第1818話・花火を前に
Side:季代子
花火か。私も本物は尾張で見たくらいなのよね。
司令の発案で花火を上げてから九年、今までにも各地の諸勢力などから花火を上げたいという話はあったと聞いている。もちろんすべて断っているけど。
今回の奥羽花火に関しては、八戸と十三湊の二か所で行う。奥羽領自体があまりに広いことで二か所に分けたのよね。
ただ、尾張と違うのは寺社と無縁の『花火会』という名目で臣従した諸勢力や寺社、その他領民にも広く集まるように指示を出した。
かわら版はまだやれていないけど、紙芝居はすでに領内各地を回って織田の治世や法を知らせることをしているので随分前から花火の告知もしている。
花火を寺社から切り離したのは、この地では共に花火を上げるだけ信頼がある寺社がないというだけ。それもあって守護様と大殿の名前で花火を上げるという体裁にした。
織田家でしか上げることが出来ない花火を奥羽領で上げる意味は大きい。他勢力が出来ないことをやることで、こちらが上だと示せる。
この時代だと畿内を最上として、離れるほど鄙の地だと言い田舎扱いをして格下に見る。本領と属領もそう。寺社なんかは己の教えこそ一番だと主張することもあるわね。
在地の武士よりも寺社よりも織田が上だと明確に示す。これをしないといつまでも勝手をする者が後を絶たない。戦だけじゃないってところを見せてあげるわ。
「恐ろしいの。これほどの銭を一夜に使うてしまうとは」
「見れば分かるわよ。この価値が」
せっかくなので費用の概算を奥羽衆には開示してある。浪岡殿がその金額に改めて顔をしかめた。火薬の値段が尾張と比較にならないほど高いこの地では、花火費用も更に上がっているのよね。
「それと、私たちは銭の使い方で負ける気はないわ。相手が誰であれ」
浪岡家もこの地では裕福なのよね。寺社の造営に力を入れていたりする。ただし、寺社にいくら資金を投入してもリターンが多いわけではない。地域の安定という意味では一定の効果はあるけど。
「本業は商いであったの。忘れておったわ」
うふふ、嘘ばっかり。こういう戯言をちょくちょく口にするのよね、この人。花火がどんな影響を生むのか、おおよそで気付いているくせに。すでに花火の噂と影響はこの地にも広まっているんですもの。
「どちらが上か、しっかりと見せないとね。これは北畠の大御所様に学んだことのひとつでもあるわ」
大御所様からは、今でも時々こちらに文が届く。南朝の大将軍の血筋は大きい。一部の寺社は北畠の大御所様の書状でこちらに従う意思を示したわ。
私にも助言があり、漏れても構わぬ力は遠慮なく見せるようにとあった。今年の花火を後押ししたのは間違いなく北畠の大御所様の書状でもある。
どうせ真似出来る経済力や技術力があるところなんてないのよね。花火は。
楽しみねぇ。どこまで影響が出るのか。
Side:久遠一馬
花火大会前日、義輝さんを筆頭に来賓が熱田へ移動している。来賓としては、他にも恒例となりつつある越前在住の公家衆や、伊勢神宮、願証寺、無量寿院の主立った者たちもいる。
ちなみに、越前在住の公家は朝倉家が費用を全額負担しているので招待客ではない。都の公家衆があとで騒ぎそうだけどなぁ。ただ、彼らは朝倉家の外交使節団と言っても過言ではない。斯波家と朝倉家を繋ぐという仕事であり、それを理解して来ている。
義輝さんたちが来ていることもあって主賓として遇していないものの、不満を口にすることもなく幕臣とも交流をしていた。公家衆に関しては地方にいる人のほうが現実を見て妥協しているように思える。
それと、願証寺と無量寿院。犬猿の仲のはずだけど、公の場で一緒にしても騒ぐことがない。お互いに挨拶以外だと近寄らず関わることもないけどね。
結局、争う武力がなくきちんとした統制下におくと、そこまで馬鹿なことはしなくなるのかもしれない。
「なんという大きな町じゃ。京の都の者らが慌てふためく姿が見えるようじゃの」
義輝さんたちは一足先に熱田に出立したが、オレは清洲城で仕事をしている。ちょうど花火見物のために尾張に来ている道三さんに御所と町の計画を見せると、面白そうに思案している。
「近江以東はまだまだやるべきことが多いと思うんですよ。伊勢の宇治山田もそうですけど。町を整えるのももっとやらないと」
尾張南部の開発は今も続いている。美濃や三河も。あと伊勢の各町、北畠家の宇治山田も。ただ、それでも畿内に比べるとまだまだ物足りない。
朝廷対策もあるけど、安定的な経済成長と発展をしていくには基盤となる町が全然足りないんだよね。
「日ノ本を豊かにしようとまでは考えが及ぶとは思えぬの。さすれば己らの富と利権を奪おうとしておるとしか見ぬはずじゃ」
道三さんの言葉が大方の見方だろうね。仮に一部の人が気付いても大多数はそう思うだろう。
断っておくが、畿内や京の都の経済規模がそこまで急激に落ちているわけじゃない。ただ、こちらが上がる分だけ落ちたように感じるだけだ。むしろ戦乱でしょっちゅう都を焼かれた頃と比べるといいはずなんだけど。
「京の都も畿内も上手く治めると、すぐにこちらを超えるくらいに上手くいきますよ。方々から末代まで恨まれますけど」
なんだかんだと付き合いが長くなったこともあり、本音が言えるひとりだ。つい他では言えないことを口にすると、苦笑いを浮かべた。
「それ故に内匠頭殿に期待するのであろうな」
そうなんだけどね。誰かが上手く治めてくれないと困るんだろう。朝廷も公家も。ただ、自分たちが憎まれ役になることは拒否するからなぁ。
「いい策はありませんか?」
「新しい政にて、力の差を見せつけるしかあるまい。代替わりしても変わらぬほど不変と分かるほどのな。曖昧なままにしておけば後に憂いを残そう」
やっぱりそうなんだよねぇ。織田家の皆さんが頑張っている理由のひとつでもある。新しい体制も統治もまともに根付かせるのにどれだけの月日が掛かるのやら。さらに日ノ本の統一まである。
「人が変わろうと荒れぬ世など、わしでさえ今でも世迷言としか思えぬところがある。外の者が理解するにはまだ先は長かろう」
「ほんの少し変わるだけですよ」
「それが出来ずに今の世があるからの」
やっぱり時間をかけるしかないか。こればっかりはね。時が必要だ。流す血を減らすためにも。花火のようにパッと咲いて散っても困るしね。じっくり育てる必要がある。
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