第1827話・親と子の模擬戦・その三

Side:久遠一馬


 連続三戦するということで、一戦が終わるごとに休憩を取る時間を設けている。双方ともに休憩をしつつ作戦を練る時間にもなる。


 観覧席でも一息つき、あちこちで今の試合について話をしている。


「エル、違ったのは小隊の差配かな?」


「ええ、そうだと思います」


 初戦は信秀さんの勝利だ。地力の差、いや、経験の差かな。兵の力量、士気、この辺りは両軍大差ないはずだ。


 明確に差が出たのはちょっとした駆け引き、前線における差配だろう。


 高度な情報通信網がない時代の戦争において、現場指揮官の差配は勝敗を左右する。大将が盤上の駒を動かすように兵を指揮出来ればいいのだろうが、そんなことこの時代では不可能でしかない。


 結果として数人の用兵が上手い者たちが流れを掴んだのか。この時代において戦上手な武士が重宝されるわけだね。


「やっぱり同じ条件だと勝敗を決めるのが難しいね」


 ジュリアの言う通りだろう。個人的には勝敗以前に戦争という行為そのものが、高リスクなので好きじゃないんだけどね。


 ただし、戦において他者より優位に立つということは誰でも考えることだ。みんな頭を悩ませて手を尽くしても、条件なんて変わるもんじゃない。だからこその乱世なんだ。


 ほんと他所の前にオレ自身が、もっと理解しないといけないことがたくさんあるのかもしれない。


「一馬、そなたならば次はいかがする?」


 ふとした義統さんの一言に周囲の視線が集まった。力を示せということか? この場には信秀さんがいないしなぁ。それはオレの役目なのかもしれない。


「鉄砲と金色砲を並べたいですね。同じ戦では確と勝つ見込みがありません」


「なるほど、それならば勝てるの」


 冗談っぽく、でも確実に勝つ織田の戦い方を答えると義統さんは面白そうに笑った。損得勘定が違うんだよね。今の織田だと人命さえあれば取り返しがつくから。


 ただ、さすがに答えになっていないので真面目な返事もしておくか。


「模擬戦での戦い方というならば、人の配置と戦術の変更でしょうか。今ので互いに相手の力量も得手不得手も見えたでしょうから。ただ、大殿ならばむしろ変えないほうがいいかもしれませんけど」


 勢い、流れ。そういうのも重要な要素だ。互いに手の内はもとから分かっているんだ。ただ、連携とか連帯は急造チームだから万全じゃない。


 こうして見ていると、元から信秀さんが有利な条件だったんだろうね。模擬戦に慣れているチームだったらまた違ったんだろうけど。


 信長さんはそれも理解していると思うが。




Side:織田信長


「若殿、申し訳ございませぬ」


 守りを抜かれた者たちが頭を下げたか。戦ならば失態もいいところであろうが、攻め手の加減が巧妙であったな。


「よい。戦の場数を踏んでおらぬオレでは、親父らにはまだ敵わぬと理解しておったことだ」


 兵法はオレも学んでおるが、そもそも今の織田の兵法は久遠流そのもの。各々が勝手に攻める戦とは違うのだ。


「若殿、こちらは久遠流に変えるべきでございまする。同じ戦をしては勝てませぬ」


 士気が少し落ちたかと思うておると、声を上げたのは佐々隼人正か。早くから警備兵に加わったことで、今はセレスの代わりに奉行代理をしておる。親父ほどとは言わぬが、かずらが来る前をよく知る男だ。


「確かにそれがようございますな。あれは戦上手相手に戦うような兵法」


 オレは答えぬ。周囲が思うままに考えを述べるのを待つ。これもかずらに学んだことだ。


「よし、布陣を変えるか」


「はっ!」


 いかにして士気を戻すかと思案しておったが、主立った者が自ら策と布陣を考えることで士気が戻った。


 ああ、かずらが教え説いたことがここでも生きるか。


 本来、戦とは戦う前に勝敗を決めるべく備え支度をするもの。もっともエルに言わせると、戦をすること自体が失政になるとも言うておったがな。


 ただ、左様なことを言えるのは戦を避けられる政が出来る者だけ。さらにエル自身も言うておったが、状況により戦をするという道を選ぶのも間違いではない。


 そう考えると、この模擬戦はさらに奥深いものになる。


 勝ちたい。面目など要らぬが、負けたままで終わるのだけは嫌なのだ。


 されどな。左様な欲が目を曇らせる。


 何故であろうか? かずらにはそういう欲目が見えぬ。常に落ち着き、先を考えて最善を尽くそうとする。


 オレに欠けておるものはいったいなんなのだ?




Side:織田信秀


「権六、見事であった」


「ははっ! 恐悦至極に存じます」


 膠着するかと思うた矢先であったな。権六が三郎方の者らを討ったことで出来た隙を周囲の者らが逃さなんだ。


 権六らしい思い切りの良さが出たな。奉行衆にしておくには惜しいのではとさえ思える。


 さて、次だが……。


「大殿、このまま試しませぬか? 若殿方は恐らく新しき戦に変えてくるはず。我らの力、いずこまで通じるのか試しとうございます」


 ふふふ、上様の御前で試すと言える者がおるとは。大学も変わったな。筆頭家老として不足ない男よ。


「そなたら、わしの面目は二の次か?」


「今更、左様なものを大殿が望まれぬことなど、皆も承知しておりまする。ならば試してみるまで。実のところ槍を合わせる戦があまりになく、武官らも困っております故」


「良かろう。存分にやるがいい」


 なんと頼もしき者らだ。思わず笑みを見せてしまう。


「雑兵がおらぬ故、いずこまで違いが出るか分かりませぬ。されど、かような場で本気でぶつかることもまた滅多にないこと」


「久遠の者らにばかり頼るわけにはいかぬ。今巴殿が珍しく困っておることでもあるからの」


 考えられるか? 泥にまみれ田畑を耕しておった者らなのだぞ。上様の御前で権威も面目も考えず、ただ、今と明日を見るとは。


 一馬、これが次の世をつくるということなのだな。わしやそなたがおらずとも、皆で悩み変えていくことを常とする。


 古き慣例を変えぬことを重んじる朝廷や公卿と合わぬわけだ。今、変えねば明日はない。皆がそう信じておるのだからな。


 ただ、勝敗は別ぞ。皆も手を抜くことなどせぬ。


 同じ条件ならば、まだ戦えるはずだ。


 わしは負ける気などないぞ。




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