第1858話・秋の諸々
Side:優子
日本海航路の商いはすでに終わっている。あとは冬に備えて、北方領を中心にウチの船がやってくるくらいだわ。
いつの時代も突き詰めると商業は政治や戦争と大差ない。この時代では権威をちらつかせた脅迫や脅しなんて日常茶飯事なのよね。
特に蝦夷の産物は値段がおかしいとしか思えないほど買い叩かれていたこともあり、適正価格での販売に段階的に上げる通達をしたことが影響している。
相手がどこの船でも関係ない。こちらの法と値段を守らない者には商い禁止にして追放、悪質なのは極刑にして首を晒しているわ。
こちらは商いをしなくても困らない。文句があるなら来るな。それを徹底している。
「へぇ。やってくれるわね。いいわよ相手になってあげましょう」
私のほうはさほど困っていないけど、季代子は相変わらず大変そう。今さっき入った知らせに笑みを見せつつ怒りが見えている。
こちらに不満を抱える一部の寺社が連携しつつ人を集めて、こちらに大挙して押し寄せ訴えようとしていると知らせが届いた。
強訴の真似事かしらね。この時代では減ったけど、過去にはあったこと。誰かが知恵を出したのでしょうけど。
「楠木殿、兵の支度を。私は力に訴える相手には力で応える。一切の譲歩も許さない。討ち取りなさい」
「ははっ!」
大きな寺社は内部で不満や対立などあるものの、この地域ではそこまで寺社が大規模な蜂起をした前例もなく今のところ動いていない。
ただ、堪えられないのは小さな寺社ね。もともと基盤も弱く経済的にも余裕がない。上位の寺社からは現状維持だと命じるだけで助けを寄越さないことから、格差で寺の者や寺領の領民が不満を抱えて抑えられなくなったってところね。
いつの時代もこういうのがあるのよねぇ。ただ、神仏の名を騙れば許されると思ってもいるんでしょうけど。逆効果なのよね。私たちの場合。
集まったのは旧南部領の寺社ね。坊主が僧兵や民を動員して八戸を目指す。途中で他の寺と合流することで数を揃えればなんとかなると思っていると。
「優子、該当する寺へは商い禁止とするわ。支度をして」
「分かった」
話を聞く前に処分も決めるとは。季代子は決断が早いとはいえ、相手に少し同情するわね。
ただ、私が動く前に数人の南部一族が慌ただしく出ていった。当人や家臣が縁ある寺、血縁ある者を入れている寺もあるのでしょうね。連座で罰を受けるかどうか明言しなかったことで慌てて動いたようね。
高水寺の斯波が臣従するって時に、甘い顔が出来ないのに。困った人たちねぇ。
Side:織田信秀
また伊賀から嘆願が届いたか。すでに家中には苛立つ者さえおる。伊賀者のもたらす知らせは確かに有用だ。されど、厚遇や配慮をするほどの者かと言われると否と言わざるを得まい。
人を育てることこそ久遠の得意とするところ。すでに忍び衆は自前で十分になりつつあるのだ。
あとは、かの者らを重用しておった一馬次第だと家中では見ておったが、当の一馬もまた厚遇や配慮をする気がないことで一気に流れが決まった。
伊賀者とは、仕事として頼み報酬を払うことで終いだと割り切っておる。働きには満足しておるようだが、かの者らの地位や所領を安堵してやるほどの価値はないと見るか。
もとより地位や権威、血筋などで動く者を重用せぬからな。わしからすると当然なのだが、未だにそれを知らぬ者が多いということか。
「親父、いかがする気だ?」
「さて、いかがするか。守護様は伊賀守護をあまり望んでおらぬ。さらにこちらにたいした利もない。六角と北畠が困っておる故、なんとかせねばならぬが」
家中の外のことは外務、守護様の役目となるが、伊賀の国人や土豪風情ではこちらに回ってくる。倅の三郎も忙しい最中に伊賀の件が鬱陶しくなっておるようだな。
守護である伊賀仁木家。ここがもう少し使えるのならば、そこを立てて治めることも出来なくはないが。その器ではないらしい。六角と北畠を疎んでおるとの知らせもあり、一族をまとめることも出来ておらぬ。
「そもそもだ。今の時世で守護をないがしろにするような者らを厚遇とは笑わせる。八郎や出雲守のようにすべてを捨てて尾張に参れば考えてもよいが」
「それは無理であろう。比べるまでもない」
甲賀にとって、もっとも運が良かったのは忠義の八郎がいたこと。尾張におる甲賀衆がそう噂しておると聞いたことがある。
尾張においても近江においても甲賀衆の地位を上げたのは、紛れもないあの男だ。伊賀には忠義の八郎がおらぬ。それが今になって響いておる。
「そういえば伊豆はいかがなっておる? 北条は確と働いておるか?」
困ったことにわしは西ばかり見ておられぬ。古河公方と会うたことで分かったが、関東勢は大人しゅう格差を受け入れることはあるまい。そうなると東が一気に怪しくなる。
越後の上杉と長尾。古河公方と関東勢。信濃はウルザとヒルザがおれば後手には回るまいが。駿河や甲斐と、その向こうにおる北条がいかになるかなのだ。
「ああ、織田農園の銭で荒れ地の復旧と
「そうか」
三郎の報告に少し考える。一馬は何故か北条を信じて変える気だ。今の織田にとってそれはなにより大きい。北条がそれに従うのならば、わしも腹を据えて守ってやることを考えねばならぬ。
織田は伊豆諸島を治めており、関東に属する身でもある。兵を出す名分もまったくないわけではないからな。いささかこじつけであるが。
まあ、一馬らが戦にならぬように手を打つと思うが、覚悟を持ち、戦になった際のことは考えておかねばならぬ。
「親父、関東といえば越後の長尾が北条と五分に争っておるがいかが見る?」
ふと三郎が問うた男について思い出す。
「相応の者であろうな。北条とは争うが、一方でこちらに配慮をしておる。上野あたりで争うだけならばこちらが動かぬと悟っておろう。ただ……」
長尾景虎か。一馬が顔を見てみたいと言うた男のひとりだ。確かに守護代としては有能な男だろう。
「ただ?」
「いかに政が上手く戦に強くてもそれだけだ。人を変え、それぞれに合う働き場を用意しておる織田と比べる相手ではない」
十年前ならば恐れたかもしれぬな。戦に強いということは、それだけでなによりも優れておるように見えた。
かつて会うた時も才ある者と見えたのはあの男だけだ。近習や同行しておった家臣らは並みの者。
あれではいかに励んだとて、越後と近隣一帯を従えることが限界であろう。関東を束ねるのも無理だな。
知恵や武勇、用兵でなんでも解決して進めるならば、とっくに織田が守護様の下で日ノ本を束ねておるわ。一馬たちを見ておればそれが分かる。
それだけのことよ。
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