第1854話・夏の終わりに久遠邸での評定
カクヨム様、短編企画参加中です。
お題は『アンラッキー7』
良かったらどうぞ。
Side:久遠一馬
義輝さんと慶寿院さんが近江に戻った。二か月ほど滞在したけど、負担は思った以上に少なかったな。
ふたりは尾張各地を見て歩くなどあったものの、過剰な接待や宴は不要と公式に言及があったことで気が楽だったことが大きいだろう。無論、御幸などと比較して劣ると思われると困るので相応の歓迎はしてあるけど。
義輝さんには尾張訪問をあまり仰々しくしたくないとの意向もあり、最低限の護衛で行き来を出来るのが理想らしい。京の都から少数で逃げ出したのだから、今更、不要な体裁を整えなくていいとぶっちゃけていたけど。
病だという形は今も続けている。尾張でも静養と称して休んだことにして、菊丸さんとして動いていたこともあるくらいだ。
ただまあ、死に直結する病でないことは、そろそろ気付いている人も多いだろう。京の都に戻って政務をという声が今も相応にあるのは変わらない。
公卿公家から寺社に至るまで、代々続く形をあまり変えたくない人は今も大多数いるんだ。
そんな話が大きくならず表に出てこないのは、義輝さんの権威が増したことと、後ろ盾となっている六角と北畠と斯波。三家が結束しているからでもある。
「これまた難題だよね」
そんな義輝さんは武芸大会前に尾張に戻ってくるだろうが、個別に相談があった案件があってエルたちと資清さんたちと評定で話し合っている。
「考え方としては悪くないわ。今ならそういう方針を打ち出せるもの」
メルティは総論で賛成か。実は義輝さんから幕臣の俸禄化が出来るか検討してほしいと頼まれたんだ。
幕臣、いわゆる奉行衆や側近衆など義輝さんに直接仕える者たちのことだ。彼らの中にはすでに領地がなく俸禄の者もいるが、当人に領地がなくても公卿や武士や寺社のひも付きだったりする。
領地ある者も京の都周辺とか畿内が領地なんだよねぇ。
「八郎殿、どう思う?」
「六角家と北畠家が動いたことで頃合いと思うたのでございましょう。悪うありませぬが、今ある領地をいかがするのかと言われると……」
そうなんだよなぁ。先代の頃から争いと流浪で離れた人も多い。また朽木のように領地があればこそ助けることが出来た者たちもいる。一律で俸禄というのは時期尚早だと思う。
「伊賀の件もございますれば……」
少し会話が途絶えると、これに絡む懸念を口にしたのは望月さんだ。
伊賀、これも大筋で反対する勢力はいない。いや、出来ないというべきか。末端になればなるほど、織田やウチの仕事で生きている人が増える。中には彼らの上層部よりこちらへの報告を優先する人までいるくらいだ。
ただ、領地を持ちそれなりの力のある者は、尾張からの収入を得つつ現状維持が理想なんだろう。
それと伊賀者の待遇がいいことから、臣従するにしても自分たちをもっと厚遇してくれるんではと欲を出しているところも多い。
「そもそもあそこ、誰が治めるのかということがね」
伊賀、割と難航しているのは伊賀一国の守護を誰にするかということもある。仁木家はそもそも分裂気味であり、現守護は伊賀仁木家であるものの、一族ですら従っていない。
幕臣であり六角家から養子に入った仁木義政さんは、どちらかというと伊勢仁木家の系統であり、六角が従える伊賀の一部では影響力があるものの全体をまとめられるほどでもない。
現状の伊賀は大雑把にいうと、六角と北畠と伊賀仁木家が三分割するような勢力なんだ。その三勢力ともにまとめるだけの力がなく、もっと言うと六角と北畠は伊賀守護としてあの国を治めることに難色を示している。
具教さんなんて、ウチに来て非公式で雑談した時には、要らないとはっきり言ったほどだ。いきなり切り捨てられないものの、家中の改革をしている最中にあの独立心の強い地域を統治改革していくのは無理だとまで言われた。
六角もオブラートに包んだ説明をするものの、本音は同じようだしね。
結局、義統さんが守護としてこっちで面倒見るしかないんだけど、伊賀仁木家は名門であり守護という形を捨てるかはっきりしない。そこまで腹を割って話せてないということもある。
伊賀、実は国を捨てた人が特に多い地域だ。
土地に拘るのは土地を持っている人だけになる。土地を離れても生きていける世の中になると、相応に捨てる人が増える。特に貧しい者や土地があっても次男三男などになると残っても先がない。
織田領には伊賀からそんな人たちの移住組も多いんだ。
ただ、あそこを斯波と織田で抑えるメリットがほとんどない。隣は畿内として知られる大和だし。
そこにごねる人が相応にいたことで、義統さんと織田家では早くも嫌気が差している。
そもそも伊賀者を厚遇しているのはオレだしね。オレへの配慮と資清さんたちの働きから甲賀衆を軽く見る者は尾張では少ないものの、基本として素破を見下す価値観が消えたわけじゃない。
織田家と久遠家の忍び衆は主従となるので味方として見てくれているが、伊賀者って現状だとやっぱり余所者でしかないんだ。
伊賀者を丁重に扱っているのは、あくまでも信秀さんの方針とオレへの配慮でしかなく、余所者の中でも伊賀者だけを信じているなんて状況ではない。
まあ、伊賀仁木家、仁木義政さん、六角、北畠、皆さん、伊賀をなんとかしてほしいという総論は一致しているけどね。
尾張からすると関係ないというのが本音だ。
「伊賀と甲賀は昔から付き合いがありましてな。伊賀者とすると甲賀者と同じとは言わずとも、それに近い扱いがほしいのが本音かと」
望月さんの表情は渋い。
「それはあり得ますまい。甲賀衆の地位は八郎殿と出雲守殿らが自らの功で成し得たもの。尾張者の皆がそう思うております。同じ扱いなどすると、甲賀者ばかりか尾張者も納得致しませぬ」
日頃、あまりウチの評定や会議で発言しない河尻さんが、珍しく強めの口調で話に加わった。与力という立場から常に一歩引いているんだけど。
思わず言わずにはいられなかったという感じか。オレの甘さを知っているからね。そこで妥協は駄目だと事前に諫めるべく口を開いてくれたんだと思う。
「左様でございますな。某も同意見でございます」
同じ尾張出身の太田さんまで河尻さんの意見を肯定するのか。伊賀の国人や土豪がいかに現実を見ていないかが分かるな。
「殿、これ下手すると伊賀で内乱となるのでは……」
「うん、それも懸念しているよ」
しばしの沈黙の中、これまた珍しいことに金さんが口を開いた。この場のみんなが懸念していることのひとつなんだけど、金さんもちゃんとそこに気付いていた。
伊賀では末端を中心に織田やウチへの信頼が大きい。下手に上がごねると下が暴発しかねないんだ。
だからこそ、非公式にこっそりと根回しと相談をしているんだけど。
難題なんだよねぇ。
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