第1857話。初秋の領内
Side:久遠一馬
七月にはオレたちがこの時代にやってきて十年を迎えており、今は十一年目に入っている。
今でも時々、元の世界やギャラクシー・オブ・プラネットの仮想空間はどうなったんだろうと思うことはあるけど、すでに過去の事実として受け止めている。
十年ひと昔なんて言葉が頭に浮かぶ。まさにその通りなんだなと思う。この十年は長かったようで短くもあった。尾張に来たのも割と最近のような感覚がある。
そんな尾張では武芸大会の支度も進んでいる。今年はなんといっても第十回だ。この時代だと特に十年という年を意識しないらしく記念大会とかないけどね。
積み重ねた年月は確実に結果となっており、根付いている。
「かれちゃった」
「とまとない」
庭の畑では夏野菜がそろそろ終わりだ。世話と収穫をしようと子供たちと朝の散歩前に畑に来たものの、夏野菜の茎や葉は多くが枯れており子供たちは少し悲しそうだ。
「また来年、植えような。これからまた収穫出来るものを植えよう」
種を植えて育てる。成長して収穫する。どれも待ち遠しいほど楽しいものだが、こうして終わりはやってくる。子供たちひとりひとりときちんと向き合い、生きる意味を教えていこうと思う。
「うえるの?」
「うん、大根とか植えような」
収穫が終わった作物に感謝をしつつ片付けて、秋から冬に掛けて収穫出来る作物を植えていく。
こういう日々の積み重ねが、きっと子供たちの思い出として残り、兄弟や仲間たちと生きていけるようになるはずだ。
庭の畑とロボ一家の散歩を終えて朝ご飯を食べると、少し休憩して仕事だ。
今日はオレが清洲城に登城して仕事をする日なので、清洲城の城内にある執務室で定期報告などの書状に目を通す。
仕事自体は奉行本人か代理となる人がいると困らないので、現在オレが登城して仕事をするのは月の半分ほどだ。
各部署との調整は基本的に配下の人たちが調整しつつ、最後に上の者が決断をするので清洲城においては横の繋がりは活発になっている。
「そうですね。徐々に人を戻しつつ様子をみましょうか」
今日、最初の調整は飛騨の白山噴火に関する復旧だった。忍び衆、残っていた寺社、罪人部隊を使って街道維持をしている警備兵などの報告から、被害が少ない地域を中心に来年の作付けが出来るように復旧させる必要があると報告にある。
火山はこのまま収束すると思われるが、もし再噴火したらという想定も一応しておく必要があるんだ。ただし、土地を見捨てないと示すことも必要であり、可能な場所から復旧を始める。
まあ、飛騨。豊かとはいえないけど、木材資源は長期的な視野を以って保護生産していく場所だ。短期での利益をあまり求めないでいいのは楽でもある。
「内匠頭殿、甲斐における果樹の作付けだが……」
次の調整は勝家さんだ。甲斐における農業関連の作付けと試験栽培の報告がある。
ぶどうと桃などを幾つか栽培させているが、現状は可もなく不可もなくかな。収穫が出来るまで年月がかかるし。
困った報告としては、盗まれそうになった苗木があるんだそうだ。織田が新しいものを持ち込んで植えたのを見た者が、盗んで余所に売ろうとしたと。
「止めたほうがよいのではあるまいか?」
ぶどうと桃もウチが苗木を持ち込んだんだよね。そこまで時代を逸脱した品種じゃないものの、この時代だと日ノ本にない原木を少し持ち込んでいる。それが盗まれそうになったことで少し騒ぎになっている。
勝家さんも甲斐を信頼出来ないようで、試験栽培を信濃へ移す案も考えてきてくれた。別に信濃もそこまで信頼があるわけではないけど、ウルザたちがいてウチの子飼いに等しい信濃望月家がいる分、まだマシだという認識なんだ。
「警備兵と武田家で守った以上、もう少し様子を見ましょう」
作付けを増やしているのは、すでにある在来種を中心にしているからいいけど。それすら盗まれたという報告があるからなぁ。
甲斐で新しいことを始めるのは時期尚早だというのは事実だろう。ただ、開発が遅れれば遅れるだけあの地が重荷になる。
甲斐に関しては、史実に武田信玄が行なったと言われる街道整備や治水を中心に計画を策定していて、街道整備はすでに進んでいる。状況がそこまで悪くないんだけど、風土病があることと東国一の卑怯者と言われた国だということでどうしても目立つ。
それと甲斐と言えば飛騨で労働刑となっている穴山と小山田の男たち。彼らの評価は悪くない。他の罪人と比べると失礼になるだろうが、むしろ現地の評価はいい。
一部では頃合いをみて赦免して取り立ててはという意見すらあるほどだ。武田家の面目もあるから簡単な話ではないけど。
これには甲斐の末端がわりと酷いという事情も絡む。寺社、土豪、領民。どれも好戦的で隙あらば奪うということが今でもある。そんな実情が上まで上がってくると、両家に対する同情論が出ているんだよね。
尾張を中心に近隣だと、正直、そこまで常時飢えていたわけじゃない。確かに飢える者もいるし貧しい地域もある。ただし、地域内の弱者が飢えたりする程度で、国として全体が常時飢えているに等しいというのとは明らかに違う。
領民単位で常に飢えと隣り合わせで、奪って生きるということが骨身にしみこんでいる地域との違いに驚いている人さえいる。
政治の不安定もあるんだろう。信虎さん、晴信さんと二代にわたり守護を追放しようとした土地柄の問題も燻っている。
甲斐の問題は代官が正式に決まっていないこともある。検地と人口調査すら完全には終わっていないことと、誓紙破りの武田を戻して大丈夫かという懸念も消えたわけではない。
同じく謀叛の懸念があった今川は、義元さんが自ら領内の反織田を潰したことで一定の信頼を得たけど。武田はまだそこまでの信頼を得ることが出来ていない。
これは晴信さん個人の信頼とは別の意味もある。甲斐源氏である武田一族が今後も同じく従うのかという疑念が大きい。
晴信さんに中央で役職を与えて、甲斐の代官は別の人にという案も密かに検討されているくらいだ。
ちょうど信濃は小笠原長時さんを礼法指南として中央におくことで、ウルザが代官を務めているからね。あれ、小笠原家で信濃をまとめられないから苦肉の策だったんだけど。
今になるといい先例になっている。
正直、ここまでいろいろと史実と変わるとオレたちもこれがいいと言い切れる策がない場合もある。そういう意味では皆さんと相談しつつ試行錯誤をしているんだよね。
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