第1817話・花火を思い出して

Side:近衛稙家


 尾張は花火の頃じゃの。花火が見たいと嘆く声が漏れ伝わってくる。


 見たければ己の銭で自ら行けばいいものを、招かれねば行けぬと嘆き尾張への不満を持つ。理解はするが、尾張にとっては迷惑なことであろうな。


 主上と院は、これまで吾らが決めておった銭や献上品の下賜を御自らお考えになりておる。大樹が地下家を求めたことに応じた家には引き続き下賜するようじゃが、院の元蔵人や拒絶したところには減らそうとなされておる。


 幾人かの公卿が再考を願い、お諫めしたようじゃが、御心は変わらぬ様子。


「新たに御所を造営するとは……」


 そんな最中に舞い込んだ話に、幾人かの公卿が吾のところに集まりておる。


「静養が長引いておるのだ。理解はするが……」


 二条公はなんとか良い話として考えようとしておるが、これは左様な甘いものではないの。


「都を捨てる気ではあるまいな?」


 誰ぞが口にしたその一言が大樹の本意であろう。捨てるとは聊か言い過ぎであろうが、日ノ本の政を京の都で致す気がないということには変わるまい。


 懸念はいかほどの御所と詰城を造るかだ。


「おのれぇ、武士風情が……」


 歯ぎしりする如く苛立ちを見せる者もおる。


 内匠頭、そなたはまことに手を抜かぬのだな。見限ったか? 吾らを、京の都という古き権威の町を。いや、信じておらぬのだな。朝廷というものを。


 隙を見せると奪うと悟ったか。それもまた正しい。吾がいかに思おうと、朝廷と公卿は、久遠を従え奪おうとするだろう。内匠頭がおらぬ遥か先の世でな。


「なんとか縁を繋いでゆかねばな……」


 それも難しい。吾とて庶子が斎藤家の養子となりておるが、あまり使える縁ではない。下手に動くと遠ざけられて飼い殺しにされる。三条公も武田と血縁があるが、同じであろう。あまり目立つことはせぬほうがいい。


 大樹の覚悟が尾張の覚悟。最早、尾張において吾ら公卿との血縁は厄介なものになりつつあるということ。


 ふと目を向けるも、広橋公と山科卿は大人しいの。なにも言わず成り行きを見守るのみ。特に山科卿はこの件をいかに思うのであろうか?


「大樹は尾張に花火見物に行ったとか。病が聞いて呆れる」


「吾らが治めてこそ、まことの正しき世となるというのに……」


「愚痴をこぼすなら己の屋敷でしてくれ。不満があるのならば己の名と家を懸けて動け。主上と院は大樹と尾張の変わり様を殊の外喜んでおられる」


 ふん、愚か者どもめ。己らの愚痴を聞くために集まったわけでも、口伝でしか知らぬ公卿が世を動かした頃の話などするためでもないわ。


 朝廷も終わりなのかもしれぬの。いや、即位すら長きにわたり出来なんだ頃があったのだ。吾らには見えぬところでは終わっておったのかもしれぬ。


 分からぬのじゃ。吾であってもな。京の都や畿内を出ると、世がいかになっておるか分からぬ。


 上も下も吾らと違うことをしておるなど前代未聞。


 いかになるのであろうかの。




Side:久遠一馬


 義輝さん一行が清洲に到着すると、清洲城では盛大な宴で迎えた。実は義輝さんがメインとなって尾張訪問するのはこれが初めてになるんだ。


 公式訪問は行啓・御幸の時だけであり、あとは菊丸としての訪問と、北畠家に会うために年始にお忍びで来た時だけになる。菊丸としての行動は本当に一部の人しか知らず、お忍びのほうも三国同盟の重臣クラス以外は知らないことになる。


 当然ながら上様を主賓としてお迎えするのに相応しいおもてなしがいる。具体的には行啓・御幸と変わらぬくらいの歓迎は必要なんだよね。義輝さん自身はそこまで求めてはいないけど。


 義輝さんと母親である慶寿院さん、幕臣と六角義賢さんたちがいる。


 北畠家でも晴具さんと具教さんが揃って来てくれたことや、古河公方親子などまだ尾張に残っている人たちも招いての盛大な宴だった。


 ほんと朝廷よりも地味にすると、将軍を軽んじているとか見られてもいけないし。外交って難しいね。


 あと慶寿院さん。初対面だけど、特に印象に残るほどのこともなかった。歓迎の宴を喜ぶお言葉はあったけど、それくらいだ。


 実はシルバーンからの事前情報として、義輝さんが近衛家から正室を迎えないことで怒ったとあったので警戒していたんだけど。それを表に出す気はないらしいね。


 料理など歓迎に手を抜いていないので、そこまで不満が出るとも思えないけど。しばらくは要警戒ってところか。


「これほどの御所と町を考えておるのか?」


 明日には花火見物のために熱田に移るが、その前に義輝さんから呼ばれた。御所と町の件で話がしたいとのことでだ。


 まだ織田家の私案も決まっておらず、あくまでもウチの私案として考えている幾つかの計画を義輝さんと数名の幕臣に提示するも、やはり驚かれたか。


「あくまでも数多ある案のひとつでございます。私どもはあまり中央の政に詳しくないので」


 義輝さんも幕臣も大規模な町を造ることは想定してなかったみたいだね。義賢さんには密かに教えていたけど、調整していない私案として教えたことで口外していなかったみたいだ。


「かような銭があるのならば、新たな領地に使え。甲斐・信濃・駿河・遠江と苦労が多かろう?」


 義輝さん、否定とまではいかないものの、あまり乗り気でもないらしいね。お金の使い方とかいろいろ教えちゃったからなぁ。これが義輝さんのためだと思うと規模を縮小しろとか言いそうだ。


「畏れながら、近江から東がこれからも変わり続けるには必要な町でございます。畿内に頼らぬ上様の町が要ると私は愚考致しております」


 上様の町という言葉に幕臣たちが僅かに唸った。


 近江、一言でいうと面倒な土地なんだよね。北近江は古くからある地域間の対立の影響が今も残り、六角家にとって決して治めやすい土地じゃないし、比叡山もある。琵琶湖だって大津や堅田とか経済的に豊かなところもあるが、既得権が複雑で扱いが難しいからね。


 そこらを理解すると、この町に意義が見えてくる。


「なるほど、御所と町で畿内に睨みを利かせるつもりか。そこまでは考えておらなんだわ。よし、管領代。差配はそなたに任せる。詳細を皆で詰めよ。尾張から広まりつつある太平の国を守らねばならぬ。心して掛かれ」


「ははっ、畏まりましてございます」


 良かった。公式の場で要らないって言われると困るところだった。


 しかし、義輝さん。理解が物凄く早くなった。幕臣の中には驚きで理解が及んでいない人もいるのに。


 ただ、これで大手を振って準備が始められる。


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