第1835話・花火と親子

side:久遠一馬


 津島天王祭。熱田に続き花火が見られるということで、多くの人が集まっている。


 オレも昨日から津島の屋敷にいる。屋敷には子供たちや孤児院の子たち、それと家臣や忍び衆の子たちなんかもいて大賑わいだ。


 ただ、本来なら今回も義輝さんたちと宴をして見物する予定だったけど、予定が変わったことで子供たちと花火見物をすることにした。


「上様、大丈夫かな?」


 予定が変更になった理由は義輝さんにある。母親である慶寿院さんと余人を交えず花火を見たい。そんな要望があったんだ。


 信秀さんと信長さんの模擬戦を見たあとに、親と子としてもう少し話をするべきだと考えたようなんだよね。


 それもあって古河公方親子などもまだいるけど、今回はそれぞれで花火見物をしようということになった。


「話をしてみるしかありませんね。こればかりは話してみないことには……」


 エルもこればっかりは分からないか。


 義輝さん、近衛家との関係を考え直している最中だからなぁ。正直、慶寿院さんとの関係もそこまでいいわけではなく、オレの知る親子関係とは違うものだ。オレたちが来た頃の信長さんと土田御前に似ているだろうか?


 距離感がある。個人と個人で親と子という立場で会えないふたりだ。立場や実家やそれぞれに近習がいて、公私の区別もない。


 ただし勘違いしてはいけないのは、だからといって情がないわけでもないし、不仲というわけでもない。言い方を変えると親子喧嘩も出来ない身分ということだ。


 義輝さんはそんな母親とさしで話そうとしている。


「腹を割って話をして、喧嘩でも出来たらいいんだけどねぇ」


「それは無理というものネ」


 リンメイが産んだ武鈴丸とシンディが産んだ武尊丸を抱きかかえたジュリアが期待を込めて語るものの、リンメイは苦笑いを浮かべて首を横に振った。


 公私の区別という概念があまりないのが厳しいよなぁ。


「いざ、鬼ヶ島にいくのでござる!」


「皆の者付いて参るのです!!」


 他の子たちはすずとチェリーの紙芝居を見ている。今日は桃太郎かぁ。紙芝居も種類とか増えていろいろあるんだけどね。こういう分かりやすい物語は幼い子たちに人気だ。


 まあ、義輝さんのほうはオレが口を出す問題じゃないしね。おかげでこうして家族と花火見物を出来ることを感謝しよう。




Side:足利義輝


 勝幡城にてオレは母上と共におる。近習も誰もおらぬ。ふたりだけだ。


 ただ、母上はなにも言わずこの場におるのみ。相も変わらず正室の件がお気に召さぬらしいな。


 公卿というのは厄介なものだ。世の安寧よりも己の家のことしか考えぬ。母上もまた同じ。足利家に嫁いできて幾年月。未だに近衛家のことを中心に考えるとは、いかがなものか。


「それほど某のやることがお気に召されませぬか?」


 いかほど時が過ぎたであろうか。息が詰まるこの場に少々苛立ちを感じ始めた頃、こちらから声を掛けた。


「大樹、少しばかり驕っておるのではありませんか? 朝廷や公卿を軽んじて先などありませんよ」


 話をする気はあるか。少し安堵した。このまま黙って陰で勝手に動くならば京の都に戻さねばならぬと思うておったところだ。


「朝廷や公卿が足利を、某を守ってくれることはございませぬ。古くから朝廷はそうではありませぬか。時の力ある者が敗れれば見捨てる。父上が成せぬことを成すには同じ道では無理というもの」


 母上とて分かっておろう。父上がいかに苦しみの日々であったか見ておたはずだ。


「兄上と近衛はずっと大樹を守り続けたではありませぬか」


「無論、理解しておりまする。されど、それは近衛の利になるからでは?」


 知らぬということは、かようなことなのであろうな。己の見えるものしか知らず信じられぬ。オレも気を付けねばならぬ。


「殿下にはご納得いただけたこと。何故、母上がそこにこだわられる」


 そもそもこの件は殿下と話が付いたこと。必ずしも喜んではおられまいが、こちらの立場と心情を察して収めてくれたもの。母上が口を出すことではない。


「大樹、誰が力を持とうと管領のようになるだけ。何故、それが分からぬのです。武士とはかようなものです。故に、代々の将軍は力ある者を巧みに潰し治めた。それ以上のことが出来るのですか?」


 ああ、母上は未だに公家の女のままか。武士を軽んじ見下す。オレに言わせると権威にものを言わせ、武士を振り回し天下を乱す公家も同罪だと思うがな。近衛と九条の争いなど、いかに考えても道理などあるまい。


「それを言うならば、近衛とて同じでは? いずれを信じ、いずれを討つか。決めるのは征夷大将軍である某が決めること。無論、母上が近衛と繋ぐというならば、それはよいのです。ただ、新たな縁は要りませぬ」


 思えば、母上とこうして話すのは初めてのことだ。今日とて花火を見るという名目で余人を交えずと体裁と整えてやっと承諾したほど。母上にとって、己の身ひとつでなにかするなど考えられぬことなのだろう。


「それでもご納得いただけぬというならば、京の都に戻り誰ぞを担ぎ将軍宣下でも願い出るとよろしいかと」


「左様なことを言うておりませぬ!」


 思う通りにならぬと不満に持つ。甘やかしすぎだな。殿下ほど先が見えて世にも通じておるならば、まだよいのだ。ところが母上にはそれがない。


「某は忘れませぬ。あの小物管領により京の都を追われた日のことを。朝廷も公卿も誰もが見て見ぬふりをしておりました。武士とは己の力で生きていかねばならぬのです。誰のために生き、誰のために死ぬか。決めるのは己ただひとり。それだけはご理解いただきたい」


 上手くいかぬな。一馬や弾正のように。オレはその器でないということか?


 朝廷を軽んじる気はない。されど、太平の世の妨げになるというならば、オレが諫めて正してやらねばなるまい。たとえ近衛であってもな。


 そのまま静けさが戻りて時が過ぎた。そろそろ日が傾きつつある。蚊取り香が周囲に置かれ、その匂いに菊丸としての日々を思う。


 やはり、あの時、将軍職を退くべきであったのかもしれぬな。


 ただ……、こうして母上と腹を割って話せたことは良かったと思う。この先、いかになるか分からぬがな。



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