第1855話・近江の変革

新作短編書きました。

カクヨム様、短編企画参加中です。

お題は『こじつけ』

良かったらどうぞ。





Side:春


 私と夏と秋と冬の四人は、織田家文官と武官と共に観音寺城麓にある屋敷を借り受けて滞在している。


 伊勢亀山にて北畠と六角に助言をしていたけど、御所関連のこともあり、今後は伊勢亀山と観音寺城と尾張を行き来することになりそう。


 こちらではすでに一帯の測量と並行して、盛り土などの土地造成が先行して始まっており、それらへの助言などをしているわ。


「よう分からぬと思うておったものが、聞けば道理に思える。この歳で学ぶことも面白うございますな」


 この件で六角から派遣されているのがこの人、目賀田次郎左衛門尉忠朝殿。六角六宿老のひとりであり、六角家において城と所領を献上した第一号。


 現地の元領主ということもあって、尾張式の賦役による差配を含めて学ぶために私たちに付けられた。まあ、俸禄となったことで、新しいことを学ばせることを褒美に出来るのでちょうどよかったんでしょうね。


「道理自体もところによって変わるけどね。己の道理が他者の道理とは限らないわ」


 今回の賦役はちょっと面倒というか複雑になるわ。織田農園に絡んだ六角家の賦役ではなく、上様の下命による天下普請となることが原因よ。


 ただし、従来のように資金や物資の提供を求めてはいない。これ、上様ご自身が不遇だった頃に助けなかった者たちを一切信じていないことと、資金も物資もこちらで用意出来てしまうことが理由ね。


 諸勢力の助けがなくても困らないと示すことで、上様の発言権は今後も高まることになるでしょう。


 もっとも慣例的に幕臣が知らせる形で伝えていて、あとは諸勢力が自発的に動くかどうかを試した形でもある。率先して協力しない勢力は、今後さらに関係が悪化することになると思うわ。


 さらに実際に工事をする者たちも、現状で形式がふたつある。ひとつは旧来の税としての賦役で、ひとつは尾張式の公共事業というべき賦役。


 六角家直轄領と六宿老など、領地整理と関所削減などに積極的に取り組んでいる者たちの領地は尾張式の賦役に領民が参加することを許し、それ以外の臣従をしている者たちには税として従来の形で賦役を命じている。


 これ混乱と騒動の元だから事前に懸念も伝えたんだけどね。そもそも尾張式の賦役自体がこの時代だと格差を生むので騒動の元になるから。六角家は変わることに本腰を入れ、従わない者を武力を以って制する覚悟を決めたということになる。


 私たちは主に尾張式の賦役に関する助言をするためにここにいるわ。


「されど、すでに不満を口にしておる者がおりまするな」


 目賀田殿は宿老だけあって、六角家の情報に精通しているわ。すべて明かしているわけでないようだけど、細々とした情報を教えてくれる。


 尾張式の賦役に加われなかった六角家臣が早くも不満を持っている。事前に分かっていたことだけど、人というのはどこまでも身勝手よね。


 自分たちの利権と領地には手を出すなというのに、六角家の新しい試みに参加出来ないと不満だと騒ぐ。


「権利には義務があるわ。新しい権利がほしいなら今とは違う義務を受け入れる必要がある。それを理解しないで気に入らないと言うならば、蜂起でもすればいいと思うわ」


 この手のことで騒ぐ者は、自分は下の者を力で従え一方的な道理を押し付けるというのに、上には従わず己の理屈と権利だけを求める。勝手だと思うわ。己がしたことが返ってきているだけだというのに。


「されど、上様の御所で蜂起されると六角家の面目が……」


「話し合いを求める者には話し合いで。力での解決を求める者には力で。必要とあらば、私が管領代殿の代わりに一気に蹴散らしてご覧に入れるわ」


 懸念する顔をしていた目賀田殿が、私の言葉に息を飲んで黙った。蒲生殿と比べると、少し状況判断が甘いわね。まだ国人気質が抜けていない。


 まあ、そっちはいい。どうせ大したことが出来ない者が大半なのだから。


 いずれにせよ、六角家は今後少し荒れることになる。所領に拘る者には新しい権利が与えられず置いていかれることになるのだから。


 寺社もまたこの件では六角家に臣従をしているところ以外は放置であり、特に尾張式の賦役に領民を出すことは認めない。


 近隣に今までにない格差が出る。これは揉めるでしょうね。そもそも寺社は武士とは違う神仏の権威で生きていて、守護使不入などもあり別の国と言ってもいいくらいに独立している。そんな寺社の領民にも新しい権利は与えられない。


 自分たちが劣ると知った寺社と、古き形に拘ると新たな利が得られない武士と領民。彼らはどう動くのかしら?


 これも一種の戦なのよね。生き残るための。




Side:目賀田忠朝


 蹴散らす。その言葉に背筋が寒うなった。珍しきことではない。武家の女ならばそのくらい言うこともあろう。


 されど、この者がその気になればすぐに成してしまうと思うと恐ろしゅうなる。


 織田の地では所領を持つことは最早出来ぬと聞き及ぶ。場合によっては今まで同じく所領を認めるものの、一切の助けがなくあらゆる品物の値も上がる。さらに義務と税はかつてと変わらぬままなのだ。それでは生きていけぬからな。


 六角家でも、所領を放棄することに異議がある者は今まで通りでよい。御屋形様が穏やかな顔でそう皆に言うたことで安堵した者が多くおった。


 ただ、その後に命じられた賦役の形がまるで違うことで、戸惑い怒る者が大勢おったのだ。


 所領を手放す前提で話をしておる者の民には、尾張流賦役に加わることを認める。これはわしのような宿老も例外ではなく、我らの一族や配下の土豪などにも徹底するようにと下命があった。


 片や今まで通りで所領を望む者には税としての賦役を課した。これも一切おかしなことではないものの、武士も民も負担がまるで違う。


 同じ家中でこうも差を付けると怒る心情も分かるのだが、同時に今までにない利をなんの見返りもなく与えぬという理屈も間違いではないのだ。


 それに近江ではまだ知らぬ者が多いが、尾張では勝手をする家臣や事あるごとに同盟や独立しておる立場だと主張する者は、あっさりと捨てられるという。


 食えるだけの職をあてがわれたらまだいいほうで、中には誰も引き取り手がなく帰農するしかない者もおったとか。


 御屋形様はそれを知ってか、各々が領地を治める形を本気で廃するおつもりだ。もう半端な家臣や国人は要らぬとさえ思っておろう。


 恐ろしいことになったと心底思うが、我ら宿老でさえ、元を正せば六角家の家臣でなかった者ばかりだ。切り捨てることに躊躇しなくても驚かぬ。


 もう、国人が互いに力を合わせて守護を抑えるようなことは出来ぬ世になった。


 これがいいのか悪いのか。わしには分からぬがな。




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