第1849話・昨日より今日

KAC2023 ~カクヨム・アニバーサリー・チャンピオンシップ 2023~

参加短編。書きました。

お題は『深夜の散歩で起きた出来事』

良かったらどうぞ。




Side:武田晴信


 甲斐を出て初めて分かるな。己が他国からいかに見られておったかを。功を欲するあまり下命を無視して一揆の扇動とは。


 無論、一揆を認めることなどない。一揆を起こした者らは捕らえられ罰を受けることになる。所領は土豪の血縁ある者が継ぐべきだということで、然るべき者らに話を持ち掛けたが、名乗りを上げる者はおらぬ。当然のことであろうがな。


 土豪一家は皆殺しにされ、仕えていた者も僅かに逃げ延びたもののみなのだ。さらに所領は継げるが、領内の民は粗方罪人として捕らえられて村の維持すら困難なほど。


 こちらに臣従した者以外は、あらゆる違いで苦しんでおるのは皆同じ。ここで継げるような者など残っておるまい。


 残るは扇動した者だが、警備兵の詮議によりわしの家臣だとすぐに露見した。元よりわしに反抗的な小領の国人一族の者だ。


 主立った者を尾張まで召し出し、今目の前におるが……。己の功を認められると思うておる顔だな。


「打ち首だ。そなたの一族郎党は日ノ本からの追放と処す」


 顔をみたこともない男だ。変わりゆく世で、親兄弟に押さえつけられておった己の力を過信して愚かな謀をした。それだけの男か。


「……お待ちくだされ! 御家のため斯波のため、某は意に添わぬ者を始末しただけ。お叱りを受けるくらいは覚悟致しておりますが、功をお認めいただけず罪人のように扱うはあまりに非道というものでございます!!」


 ああ、わしは舐められておるのだな。この期に及んでかような放言を許すくらいに。


 甲斐源氏として守護と領国を守れないばかりか、戦も放棄して降った愚か者には相応しき扱いか。


 もう顔も見たくない。


「お待ちください! わしは御家のため!!」


 わしが立ち上がるとようやく事態を察したのか、顔色が変わる。


「要らぬ。下命も守らぬ家臣などいらぬのだ。文官と武官の命を聞かぬこともあったそうだな? なにがあろうとそなたの死罪は変わらぬ」


 そのまま場を離れたあとも、あの男の怒声が背後から聞こえるが許すことは出来ぬ。織田の法を守る限り、家臣らの扱いはわしが決めるべきこと。


 先に臣従しておる者らが、要らぬ家臣を切り捨てておる理由がよう分かる。


 苛立つ。都合がよい時だけ忠義やら御家やらと、左様な放言をしつつ勝手なことばかりする家臣など要らぬ。一族郎党根切りにしたいほどよ。


 武士として信義もあり正道を歩む尾張者が羨ましゅうて仕方ないわ。


 今川も愚か者を処分した。わしも遠慮はせぬぞ。下命と分国法を守らぬ者に慈悲はない。




Side:セルフィーユ


 病院には、各地の城や学校や病院などの施設での献立なども報告がされている。尾張に来た時にはそれの確認をしているんだけど。


「白米の献立が増えているわね」


 やはりこういうところは史実と同じ方向性になるか。私たちの影響で尾張を中心に食生活が変わりつつある。いい面もあるし、柔らかく味もいい白米が求められるのは当然なのでしょうね。


