第1819話・花火大会

七巻、発売日決まりました。

詳しくは近況ノート近況をご覧ください。


Side:森可成


 領地の内外から集まった諸勢力をもてなして数日。己の血筋を誇り、代々土地に根付いておる意地を見せてやると、意気込む者らの顔が青くなっていくのは見ていて面白きものだ。


 無論、決して譲らぬと意固地になる者もおるが、こちらとしてはいずれでも構わぬ。


 我らから臣従しろと声を掛けることはない。これはこの地においても同じ。南部や浪岡などがそれぞれの縁を以って動くのは構わぬが、御家としては家臣に欲することすらない。


 守護様も大殿も奥羽の事情など興味すら持たれておらぬ。わしはお方様がたの命に従い奥羽を平定し、お方様がたを守りぬくことこそ主命なのだ。


 慌てておるのは寺社か。大小様々あるが、等しく扱う。このことには怒って来ておらぬ者もそれなりにいる。また、寺社や寺領に対して品物の値を上げたのを不満として、呪詛を掛けておるところもあるとさえ聞く。


 当たり前のように配慮をせねば不満を露わとして従わぬと脅す。それなりの寺になると戦になるのを恐れて大人しくしておるが、半端に土地と力を持つ細々とした寺などは、後先考えず騒いでおるところもそれなりにある。


「二言目には神仏の名を騙る。神仏もさぞお嘆きになられておるであろう」


 尾張は熱田と同じこの日に八戸で花火を上げる。そのための支度をしておるのだが、楠木殿が勝手極まりない者らに怒りを抑えるように呟いた。


 神仏の名において、己らの要求を通そうとする。そのことに我らは嫌気が差しておる。


 実際に兵を挙げた寺社も幾つかあり、それらの者はすべて討ち取るか、遥か北の地に送った。神仏の名において兵を挙げるのはなにがあろうと許さぬというのが、今の御家の根幹なのだ。


 尾張・美濃あたりでは民の寺社への信仰すら薄らいでおる。坊主が俗物だと知られたためだ。神仏と寺社は別物だとは内匠頭殿が言うたと聞き及ぶが、いつの間にか民にまで知れ渡り始めておるのだ。


 もっとも尾張の坊主はすでに己を律しておる者が多く、上手くやっておるが。今の尾張には諸国の事情がすぐに伝わる。三河本證寺、伊勢無量寿院、信濃諏訪神社など、寺社の失態が知れ渡るたびに肩身の狭い思いをしておるからな。


「森殿、高水寺と稗貫と和賀はいかがするのでしょうな」


「高水寺は敵には回るまい。稗貫と和賀は我らが考えることではない。いかようでも良いとのことだ」


 此度、高水寺の斯波も招いてある。当主自ら参ったので敵には回るまい。同盟を結んでおる稗貫と和賀の使者も連れて来たほどだ。


 頭を下げて臣従を請うのか請わぬのか。まあ、好きにすればよかろう。斯波一族であるが、守護様も御自らの口で他の国人と扱いは変えぬと仰せになられた。


「されど……」


「ここだけの話ぞ。一族で争い、一族に振り回されるのを御屋形様は嫌う。斯波家ともなると縁が多いからな。こちらから攻めぬのならば、あとは好きにしてよいと仰せだ」


 奥羽衆の者は斯波一族であることを気にしてか、このままでよいのかと問うてくるが、守護様の御内意を伝えると絶句した。


 一族であっても義理以上に遇する気などないのだ、あのお方は。それもあってお方様にすべてを任せておる。名門ひしめく奥羽の地で、守護様の御名で命を出しておる意味をもう少し察してほしいものだな。


 まあ、肝心のお方様がたはむやみな争いを好まぬ故、相応に動いておるが。これはむしろお方様の方策というべきもの。


 もっとも味方ですら理解しておらぬそこらの事情を、高水寺の斯波は察しておるように思える。あの御仁は油断がならぬな。




Side:足利晴氏


 尊氏公の二百回忌を終えたばかりだというのに尾張で花火見物か。病はそこまで悪うないらしいな。


 京の都では公家衆や寺社があれこれと騒いでおったが、上様は御自身の意思で近江に戻り、今また尾張に来た。朝廷を軽んじるわけでもあるまいが、京の都には京の都の厄介事があると見るべきであろうな。


 少し考え込んでおると、それを遮るように目の前に茶碗が差し出された。


 熱田神社にて今宵上がる花火を待っておるが、武衛殿の招きで茶の湯の席におるのであったな。


「本日はこちらの茶なのですな」


 尾張に来てからも幾度か頂いた紅茶ではない。日ノ本にある茶だ。もっとも畿内にある侘茶ではないな。武衛殿や院に茶を指南したという桔梗の方らが茶を淹れており、ひとりひとりに茶碗と菓子が配られた。


「ちょうどよき茶が手に入っての。畏れ多くも上様にお出しするに相応しき品であった故、こちらに致した」


 我が世の春か? 上様と関東公方である倅を領国に招き、己が流儀で茶を淹れるとは。胸の奥が少しばかり揺れるのを抑えつつ茶を頂く。


 上様のご機嫌は悪うないようだ。同席する六角と北畠もまた落ち着いておる。そうそうたる顔ぶれだな。細川や畠山はおらぬが、不足があるとは思えぬ。


 そもそも京の都を離れた公方が、これほどの権勢を持つのは未だかつてないこと。その力をもってして京の都に戻るのかと思うが、近江に新たな御所を造営するというくらいだ。今のところその気がない。


 家臣どころか国人や寺社からも土地を召し上げておると聞いた時は、にわかには信じられなんだが、かように上手くいくとはの。


 もっとも、これがいつまで続くかは疑問もある。ただし、わしが生きておる間は変わらぬのではあるまいか?


 にしても、争いのなき国か。氏康めが尾張を気にする理由が分かった。武士も坊主も民も愚か者はいずこにでもおろう。左様な愚か者から争いを取り上げるとは。


 泉下以外で争いが収まる場があるとは思いもせなんだわ。織田弾正が仏と言われるのも不承不承ながら納得してしまう。


 ふと控える氏康に目が行く。この男はこの男なりに関東のことを考えておるはず。かような国と隣り合うと苦労は多かろうな。


 武衛殿は関東をいかがする気だ? 今までと同じく各々で治めればよいとするか? だが駿河や甲斐から争いが消えると関東とて座しておられぬ。そもそも斯波、織田と争えば里見の二の舞いではないか。


 まあ、わしにとっては存外悪うない状況か。氏康めが上手くやっておるのだ。それに乗ればいいだけか。氏康も関東勢も上杉も信じるに値せぬ。誰がいかに動こうと関わりない。


 わしはひとまず尾張とは誼を深めるべきか。



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