第1839話・花火の見せたもの
Side:足利晴氏
花火か。聞けば尾張では九年も前から花火を見せておるという。天下が尾張を中心に回り始めるわけだ。
あれを見れば、寺社すら敵わぬと民草でさえ分かる。幾つか愚かな寺が蜂起して完敗したこともそれを後押しし、この国は変わった。左様なことに今まで気付かなんだ己の愚かさに腹が立つわ。
「左京大夫。わしはいずこに戻るのだ?」
今年の花火も終わり、上様も直に近江へとお戻りとなるとか。わしも関東に戻ることになる。されど、いずれにせよ古河には戻れまい。
此度の上洛は上様が望まれたこともあり氏康めも否とは言わなんだと思うが、戻ればまた幽閉ではないのか?
「古河にお戻り頂いて構いませぬ」
今更、この男の機嫌を窺ってまで古河に戻る気もなかったが、まさか……。なにを企んでおるのだ?
「ほう、珍しきこともあるものだ」
「いずれにせよ頃合いでございました。それに、某はもう関東を平らげるなど考えておりませぬ」
思いもよらぬ言葉に側近らが驚くのが分かる。謀か、偽りか。左様に疑っておろう。それも否とは言えぬな。されど、もしやまことにその気なのではという疑念もある。
「そなたら少し下がれ。左京大夫と余人を交えず話したい」
邪魔だな。信が置けぬわけでもないが、氏康の真意を問うのは邪魔だわ。まさかの人払いに近習らは驚きや不満を見せつつ、氏康の前で異を唱える気もないようで渋々下がる。
「左京大夫。そなた斯波と織田と戦う気があるのか?」
「ございませぬ。義理も道理も勝ち目もない戦で、家を脅かすなど出来ませぬ」
ほう、素直に即答するとは思わなんだ。これはわしの見立て通りだ。こやつは関東を売り渡すことになっても織田と戦わぬとみえるのだ。
「左京大夫。わしは近江に行きたい。上様の下でお仕え致す。取り計らってくれぬか?」
氏康が初めて見せる驚きの顔をした。
奇しくもふたりの倅は北条と上杉と相対する立場となった。いずれが優位になろうが家は残るであろう。ただ、気になるのは関東ではない。西なのだ。
上様と三国同盟、この者らがなにを考えいかに動くか。なによりこの十年余りで世は大きく変わった。関東に戻れば、また左様なものが見えぬままの日々に戻ってしまう。
あまり考えたくはないが、関東と織田が争い、北条も上杉も敗れることもあり得ぬと言えぬようになってしもうた。
関東公方として家を残さねばならぬ。されば、わしが自ら関東を出ねばならぬのだ。
「わしはそなたと幾度か争うた。故に分かることもある。最早、斯波と織田を前に今までと同じとはいくまい? そなたが倅を粗末に扱わぬ間は、わしも北条を潰さんとせぬ。それでいかがだ?」
「その旨、誓紙に交わしていただけるならば……一切承知致しまする」
「共に家を残すため。それならばよい」
「ははっ!」
これでよい。思うところがないとは言わぬが、こやつと争うておる時ではない。譲位もあり御幸もあった。尾張では所領がなくなり、武士も坊主も俸禄で暮らしておるという。
このまま斯波と織田の勢いが止まらねば、関東公方は愚か者に担がれて敵となり責を負わされかねぬ。
かつて守護が京の都で政をしておった頃のように、上様の下におらねば世の流れからおいていかれてしまう。
わしは、関東から連れ出した氏康めに感謝せねばならぬ日が来るやもしれぬのだ。
Side:久遠一馬
今年の花火が終わった。反省すべきこと、新たな問題点。いろいろとあっただろう。来年に向けて一から検討をしていく。
ここ数年増えているのは、花火をウチが独占していることに対する不満だ。表立って騒ぐところはほぼないが、一部の者は不満を隠す気があまりないみたいで、そんな話が伝わってくる。
京の都や寺社が多いだろうか。だいたいは尾張や斯波家を見下している連中だ。お節介にもそんな相手に融通したらどうだと言いにくる人すらいる。ウチだと資清さんたちが応対していて、清洲城に行ってくれと言って終わりだけど。
遠回しに寄進や品物を融通しろというところは今もあるからね。その一環であり、基本的には相手にしていない。
そもそもオレは仏教徒だと言った覚えは一度もない。否定もしていないので勝手に勘違いをして自分たちが上だと思っているようだけど。宗教関係だと、寺社奉行の千秋さんと堀田さんは察しているみたいだけどね。
仏教徒以前に寺社と神仏は別物だと言ったことから、寺社を信じていないと思われているし。
「まあ、察しが悪い人はどこにでもいるからね」
報告はそんなところから、尾張でおかしなことをして捕らえられた人たちのものもあった。
ここ最近だと、尾張を訪れる者は大まかにわけて二極化しつつある。尾張の法と体制を概ね理解して合わせて上手くやっている人と、知らなかったり知っても無視して自分の価値観をごり押ししたりして問題を起こす人だ。
別に珍しいことじゃない。元の世界だってこの時代だってあることだ。
「この献策も一理ありますからね」
なんとも言えない顔でエルが見ているのは、そんな領外の者に対する処罰の甘さを指摘する献策になる。
織田家だと個人が公共事業などへの投資をやっていることもあり、公儀の予算と使い道などをみんなが考えるようになったんだ。その結果、罪人にお金をかけるなんて無駄だという意見が一定数ある。平たく言うと、さっさと首を刎ねてしまえという献策が多い。
まあ、オレたちも人権とか更生なんて一言も言ってないから、当然の反応なんだけど。殺すより働かせたほうが利益になるよと言っているものの、管理の手間とか食わせる飯が無駄だと考えるのもこの時代だと当然だからなぁ。
今回の津島の花火では捕らえた罪人が牢に入りきらず、顔に麻袋をかけて花火が見えないように縛って野ざらしにしていたらしいし。
「警備兵もこれほどの愚か者を捕らえたとは、頼もしくなりましたな」
「そうだね。本当に頼もしくなったよ」
ああ、資清さんの言うとおりだ。罪人が増えたのは単純に花火見物に来る余所者が増えたことと、警備兵を中心とした治安維持の体制が成長したからでもあるんだよね。しかも今回はセレスが産休中だったので、代理である佐々殿を中心とした武士たちが見事にやってくれた。
すずとチェリーの広域隊も花火の時期に紛れて働く盗賊団をいくつか捕らえているし。警備兵の成長は本当に凄い。
当初は尾張者と余所者で警備兵も差別化していた時期があったけど、領地が広がり成果主義を推し進めたことで今ではあんまり変わらないくらいの体制になっている。
まあ、この成果には末端の寺社との協力体制とか、地域に密着した現実的な方策もあるんだけどね。
治安が良くなると人の価値観まで変わったなという印象だ。
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