 今のところ脚気の懸念はまだない。野菜などの普及を初期からしていたこともある。ただ、まだ白米を主流にするのは時期尚早。


「南蛮米だと赤米と違って美味しいから。どうしてもね」


 苦笑いを浮かべるマドカから尾張にいない間の様子を教えてもらうけど、やはりこのままだと駄目ね。


「玄米推奨がいるわ。ただでさえ栄養価が足りてないのに……」


 上級武士やそれに準ずる食生活を出来る者たちはいい。問題は下級武士のようにおかずの品数が少なく、米を多く食べることで生きている人が未だ主流だということ。


 それでも米糠の味噌を使った汁などを飲んでいるならいい。ところが経済と流通の発達で尾張だと米や麦や豆の味噌が下級武士クラスでも買えるようになっている。


 糠漬けもエルが教えているので相応に食べられているけど。普及途中ということもあり、足りないわね。


「それもねぇ。病は穢れとか祟りとか迷信でなるって信じている人も相応にいるから。なかなかねぇ」


 渋い表情をするマドカの言いたいことも理解している。でもこのままでは駄目なのよね。


 ただ、ここ数年は良くなったこともある。野菜や山菜の摂取量は増えているし、卵も消費が定着しつつある。武士の屋敷には鳥小屋があり卵を食べられる環境も整いつつあるし、清洲や那古野のような町には近隣の農村から卵が売られている。


 司令の地位があがったことで、私たちの食文化の地位も上がった。鶏卵も普及しつつあるし、この時代は史実の江戸時代ほど厳格に禁じていないこともあって、肉食も普及しつつあるわ。


 にわとりなんかは時を知らせる鳥としてあまり食用にしていなかったけど、鶏卵の普及に際して成長した雄鶏や廃鶏は必然的に食べる環境になっている。


 提言として出しておくしかないか。私は各地に散ったアンドロイド各体とバイオロイドの体調管理もある。尾張にずっと滞在しているわけにもいかないし。




Side:足利義輝


 母上は相も変わらずか。未だ戸惑うておるというのが本音であろうな。異を唱えることもないが、進んで変わろうとしておるようにも見えぬ。


「この国は公卿とは対極にございます。五百年前と変わらぬ世を望む公卿と、変えることを望む尾張。慶寿院様が戸惑うのも無理はないことでございましょう」


 清洲城で武衛、弾正、管領代、北畠の大御所と茶を飲みつつ少し愚痴ってしもうたが、さすがは北畠卿というところか。見事な見方だ。確かに母上が理解して進むには今しばらく時がいるな。


「であるか。どうも余は急いてしまうようでな。師やエルにまた叱られる」


 余人がおらぬことでつい口も軽くなる。武衛らも控え目にしつつ笑うておるわ。


「して上様、いかがでございましょうか」


「余は構わぬ。そなたらで進めよ。北畠は縁戚となる。ちょうどよいかもしれぬ」


 今日は北畠の大御所がご機嫌伺いと称して参ったので茶を飲んでおるだけだが、観音寺城に出向き京の都から下向しておる地下家の者らが勝手をせぬようにと釘を刺したいと進言があったのだ。


 こればかりは一馬らには向かぬ役目だな。それに中央の政にまで一馬らに労をかけるわけにはいかぬ。


 それと、懸念だった母上が異を唱えぬと言われたことで、北畠の養女を室として迎えることが表立って動き出した。


 かつて北朝と南朝として争うた両家が婚姻で繋がるという事実は、ここ尾張でも重く騒ぎになっておるほど。


「はっ、ありがとうございまする」


「そろそろ南北朝で争った因縁は終わらせねばならぬ。あれも次の世に持っていけぬもの。此度の北畠との縁は果てしなく重いものだ」


 南朝方は不遇な思いをしておる者も多かろう。足利が将軍職を退くまでに出来る限り解きほぐしておかねばならぬ。


「偶然とはいえ、世の流れとは面白きものでございますな。ここにおられる北畠と上様と我らを繋いだのは塚原殿。あの御仁は政を知らぬ身というのに、世を動かしてしまいました」


「確かに」


 武衛の言葉に思わず皆が笑い出した。


 これは一馬たちが狙って動いたのではないのだ。諸国を旅する師が繋いだ縁。師は今でも武芸者としての立場を崩さぬが、新たな世をつくるきっかけとなっておるのだ。


 坊主ならば天が味方したと言うのであろうな。一馬ならば世をつくるのは人であると言うか。


 いずれにしろ、最後の将軍としてやることはまだまだある。




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