第1856話・近江の変革・その二
Side:久遠一馬
近江では御所に関連する賦役が始まった。土地の造成や街道整備などはあまり物資が必要なわけではないので、先行して始めたほうがいいからね。
ただ、街道に関しては東山道と東海道にて整備を始めたが、観音寺城より東側のみの整備であり、西側は今のところ計画もない。現在でもそれなりに整備されていて、平地なので特に不便がないということもあるが。
とはいえ、これで義輝さんと六角家が西より東を重視するという明確な方針が誰の目にも明らかとなる。影響は慎重に見極めないと駄目だろう。
ちなみに嘆願はいろいろとある。以前も話した八風街道と千種街道の他にも、近淡海の水運利用のための湊整備とか、驚いたのは水路を新たに引くなんてのもあった。織田が新矢作川の整備をしたと知るところからで、近淡海に繋がる美濃方面からの水路を新設という話だ。
これ一概に却下出来るものではないし、自分たちの利益利権の拡大を狙ったものから、純粋に地域や天下国家のために考えたものもあって、検討はしている。
あとは天下普請の先例に則って物資や資金を献上する勢力もあり、そんな情報は観音寺城の幕臣から尾張にも毎日のように届くことから、こちらでもそんな勢力への対応や扱いを検討するなど、あまり目に見えない仕事が多い。
そもそも斯波と織田と誼を結ぶきっかけがほしい勢力は割と多い。尊氏公二百回忌や天下普請をきっかけにこちらにも挨拶を寄越しており、三国同盟が主導する天下普請に積極的に協力することで商いをしたい、またはほしい品物があるなんて本音がある。
史実のような南蛮貿易はこの世界ではまずありえないからね。稀に船が来ることはあっても、日ノ本近海で商いが成立するような勢力はいないし。宣教師なんて東南アジア辺りからも消えつつあるくらいだ。
かつて貴重な品や利を求めて博多や畿内に諸国が注目したように、今はそれが尾張になりつつある。
利益分配。オレたちはこれを真面目に考える段階に入っている。
「なるほどね。比叡山はやはり少し物資を多く回すか」
ああ、報告には幕臣からの助言もある。対象となる勢力との関係や過去の因縁、今後の展望など、こちらからそういう助言がほしいと求めているので一緒に書状が届く。
先に動いたのは比叡山延暦寺だった。程度の違いはあるだろうが、慣例的に御所造営への資金提供を決め協力も申し出ているそうだ。
「先にあった八風街道と千草街道の件も繋がっていると思います。本願寺に傾いている織田を少し引き寄せたいのかと」
エルの見立ては本願寺との勢力争いが背景にあるってことか。元から勢いがあることもあって、畿内だと独り勝ちに近いしなぁ。
「賦役の件も気付かれておるのでは? 末寺が騒ぐ前に動かねば無量寿院の二の舞いとなりまする」
「だろうね。それもあると思う」
望月さんの言うこともこの件に絡む。
寺社、基本的に領内で独立しているんだよね。法も立場もまったく違う。六角も無条件で寺領の領民に利を与える気はなく、対象外としたんだけど。末端からすると貧富の差が出ると関係ないと騒ぐはずだ。
どこまで騒ぎになるか未知数なところもあるので、今すぐに同じ権利を寄越せと言わないものの、初めから協力する形を作ると万が一の時に上手くまとめることも出来る。
お金や人を出し渋って、自分たちを高く売ろうとしないところが凄い。そんな勢力が畿内だと未だにあるし。
ああ、寺社だと興福寺と本願寺も早々に協力をする姿勢だ。本願寺は尾張との関係が深いし、興福寺は織田が藤原氏を称していることで繋がりがあり、柳生家を通して商いもあるので、当然だろう。
そもそも現時点で消極的なところはあっても、敵対するように無視しているのは若狭の細川晴元くらいだけど。
Side:足利義輝
菊丸として尾張に行く前に仕事を片付けねばならぬが、御所の件があってなかなか終わらぬ。
「強き将軍がおれば世は相応に治まるか」
先人の治世が必ずしも間違っておらぬということが分かったな。されど……。
「それもひとつの道でしょうね」
少し困っておると、観音寺城麓におった春たちが来てくれた。尾張に行けるようにと仕事を助けてくれておるのだ。
「だがな、このまま続くまい?」
「分からないわ。古き形のままでも太平の世は訪れるかもしれない。道がないとは思わないわね」
余人がおらぬことで、尾張におる如く話が出来る。これは与一郎が気を利かせてくれたものだ。
「であったな。そなたたちは無形、あらゆる先を模索する」
「まあ、なにかしらの手を打たないと、遠からず荒れるのは間違いないのも事実だけど。先人と同じことをして、これから良くなるなんてのは理屈に合わないわ」
なにを変えるか。政とは難しきことよ。
「そういえば、かつてあった六波羅探題に類するものが要ると進言があったな。戻らぬ以上はそれも考えねばな」
御所造営が始まり、京の都をいかにするか。奉行衆も考えておるようだがな。今のところは三好と伊勢らがなんとか治めておる。
とはいえ、これも先々を思うと手を打たねばならぬ一件だ。
「もうちょっと時期を見たほうがいいわね。室町第の修繕と並行したほうがいいかも。あまり追い詰めると敵が増えるだけになるわ」
敵となる者ならば、さっさと討てばいいのではとも思うが。やはり久遠の者はそれを好まぬか。
「その前に上様の奉公衆、これの再建も考える時期なのよね。かつてのような規模でなくてもいい。御所と詰め城に配置する兵は最低限自前で揃えるべきですよ」
少し悩んでおると、夏が違う件を口にした。
奉公衆か。これまた久しく聞かぬものを持ち出したものよ。
「あまりやり過ぎて、オレの意思で動けなくなるのは困るのだが?」
「俸禄での再建がいいでしょう。数もそこまで多くなくて十分。それでも上様の御身を確と守り、体裁として見える将兵はもう少し必要となりますよ」
皮肉か。辞めようとすればするほど将軍の権威が上がる。武衛ではないが、オレの意思で動けぬほど強くなると困る。
ただ、夏も左様なことは承知のことか。
「心配しなくても上様が意思を貫かれようとするならば、私たち久遠が必ず守るわ」
ふふふ、春の一言がなにより心強い。
口から出ただけの言葉など、他の者であれば聞き流して終わるというのに。
「終わらせるにも相応の力が要りますわ。さもなくば、後に響くほど因縁を生んで血を流すか。それよりはいいはずです」
「ああ、そなたの言うとおりだな。南北朝のような因縁は残せぬ」
夏の申す通りだな。オレには終わらせるだけの力も未だにないのだ。
「さて、急がねば武芸大会まで間に合わぬな」
今は目の前の仕事を片付けるか。まずはそこからだ。
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