第1833話・初夏のこと・その二

Side:織田信長


 昼を過ぎた頃、義父殿が姿を見せたので少し話をする。特に模擬戦を見ていかに思ったか聞いてみたいのだ。


「面白うございましたぞ。親子で本気で競える。なんと素晴らしきことか。外よりも内にこそ見せるべきことかと」


 親父をよく知り、かつては争うた男だ。それ故にいかに思うかと問うたが、義父殿の言葉はオレが思うものとは違った。


「勝敗や内容ではなくか?」


「家督のこと、所領なき家の形、皆はまだまだ分からぬことが多くございます。家中では戦を封じられたことで嫡男が家督を継ぐことが増えておりまするが、次男や三男であっても己の力量で役目に就けることで、下の者が嫡男を超えてしまい、家中が拗れておるところもないわけではございませぬ。親子兄弟で競うことの出来る模擬戦は、かような者らによい薬となりましょう」


 義父殿の話にオレはまだまだ至らぬのだと思い知らされた。確かに家を継いだ嫡男より立身出世した者が出始めており、不仲だとの噂を聞くことはあったが。家督や家禄を継ぐのだ。あとは文句など言わせぬと思うて高を括っておったところがある。


「家督と家禄だけでは不満か。己の力量で立身出世することすら疎むとはな」


「それは各々で違うこと。されど、己の力で成せぬ者の多くが次にすることは、成した者を妬み恨むことでございまするぞ」


 愚かなと思うが、それを言うのは愚か者と同じと示すようなものか。分からぬ者にも分かるように教え導かねばならぬ。


「まあ、それは若殿がお気に止めずともよいこと。先ほども申しましたが、此度の模擬戦が役に立ちましょう。面目だの年長だの騒がず、親子、兄弟で競い、互いに腹を割って戦えばいいこと。命を懸けぬ模擬戦での」


「敗れれば余計に意固地にならぬか?」


「そこまで愚かなれば、本家、嫡男が没落して、分家なり弟らが新たな家として栄えるだけ。御家では文官も武官もありまする。己に合う役目すら見つけられぬ者は捨ておいてよいかと。ただ、親子兄弟で競い、教え導けるひとつの場として、模擬戦はよいと皆が思うはずでございます」


 家督と家か。難しきものだな。


 もともとかずが日ノ本でもっとも好まなんだのは、左様な武士の在り方と言っても過言ではない。親子兄弟で争い、家督だなんだと対立する。それをあやつは嫌がるからな。子を武士にはしないというのもそれが理由のひとつにあろう。


「某も倅らと模擬戦をやってみようかと思うておりまする。もう若くない。教えておきたいことは多くございましてな」


「義父殿……」


「大殿と若殿が本気で戦ったことで臣下の者も同じことをやれるようになる。此度はそれがなによりかと。懸念はまた生まれるもの、あとで考えても遅くないと思いまするな」


 もう少し内に目を向けるか。公卿だろうが古河公方だろうが、余所者はいかになろうと構わぬが、従った者らは変えてやりたい。オレが誰もが理解し変われるように示す必要もある。親父が隠居する前にそれを確とやっておくべきだな。




Side:季代子


 私たちは八戸湊の砂浜に来ている。海水浴をしにね。治安が尾張ほど良くないので周囲には数百の兵が護衛としているけど。


 私たちの他には尾張から来ている森三左衛門殿たちや、浪岡殿と南部殿も誘ったら来たわね。


「浜と海で遊ぶか。海の民らしいの」


 浪岡殿も水着を見て少し驚いているけど、異国の衣装だくらいに思ったようね。花火とかもあったし、私たちの暮らしにはこの時代の武士とは違うところもある。一々騒ぐことが減ったのは楽になったわ。


「本領はもっと暑いのよね。ただ、今日は一日のんびりするにはちょうどいいかも」


 見ていると面白いわね。尾張衆と蝦夷衆は海水浴を理解していて、のんびりと好きなことをしている。対して奥羽衆はどうしていいか分からず戸惑っているわ。


「あれ、由衣子。お弁当作ってきたんじゃないの?」


「焼きそばは今から作る」


 侍女や家中の者たちとなにやら支度しているから、なにをするのかと思えば……。イキイキしているわね。


「あー、私も手伝う」


 優子が焼きそばと聞いて目の色が変わった。そういえば最近食べてなかったわね。


 実は私たちの食事は由衣子が作ることが多い。彼女自身が料理をすることと食べることが好きなことと、現状では不特定多数への医療活動をほぼしていないので時間があることもあって。


 まあ、医療型の中でも無償診療に熱心な子とそうでない子がいる。由衣子はどちらかというと研究が好きなタイプなのよね。


「こうして海でのんびりするのはいいわ」


 知子も久々の海を楽しんでいるようね。


 奥羽においても、私たちは尾張と同じく定期的に休みを取っている。公私の区別とかもしていて、今日のように休む日は誰であれ取り次がないことにしているわ。


 それでも、こうして本当になにもしないで休める日は意外と多くないのよね。


「お方様、近隣の村の者が魚を献上に参っておりますが……」


「あら、気が利くわね。受け取っておいて。おって褒美を与えるわ」


 波や風の音、人々の楽しげな声を聞きつつウトウトしていると八戸の者たちから差し入れがあった。


「新鮮なお魚……、刺身と浜焼きにしよう」


 結構な量の魚を献上してくれたわね。すべて由衣子が調理するみたい。


 浜を封鎖して貸切ったことで、私たちがなにかやると聞きつけたんでしょうね。さっそく花火の成果かしら?


「これは……、なんという味だ!」


 昼時、熱々の焼きそばを頬張った南部殿が驚いた顔で声を上げた。


「尾張だと祭りとかで民でも食べられるのよねぇ。この地ではまだ難しいけど」


 ウスターソースは非売品だから、正確な焼きそばを作れるのはソースを使えるウチの関係者くらいだけど。塩味とか醤油ベースの味付けの焼きそばは尾張にはある。


 それと比べるわけではないけど、先日の花火の際の様子はやはり豊かとは言えないものだった。


「ああ、食べていいわよ。今日は休みだから。宴みたいなものよ。好きに飲んで遊んで食べていいわ」


 しまった。私が話をすると、みんなの箸が止まるんだったわ。悲しそうに箸を止める姿を見ると笑ってしまいそうになる。


「味の染みたイカと飯が、かような料理になるとはの。酒がよう合う」


 浪岡殿はイカ飯や大野煮を肴に澄み酒を飲んで楽しんでいる。海に入るならお酒を飲まないようにと注意したけど、立場上泳がないからと飲んでいるのよね。


「されど、珍しき品やかつては手に入らなんだ品がかように頂けるとは……」


「俸禄以外の利が大きすぎはしまいか?」


 他の南部諸将の皆も楽しんでいるようね。正直、私たちに対して心から忠義とかあると思えないし、私たちは私たちのやり方で従える。そもそも上の者を変えないと下の者が変わるなんて無理なのよね。


 お酒とか食べ物から変える。これほんと効率がいいと大半の人は気付かないのが面白いわ。


 

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