第1851話・晩夏となって
Side:久遠一馬
「そうか。久々の朗報だなぁ」
飛騨と加賀の国境近くにある白山の噴火が小康状態になりつつあり、このまま治まるかもしれないと報告が届いた。
シルバーンの分析でも史実の文献と同じく火山はこのまま治まるとあるので、今後は復興に向けた検討がいる。
ただ、これからが大変なんだよね。田畑は火山灰の影響で数年放置しているところがそれなりにある。一旦捨てた田畑の復旧は大変な労力と費用が掛かるんだ。
北伊勢土一揆の際に捕らえた罪人などで街道維持はしているものの、もともとそこまで生産性がある土地でもないからどうするのかは悩むところだろう。
噴火被災地の主要国人である内ヶ島とかは美濃で働いている。すでに領地は織田領となっているので彼らが戻ることはないかもしれない。
まあ、飛騨は木材資源の保護と開発をしていかないといけない土地だ。効率ばかりを求めて先人が血のにじむような苦労をして開拓した土地を捨てるというのは、将来に苦労を残すことにもなりかねない。
少なくとも街道を維持して、そこから発展させる形はすぐにでも計画するべきだ。
「白山の噴火から三年ほどですか。尾張、美濃を筆頭に領内はだいぶ変わりましたね。無理せず復興出来ますよ」
エルの言うとおりだ。各種賦役と農業改革などもあり、美濃は全体として国力が上がっている。元領民が来年の春には一部から戻れるようにしたい。
飛騨と北美濃など噴火の影響があった地域の復興を考えるように担当各位にお願いしよう。ウチでも素案を検討するけどね。
「殿、伊賀のほうでございますが……」
一方、面倒な報告もある。産休から復帰した千代女さんが困った顔をしているのは、伊賀の報告書だ。
一言でいうと総論で賛成だが、細々とごねている状況らしい。そもそも守護家である仁木家も一枚岩ではないし、国人以下の武士たちも独立心の強い地域だからね。
自分たちを高く評価して、厚遇するなら考えるといった様子のところもあるらしい。
「勘違いしているようだね。別にオレたち要らないんだけど」
伊賀者、よく働いてくれる。ただし、あくまでも仕事だ。こちらとしてはそれ以上の縁もないし、必要以上に厚遇するメリットはあまりない。
仁木とか六角とか北畠の面目を考えて要らないとは言えないし、味方にして変えていこうと一致はしているものの、だれが負担してどう治めるかはまだ調整中だ。
なんか甲賀衆を味方にする時にウチが動いて食えない人を一部受け入れたことで、同じようになると期待している人もいるみたい。
当然ながら、そんな話をしたことはない。中には滝川や望月のようにオレが召し抱えるなら降ると言っている人もいるとか。ないない。そんな条件を付けるところを受け入れるなんてありえない。
資清さんや望月さんが臣従した時に同じように来てくれたら、それは同じ待遇だったかもしれないけどね。
はっきり言うと、織田家で一番教育体制が整っているのはウチなんだ。人材にそこまで困っているわけではないし、後から来て厚遇しろとか普通にあり得ない。
「攻め滅ぼすことがない故、いささか甘く見ておるのでございましょう」
多少の縁がある望月さんが申し訳なさげにしているけど、交渉材料としてまずは吹っ掛けるというのはいいと思う。これもそれの可能性が高い。
ただし、少し図に乗っていると思えるのは困るんだよなぁ。
Side:ヒルザ
尾張のセルフィーユから文が届いた。脚気に関する対策を始めるので、こちらでも玄米を推奨してほしいというものだ。
無論、信濃の庶民は白米なんてまず食べられない。懸念は武士だ。織田に臣従をして具合が悪くなったなどとなれば、厄介になるものね。
「ほう、かような病があるとは……」
文の内容を医師団に教えるものの、一際反応があったのは永田徳本殿だ。十六文先生などと呼ばれている地元の医師。現時点でも普及しても困らない程度の基礎的な知識を学んでいる段階だけど、頭角を現しつつあるわ。
「こちらの試しで玄米以外でも蕎麦や麦や大豆がいいとあるのよ。白米ばっかり食べないと大丈夫なはずなんだけど……」
信濃領は農業改革を始めたところでは米の収量が増えている。ただ、尾張ほど徹底しておらず、今のところ信頼のおけるところで試験栽培という形にしているわ。結果としてそこまで米の増産は出来ていないものの、蕎麦、麦、大豆は耕作地を増やせたところもあり増産が見込まれる。
尾張や美濃でお馴染みとなりつつあるウチが持ち込んだ品種も生育は悪くない。領民はもとより雑穀中心だから脚気の心配なんてないけど、武士はそれなりに暮らしが変わった者もいるから注意喚起がいるわね。
「もっと野菜を植えないと駄目ね」
いろいろ試験栽培をして成果が出ている。ただ、余所に横流ししない土地で栽培するというのが織田家の方針であり、一気に広められないのがもどかしい。
司令と私たちは作物が領外に漏れてもいいと考えるものの、織田家全体としては絶対に漏らすなというのが大勢を占めている。隣国が敵だという価値観は強いままなのよね。
そもそも同じ織田領の隣国である甲斐では、未だに領地を手放さない者と現地の武田家家臣が対立関係になりつつあり、困っていると文官衆がこちらに相談に来ることもある。
放置するのが既定路線だと説明しても手柄を求めて勝手に動くし、従わないのに利だけは求めてくることや、小競り合いをすることに何事だと怒って潰そうとする人もいる。
あとは信濃と甲斐の関係が険悪なこともあるわね。武田家と小笠原家は表向きとして和解しており、今川を交えて血縁を結ぶことで支度が進んでいる。ただ、下に行けば行くほどそんなの関係ないと恨んだままでいるわ。
もっとも同じ信濃衆でも、元武田方とそうでない者には溝がある。現状で上手くいっているのはウルザと私と佐々殿が抑えているだけ。将来的に私たちがこの地を離れることになっても、小笠原家を信濃代官にすることは難しいでしょうね。
そうそう、史実の野沢菜。この世界では信濃菜という仮称で呼んでいるけど、高原野菜のひとつとして試験栽培をしていて今年は作付面積を増やすわ。
信濃菜漬けにして尾張に大々的に売れるはず。
やはり目に見える成果がいるのよね。この地でも変われるという。
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