第1861話・北の地の強訴・その三

Side:森可成


 末寺末社の蜂起か。先ほどから蜂起した者を従える寺社から慌てた使者が来ておるが、すべて門前払いしておる。己らが謀ったのではと疑うておると示すためだ。


 ひとつ間違うと面倒なことになるが、お方様は権威や力ある者を相手に軽々けいけいに引くつもりはない。これは久遠家の方々に通じることだが、神仏の名を騙る者には特に厳しいのだ。


「お呼びでございましょうか?」


 ここ八戸根城は戦の最中と同じく物々しいが、お方様がたは寺社の相手を止めたことで暇が出来たからか、庭にて昼餉の支度をしておられた。


「ええ、手の空いている者を集めてちょうだい。皆で一緒に昼ご飯を食べましょう」


 この余裕なのだ。久遠家には底知れぬ余裕がある。これこそ、この地では大きな力となる。奥羽衆には戦支度をするよりよほど恐ろしかろう。


「はっ、直ちに」


 といっても城におらぬ者も多いな。浪岡殿はおるが、南部一族は半数がおらぬ。事を収めるためにすでに動いておるからな。


「ほう、これは美味そうでございますな」


 少しばかり異質なのはこの男か。斯波治部少輔経詮、稗貫と和賀と共に今も八戸にて臣従の詳細を詰めるために残っておる。


 寺社の動きにすぐにでも所領に戻り態度を変えるかと懸念もしたが、一切動じておらぬ。


「ウチではよくやるのよ。青空の下で食事をする。高貴なもてなし料理とは言えないけど、ウチの料理を振る舞うわ」


 煉瓦を用いた焼き場と大鍋での汁物。尾張でも幾度も見た光景だ。よく那古野の屋敷に招かれ楽しんだことを思い出す。


「この地も美味しいキノコがたくさんあった。採れたてのきのこの料理は今しか食べられないご馳走」


 由衣子様は相も変わらずか。あまり人を差配するには向かぬが、医術と料理の腕前は確かなお方だ。久遠の者が寺社を恐れぬのは、お方様の医術も理由のひとつ。仏道とは無縁であると示したからな。


 さらに久遠家は寺社がない本領で生きる者。寺社がなくても困らぬのだ。それを知らぬ者に限って騒ぎ立てるのだから愚かとしか言いようがあるまい。


 さて、わしはきのこと猪肉の汁を頂くか。


「ああ、美味い」


 思わず声が出てしまうほど、きのこの味が強く汁に出ており、肉の味と合わさると強烈な一品となる。これは行儀よく食うものではないな。にぎり飯や焼いた魚やきのこなどと共に、豪快に食うほうが美味い。


 面倒なことなどすべて忘れて一心不乱に食うてしまうわ。


「寺社が蜂起したと聞き、少し案じておりましたが……」


 しばし時が過ぎると、斯波治部少輔が少し窺うように寺社の件に触れた。こちらの真意と内情を知りたいか。まあ、当然であろうな。


「案じるならば戻ってもいいわよ。落ち着いたら、またいらっしゃい。人質も不要よ」


 ふふふ、季代子様のお言葉に笑いそうになった。本心であろうが、左様な言い方をされて戻れるものではない。いずれでも構わぬと示すにはちょうど良いがな。


「左様なつもりはございませぬ。されど、いかがするのか興味はございまする」


「それもそうね。次の荷駄と一緒に治部少輔殿の家臣が同道するのを許しましょう。私たちの戦は見ないと分からないわ。ちょうどいいから見てくるといい」


 鉄砲もろくに見たことがない者に御家の戦を見せるか。戦う前から恐れおののいてしまうな。戦の根幹が違うのだ。


「それほど自信がおありだとは……」


「差配するのは楠木殿よ。正成公の末裔に相応しき者。さらに兵も物資も必要なだけ送るわ。鉄砲、焙烙玉、弩という日ノ本にはない武器もある。どこかに隙があるなら教えてほしいわね」


 浪岡や南部と南朝方が多いこの地では楠木の名は軽うない。織田家を軽んじる者も楠木殿は軽んじることはあるまい。


 もっとも将として任じたわけは、他でもない楠木殿の働きだ。武官大将として奥羽に来たが、お方様がたの意を汲んで上手く差配しておった。


 ここらで功を上げる機会を与えたいと話しておったところの騒ぎだ。相手が可哀想になるほどよ。




Side:とある上位の寺


「申し上げます! いくつかの寺が誘いに乗って強訴をすると動いた由!」


「たわけ! 止めさせよ! 動いたら破門じゃ!!」


 強訴じゃと。なにを勝手なことを! あれは入念に根回しをせねばならぬことじゃ! さらに落としどころを考えておかねば、いかになるか分からぬことぞ!!


「ああ、なんということだ……」


「三河、伊勢と大寺院が手も足も出ずに敗れた相手ぞ。なんのために我らが話し合いを続けておったと思うておるのだ」


 首謀者はまだ分からぬが、いずこかの末寺の者が謀りて、あえて斯波と話の出来ぬ小さな寺を集めて一斉に強訴をしようとしたか。


 愚かだ。あまりに愚かだ。


 そもそも奴らは、我らから寺領や利を奪ったわけではない。外から持ち込んだ己らの利をこちらには寄越さぬだけ。


 無論、余所者が勝手なことをすることは面白うないが、さすがに条件も付けず寄越せというのはあり得ぬわ。


「申し上げます! 八戸根城では寺社の者は出入りを禁じられており、目通りどころか弁明の書状も受け取ってもらえませぬ」


 集まりし学僧らの顔色がさらに青ざめた。三戸殿からも、くれぐれも軽はずみなことをするなと言われておったというのに。


「……戦に備えるか?」


「ならぬ! おかしな動きはするな!!」


 噂に聞く金色砲を恐れたのであろう。ひとりの僧が決してやってはならぬことを口にした。


 それをすれば、我らの謀と思われても文句が言えぬようになる。


「将は誰だ? 久遠内匠頭の妻か?」


「いや、楠木だ」


「主立った者を出して止めよ! 従わぬ時は我らが先んじて討つしかない。ただし、斯波方の将の命には背くな!」


 楠木とはまた厄介な将を出したものだ。南部諸家も楠木ならば従おう。


 ともかく動かねばならぬ。末寺はこちらで始末するしかあるまい。それを許すかどうかは楠木次第か。人となりは分からぬが、寺社相手に将を務めるということは正成公に恥じぬ男であろう。とても末寺の愚か者如きに勝てる相手ではない。


「早うしろ! 奥羽から寺社が根絶やしにされるぞ!!」


 誰も成し得なんだ蝦夷を制して、瞬く間に奥羽を制した者を何故軽んじる。


 女とはいえ、斯波武衛様の名を使うことを許された者が力で引くと思うたのか? 


 三戸殿にも取り成しを頼まねばならぬ。此度ばかりは謝罪だけでは済まぬな。



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