって届いているけど。


 由衣子が疫病は困ると言うので、郊外に晒して人が近づかないように柵で囲ってある。


「討たれた者の葬儀もいるわね」


 あと、私たちが奥羽に来て以降、一番被害が出ているわ。寺領に通じる道においてある関所の警備兵や、各地の城に置いてあった武官だけでは足りずに、文官も出陣して討ち死にした者がいる。


 一定の指導と教育を終えて現地に赴任したばかりの地元の武士が多い。尾張から連れてきた武官と文官はきちんと命令通りに退いたんだけどね。現地の者は地縁や意地から退かずに戦った者が相応にいる。


 警備兵や武官・文官の指導は見直しがいるわね。


「葬儀は織田家としてやるわ。奥羽の坊主は等しく参列を禁じる。年内に葬儀をあげて、年始に尾張から高僧を呼んで改めて盛大に供養しましょう」


 季代子は相当怒っているわね。葬儀から奥羽の坊主を締め出すとは。八戸には文官として尾張から連れてきている坊主が数人いる。彼らに葬儀をあげさせることになるか。


「楠木殿は正成公の再来と恐れられておりまするな。仏僧すら裁く牛頭馬頭ごずめずの如しと評判でございます」


 それと、三左衛門殿も驚いているけど、楠木殿の評価がうなぎ登りだ。


 日和見、寺社を相手にするのを恐れていた奥羽衆にほぼ離脱なく覚悟を決めさせたうえ、自ら坊主を討ち取ったことで周りの見る目が変わったほど。


「よく学んでいたのよね」


 楠木殿の年齢はすでに六十近く、この時代では年配者と言っていい。にもかかわらず織田に臣従以降は新しい兵法や用兵から私たちの価値観まで積極的に学んでいた。


 家柄だけの者は旧領の代官以上には出世しないが、奥羽まで派遣されたのは家柄を考慮した以上に本人の努力がある。


 今回も物資を惜しまず適切に使い、一気に蜂起した者たちを蹴散らし、討伐を続けているわ。はっきり言うと、この加減が難しい。無駄とは思えないくらい適切に使っているのよ。


 彼の覚悟が奥羽衆の覚悟となり、戦局は圧倒的にこちらに傾いた。


 向こうは強訴という形にしたいらしくあがいているようだけど、現状だとこちらの領内を荒らした賊や一揆として討伐しているわ。


 実際に荒らす前に撃退されたところもあるけど、それも荒らしたところに加担した者として同罪なのよね。


 正直、不満が根深いと奥羽の寺社がゲリラのようになって面倒になる可能性もあったんだけど。楠木殿の断固たる動きのおかげでそれが吹き飛んだわ。


 私たちのもたらした新しい戦で、かつての名将の子孫が活躍する。


 なんとも感慨深いものがあるわ。



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