第1850話・多様化する社会

Side:久遠一馬


 セルフィーユから食生活の新しい提言があった。


 ああ、セルフィーユは中堅の医療型アンドロイドで、当初は薬学を学んでもらおうと予定していた。本人の意思とか紆余曲折あり今の栄養学とかそっちが専門になったけど。


 身長はほどほどで、引っ込むところは引っ込みつつ、出るところは少し肉感ある体型にしたんだけど、当人が気にしているみたいで、今にして思うと申し訳ないなと顔を合わせるたびに思い出す。


「白米を消費する割合かぁ」


 ウチでは今でも朝は玄米にしているものの、それウチと関係が深い人くらいしか真似していないしねぇ。そもそも食生活の質はウチが圧倒的にいいので、あまり参考にされても困るという事情もある。


 白米に関して、史実の江戸時代で普及したのは一日の炊飯を朝一回で済ませる形にしたことと、踏臼ふみうすなどの普及により精米技術が進歩したのが理由だったか。


 まあ、味もいいしね。食べ物に困らなくなると、より食べやすくて美味しいものを求めるのは生き物の本質だろう。


 ちなみに尾張では主に水車動力を利用した大量精米が可能になり、商人が精米した白米を売る店が増えているくらいだ。


 コストが下がったことで値段もそこまで上がっておらず、玄米と比較して食べる人が増えるのは仕方ないことだと思う。


「玄米食を推奨すること、肉や卵を食べること。それが無理でも、せめて一汁二菜にしてもらわないと脚気になるわ」


 うーん。推奨はいい。紙芝居やかわら版でやればいいだけだから。ただ、すぐに効果が出ないこともあるんだ。


「脚気とは、なんと恐ろしい病でございまするか」


 セルフィーユの報告には脚気の症状なども大まかにある。資清さんたちはそれを見て少し顔色が悪い。


 この時代も薬食いという概念があり、薬として肉などを食べることがあるので、玄米を食べることで病が防げるというのは一定の理解があるようだ。


 ちなみにセルフィーユ。ウチの家臣や忍び衆などの食生活指導に熱心だ。誰が呼んだか、『食師の方』と呼ばれることもある。食の師のようだという由来らしいが。


 ウチの家臣とか忍び衆。もともと裕福でない人が多いから、禄とか増やしても食生活が変わらない人が多かったんだ。


 改善策として食材をウチで配ったり、末端の人たちに食事をまとめて作って配るなどいろいろやっているからね。あれもウチからの福利厚生と経費削減などの他に、セルフィーユ主導の食生活改善が理由にあった。


 あと水軍衆が船上で考えて用意した食料をケチってお土産にしたことも、一番怒ったのは彼女だったからなぁ。


「実際に脚気の患者、すでにいるのよ。白米ばっかり食べたりして」


 史実のように軍で大量の脚気患者なんていうのは避けられるだろう。ただ、甲斐信濃では未だに織田に臣従を拒むところでは飢えている人がいる。そんな時代に脚気対策か。


 いろんなものを食べる人はいいけど、割と同じものばかり食べる人も相応にいるからなぁ。格差や諸懸案も多様化をし始めているな。


「分かった。こっちからも根回ししておくよ」


 医療奉行であるケティからの献策として上申することになるだろうが、早めに根回ししたほうが良さそうだ。おかしな誤解が生まれて久遠病なんて言われたくない。


 生活習慣とか食生活の改善は根気がいるからな。早めがいいだろう。




Side:かおり


 子供たちは日々成長して大きくなっています。


「はーは……、あ~う!」


 我が子、武昌丸も数えで二歳となり、他の子たちと一緒に毎日楽しげです。


「あまり皆を困らせては駄目ですよ」


「まかせて!」


 よちよちと私の仕事場まで歩いてきた武昌丸には、希美が付いていてくれました。会いたくなったようですね。しばし仕事の手を休めてふたりを抱き上げてやります。


 希美はエルに似たのか面倒見がいい子です。ただ、やはりお姉さん扱いをし過ぎると寂しそうにします。まだまだ甘えたい頃なのでしょう。


 ふたりが子供たちの部屋に戻ると、仕事を再開します。現在の私の仕事は取り立てて難しいことではありません。あちこちから届く報告書や相談の書状の中で財政関連の助言を求める者などに対して助言を返書することです。


 以前は白醤油の技術指導などもしましたが、織田家の拡大によりこの手の助言を求める書状が多いことが理由です。


「あら~、駄目じゃないの。随分と無駄が多いわ~」


 今日は、少し前に交代で島から尾張に来た琉璃が手伝ってくれています。かつては一緒に庶務の仕事をしていた子で、明るく活発そうなスタイルの割におっとり口調のギャップがあるのは相変わらずですね。


「冠婚葬祭は仕方ないけど……」


 体裁、面目、見栄。上を見たらきりがないと思うのは私だけしょうか? あとは働かせればいいというのに、未だに不要なまでに家臣や下人を抱えて役目もないのに遊ばせている人もいる。


 順応しているところは部屋住みの次男や三男ですら警備兵や武官として働かせているところがあるのに、活躍されるのも嫌だし勝手に動かれるのも嫌だという理由から特に仕事もないのに外に出さない家もある。


 そこまでなら私たちが関わる必要がないのですが、家臣を減らして一族がそれぞれに働いている者と肩を並べるように贅沢な暮らしが出来ないという不満や、同じように暮らして借金が増えて厳しいからと助言を求めるところが結構多い。


 一族一門、家の形が過渡期に差し掛かっていて固まっていないことが原因でしょうけど。


「琉璃、もうちょっと穏便に助言したほうが……」


「厳しく教えたほうが当人のためになるわ~」


 一言でいうなら、お金がほしいなら働くか支出を見直して下さいと言うだけになる。ところが瑠璃は、ひとつひとつダメ出しを箇条書きに書いて修正案を明確にするように返書を書いていた。


「そうなんだけど……」


 司令たちの働きかけもあって、商い関連はだいぶ良くなった。相手を見て言い値で商いをして、値段交渉をしない武士ならばと暴利を得ることも尾張ではなくなりつつある。


 駿河や甲斐などではまだまだそういうところもあるらしいけど。


 ただ、肝心の武士のほうが収入と支出というものをきちんと考えていないところが未だにある。小身しょうしん等の下級武士だと特にね。


 美濃、三河、伊勢あたりでも、借金が増えてしまい貸し手を脅すなどした者が大殿の怒りを買い処罰されることがたまにある。


 徳政令は出さないと明言しているのに、未だに期待する声すらある。代々続けている金銭感覚はそう簡単に変わらないということでしょうね。


 まあ、大殿は適応出来ない人は俸禄召し上げして庶民に落としてしまえばいいとお考えなので、このままでもいいのかもしれないけど。


 時が必要な問題だから。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る