第1820話・北の地の花火大会

Side:南部晴政


 八戸と近隣は各地から集まった人で溢れておる。織田の治める地となり、初めて人を集めるのが祭りだとはな。なにがあるのだと戸惑う者や、留守を狙い攻めるのかと疑心から来ておらぬ者もおる。


「祭りを見せるために飯を食わせるなど聞いたこともない」


「仕方あるまい。貧しき者たちはそのくらいせねば集まらぬ」


 夜空を制したと称えられる織田の花火。それをこの奥羽の地で見せるのだという。未だ京の都や畿内では一度も見せておらぬ代物で、その技は久遠の秘伝であるとか。


 わしですら、話半分でもいかになるのやらと恐ろしき限りなのだ。民に理解出来るはずもなく、飯を食わせるからと人を集めておる。


「良いのであろうか? おかしな噂になっておるぞ。思うておったものより劣るとなると、今後困ることになるまいか?」


「お方様には申し上げたが、それを承知で集めたのだ」


 戦で負けたのならば諦めも付く。されど、見世物で名を落としてはと案じる者は多い。ただ、森殿や織田の文官衆は、花火を見て驚かぬ者は神仏を見て驚かぬような者だとまで言うておられた。


 確かとした算段があるならばよいのだが、この地は長らく大乱などない故、西と違い新参者を疎むところもある。


 まあ、愚か者が増長したならば兵を挙げてしまえばよいのだが。金色砲や鉄砲のほうが遥かに人を従える力となろう。




 宴の席は根城の庭だ。お方様がたが姿を見せると皆が平伏した。


「雨が降らなくてよかったわね。さあ、好きなだけ飲んでいいわよ。ただし、花火を見る前に潰れるのは勘弁してちょうだい」


 ご機嫌はいいようだ。その言葉に織田の者らが笑うた。左様なことがあるのであろうか?


 酒と飯は美味い。別物のようだ。肉には薬として僅かに流れてくるような香辛料が惜しみなく使われており、蝦夷で栽培をしておるときく砂糖も使うておるとか。


 わしは尾張で食したものがあるのでまだ驚かずに済んでおるが、招きに応じてきておる寺社の者らなど、見知らぬ酒と料理に戸惑うておる者すら見られる。


 なにが起きるのだと、まるで戦の前のような張り詰めた顔をしておる者もおる。


「お方様、支度が整ったようでございます」


「始めてちょうだい」


 いよいよ花火とやらが始まるか。さて、いかほどのものか。


 皆が固唾を飲んで空を見上げた。


 上手くいくことを願う者、久遠など恐るるに足らずと思いたい者、思いは様々であろうがな。




「あれは……龍か?」


 雲ひとつない空に龍が昇ったように見えた。


 静かな場がさらに静まり返る。そんな気がした。


「ひっ!?」


 誰ぞの声が静かに響く中、夜空に……夜空に……。


「なるほど花が咲いたの」


 盃を落とす者、床几から落ちそうになる者までいる中、浪岡殿の面白げな声が耳に入ると、光の花が夜空に咲き誇り、あの日、わしが大敗を喫した時のような轟音が響き渡った。


 そう、夜空を制したと思わしめる花と音だ。


 これが……、花火か。




Side:斯波経詮


 なんだ……。いったいなんなのだ?


 震えておる者、念仏を唱える坊主までおる。左様な最中にもかかわらず、将である久遠の女衆と織田の者らは楽しげに空を見上げておる。


 いかにすれば、かような真似が出来るというのだ。己らほどの者がおらぬと豪語するような坊主どもが恐れおののいておるぞ。


「尾張を思い出しまするなぁ」


「この花火を見て世の広さを知り、我らもまた外を見たいと思うた」


「ああ、所領を守るのもいい。されど、あの恵比寿船で海を渡るのも悪うないと思えた」


 なんとよき顔をしておるのだ。まるで古き友に会うたような顔で花火を見上げておる。


 ふと気づくと盃を持つ手が震えておる。落ち着かせるように酒を飲む。


 わしが年寄りで良かった。若ければ要らぬ欲を出したのかもしれぬ。南部などなにする者ぞという気概で生きてきたのだ。


「治部少輔殿、花火はいかがかしら。いろいろあるけど、私たちの本領や尾張ではこの花火を見るために皆で励んでいるわ」


 季代子と申したか。斯波の代将を名乗るのを許された女に声を掛けられた。


「少し恐ろしくもあるが、よいものを見せて頂いた。この歳まで生きてきたが、心底真似出来ぬと思うたのは初めてかもしれぬ」


 穏やかな声だ。丁重に扱われておるが、なればこそこちらの態度は気を付けねばならぬ。虚勢は張れぬな。見抜かれる。故に本音を口にしても良いと思えた。


「変わろうと思えるのならば、誰でも真似出来ることよ。花火は人の知恵であり技なの」


 老い先短い年寄りに変われと言うのか? 変わらぬままあと数年生きられれば十分だというのに。


 困ったことに相手は本家の名代、斯波の名も使えぬ。


「興味があるのならば、尾張でも私たちのところにでも来られるといいわ。お教え出来ることと出来ないことがあるけど、斯波一門である治部少輔殿ならば歓迎するわ」


 主家に対する義理か? それとも諸将がおるこの場で配慮を示したかったのか。いずれであろうな。


 昨年の末には尾張に使者を出したが、本家にはわしを担ぐ必要などないことを教えられ、義理から商いで配慮をしてもそれ以上はないと言われた。


 蝦夷を制して海を制する久遠相手におかしなことをすれば、本家を怒らせるだけか。


「かたじけない。しばし考えたい」


 わしと家だけならばよいのじゃがの。明確な配慮があるのは斯波一門である当家だけ。稗貫と和賀には一切ない。今のところ冷遇もしておらぬが、僅かばかりの配慮で、必要なら戦に関わらぬ品ならば売ってもよいというくらい。


 南部を見据えた同盟故、南部が織田に降った以上は必要ないとも言えるが、ここで手切れとするとなにを言われるのやら。


 信があったわけでもないが、幾ばくかの配慮をしてやらねばわしばかりか亡き父上の名を汚すことになりかねぬ。


 共におる両家の使者は、いかな心境で花火を見ておるのであろうかの。すでに百を超える花火が上がっておるというのに終わる気配もない。


 にしても、仏の弾正忠か。面目を保つための戦もさせてくれぬとは厳しき仏よ。幾ばくかの小競り合いをして降せば喜ぶ者が多かろうに。




 ああ、また光が昇るの。


 なんと美しき闇夜を照らす花か。


 愚か者には、いささか眩し過ぎるのが玉に瑕じゃがの。



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