第1836話・花火を待ちながら

Side:神戸利盛


 この地にこれほどの人がおるのは初めてではと思えるほど、十三湊は人で溢れておる。


 八戸での花火の噂が広まり、一度見てやろうと遥々遠方からも集まりておるのだ。


「由利十二頭。名代ではありまするが、すべて参ったようでございます」


 花火は久遠の者が打ち上げるが、諸事の支度はわしがしておる。そんな最中に入った知らせに少し思案する。


 由利十二頭、長きに渡りあの地で争うておる者らだが、お方様がたはあまり重きを置いておらぬ。元より久遠は国人や土豪を重用することを好まぬこともあるがな。


 此度も招くという形はとっておらぬ。正月に八戸に挨拶に出向いた時に、花火の話をして御家の力を見たくば来いと言うたまで。


 来ずともこちらは困らぬし、おかしなことをしたら攻めればいいだけ。もっとも海を制しておる以上、あの地を許さぬと荷を止めるだけで潰せる程度の相手。捨て置いてもよいのだがな。


「そうか、席だけは用意してやるか。お方様がたへの目通りは不要であろう」


 当主が来ればまた違ったが、名代では要らぬな。別に見物する席だけでよかろう。領内と近隣からも武士や坊主が多くの者が来ておる。当主や住持以外は、すべてまとめてしまってもよかろう。


 そもそも織田はこちらから臣従を請うことをしておらぬ。縁ある者が臣従を勧めるのは禁じておらぬが、あくまでも自ら臣従をさせねばならぬ。由利十二頭に関しては安東殿など、以前から関わりがある者が動いておるようだがな。


「無量寿院の件以降、坊主を見ても怪しげとしか見えませぬな」


「左様、いずこかの名のある家の姥捨て山であろう」


 尾張から来ておる文官と武官らは、この地でも寺社の勝手な様子に呆れ、寺社そのものへの信が無きに等しい者すらおる。


 ただ、相応の家柄の者ならば昔から知っておったことだ。まことの坊主など一握りしかおらぬ。故に、祈禱などを頼む際には然るべき高僧などに頼むのだからな。


 織田の恐ろしきところは、見えぬはずの実情を市井の民にまで教えておることか。


「勝手をした者はすべて捕らえてくれ。討ち取ってもよい。刃傷沙汰などもっての外だ」


 今日は津軽三郡以外からも多くの武官・警備兵が来ておる。差配するのも苦労するが、やることはあまり変わらぬ。いかなる理由があろうとも花火の場において勝手は許さぬ。


 斯波の御屋形様の名で上げる花火なのだ。誰にも文句は言わせぬ。それだけは厳命しておかねばならぬな。




Side:マリア


 花火。今日は一年で一番忙しい日になります。


「お方様、また押し買いをしようとした者が……」


「牢はもういっぱいでございます」


 同時に一年で一番治安が悪化する日。領民、尾張と近隣の織田領の者たちはそこまでしないけど、他国から来た者は相応に勝手をする者がいます。


「縄を打って邪魔にならないところに」


 関所では押し買い押し売りの禁止など、領内の掟を説明しているというのに、守らない者があまりにも多い。逃げられないようにきつく縛って明日まで野ざらしでいいでしょう。


 武士も坊主も商人も旅人も、みんな同じ扱いにしています。清洲の大殿は首を刎ねてもよいとすら言われますが、刎ねた後の始末をするのも大変なのでこの形になりました。


「まーま、まーま」


「武鈴丸。どうしたの? 今日はみんないるでしょう?」


 仕事を片付けていると武鈴丸が単身で私のところに来ました。いつもと違い、今日は子供たちが集まっているのに……。


「いっしょにあそぶ!」


 ああ、私のことを誘いに来てくれたのですね。


「武鈴丸様!」


「武鈴丸さま!」


 侍女たちもいるのにひとりで抜け出してここまで来るなんて。なかなかやりますね。心配して探す侍女たちの声がします。


「ここにいます」


「ああ、良かった」


「申し訳ございません!」


 ホッとしつつ頭を下げる侍女たちに、武鈴丸はなんでと言いたげな顔でキョトンとしていますね。


「まーまもあそぼ!」


「もう少し仕事があるので、みんなと遊んでいてください。花火は一緒に見られますから」


「ぶー」


 頬を膨らませて抗議しますが、こればっかりはどうしようも出来ません。多分、兄弟姉妹が揃って楽しいから私も一緒に遊ぼうと誘いに来たのでしょうが。


「さあ、参りましょう」


「お方様が紙芝居を見せてくださいますよ」


 武鈴丸はプンプンと怒りながらも侍女に抱かれていきます。ここ津島では子供が武鈴丸ひとりなので少し甘やかしてしまうのですよね。


 ただ、楽しそうでなによりです。




Side:久遠一馬


「ちーち! あのね、まーまこないの!」


 姿が見えない武鈴丸が戻ってきたけど、不満らしくオレに訴える。どうもマリアとテレサを探しに行ったみたいだね。


 もうすぐ三歳だからなぁ。行動範囲が広いんだ。


 みんなが集まったから一緒にいてほしいみたいだね。


「もうすぐ来るよ。一緒に待ってような」


「あ~!」


「きゃっきゃ」


 少し前に歩き始めて元気いっぱいの武護丸と武昌丸と一緒に遊んであげよう。ふたりとも満一歳を過ぎてから目が離せないくらい動くんだよな。


「これ、そっちは危ないぞ」


 ちなみに一緒に子守りしつつ花火を待っているのは宗滴さんだ。孤児院の子たちと一緒に津島に来ている。


 宗滴さんの体調は安定している。ただ、もう誰が見ても戦に出るのは無理だろうと分かるくらいには年老いている。


 公の席に出ることもまずないし、時折、義統さんや信秀さんに誘われて清洲の宴に出るくらいだ。


「子というものはよいものじゃの。わしもこの歳まで子がいかに育つか知らなんだ」


 客分なんだけどなぁ。今も孤児院では毎日子守りをしている。本人が楽しそうだし、こちらから止めるようなことじゃないから好きにさせているけど。


 なんというか、一流の人ってのは、なにをやらせても興味を持って取り入れるのかなと思わせるね。


「ふぎゃあぁ!」


「いかがした? ほれ、見せてみよ」


 孤児院の赤ちゃんが泣くとすぐに抱き上げてやる姿なんかは、どこにでもいるおじいちゃんと変わらない。あの赤ちゃんは、将来、自分が朝倉宗滴に世話をしてもらい育ったと知ったらどんな顔をするんだろうか?


 ただ、この人が尾張で幸せな余生を過ごすということは、斯波家と朝倉家にとってなにより大きなことなんだ。


 花火までもう少しだ。


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