第1816話・賑わう尾張にて

Side:とある畿内の商人


 来るたびに新しい品が増えておるわ。今年目立つのは、干しかずのことにしんか。


「良いかずのこだな」


「ええ、そりゃあもう。久遠様のご領地である蝦夷と奥羽領から運ばれた品でございます」


 いずこに献上しても恥を掻かぬ品だ。大店からそうでないところまで幾つか回ったが、良い品ばかりだ。


「すまぬ、なにを買うか迷うてな。もう少し見て回りたいのだ。また来る」


 面倒なことだ。こんなところまで出向かねば、まともな品が買えぬようになってしまうとは。


 かつては良かった。放っておいてもいい品は畿内に集まる。ところが尾張は畿内に品を持ってこぬ。鄙者の分際でな。


 斯波様の意地もあろうが。


 愚痴を言うても仕方なきことか。意地は誰にでもある。斯波様にも尾張者にもな。畿内に頭を下げるより久遠様に頭を下げる道を選んだ。そこに文句を付けても利にならぬ。


「尾張にて手に入らぬ品はないのかもしれぬな」


 そこらの店にはない品でも、大店や久遠様のところにはある品も多いとか。数年前からごく僅かだけ流れておる硝子の品や白き焼き物もそうだ。


 一介の商人如きでは手に入らぬ品ばかりが増えるな。


「金色飴はいらんかね~。おいしいよ~」


「ああ、五つくれ」


「ありがとうございます!」


 尾張でよく見かける金色飴売りがおる。ちょうどよいので皆で飴を食うて一休みとするか。


 少し疲れた体にこの甘さはいいな。何故、かような値で売れるのだ。飯代より幾分高いくらいだぞ。


 商いになるほど多く買おうとすると信じられぬほど値が上がるが、家人の土産程度ならば安く売って寄越す。気に入らぬところも多々あるが、たいした商いにならぬというのに税だなんだと売るまでに面倒が多く銭が掛かる京の都よりは尾張がいい。


 つまり、それがこの地に荷が集まる理由か。


「見習いたいものだな。己が力で領国を豊かにしようとするところは」


「左様でございますな」


 黒船の家紋が入った着物を着た子らを見かける。久遠様が食わせておる子だとか。手を出すと相手が誰であれ許されぬと評判だ。


 畿内では、莫大な儲けを出しておるはずの久遠様が献上や寄進せぬことに不満を口にしている方々が多いと伝え聞く。されど、この地に来ると見方が変わる。


 領内の捨て子を食わせてやるばかりか、学問や武芸も教えておられるとか。由緒ある寺などではない貧しい寺にも寄進をしており、悪く言う者はまずおらぬ。


 なんということはない。久遠様は畿内に銭を出す気がないだけであろう。領内には惜しんでおらぬからな。つまり、畿内は商いの相手としてあまり喜んでおられぬと見るべきであろう。


 いい気味だと思うところもある。なにかあれば矢銭を出せといい、あれを寄越せこれを寄越せと無理難題も言われる。


 頭を下げて商いをしなくていいようにしたのだと思うと、見習いたいくらいだ。


 職人のようにいずこの地でも己の力量で生きていける者が羨ましい。畿内から職人が減るわけだ。


 商人はそうもいかぬからな。




Side:北畠具教


「息災そうでなによりじゃ。領国は苦労が多かろう?」


 花火見物のために尾張入りした。蟹江におられる父上のところに参上したが、相も変わらず機嫌は悪うないようだ。


「はっ、皆も今のままでは駄目だと分かってはおるのでございまするが……」


 分かっておっても土地を手放すのは難しいこと。ひょっとすると尾張が上手くいかなくなり、今までの政に戻るのではと願う者もまた多い。長く続けたことがない政だ。十年二十年、代替わりしたあとも続くのかと様子を見たいというのが本音か。


 駿河・遠江・甲斐・信濃。左様な新しき国にもいずれ追い抜かれるのではと恐れておるのだがな。理解せぬ者も多い。


「先を越されたの。六角家では上様の御所造営に際して、目賀田が城と所領を献上したそうだ」


「なんと!? 目賀田殿といえば宿老のはず!」


 やはり上の者から示さねばならぬのか。にしても御所の一件がもうそれほど動いておるとは……。久遠が関わると動きが早い、早すぎる。


「内匠頭も朝廷と対峙する覚悟を決めた様子。情けが深すぎることと、端から争いを避けようとするところが、あやつの欠点であったからの。争ってこそ先に進める時もある。朝廷相手にそれを覚悟した今、公卿では敵にすらなりえまい」


 一馬を気に入る者は多い。だが、一馬を変えようとしたのは父上くらいではあるまいか? 遠慮もあったのであろう。武衛殿や弾正殿ですら、己で示すことはあっても変えようとしておらなんだように思える。


「それより上様の御正室の件に遅れはあるまいな?」


「はっ、すでに支度は進めております」


「御所と御正室、このふたつはまったく別の発端から同じ目的として動いておる。御所は内匠頭らで御正室は上様だ。それぞれに公卿と朝廷の在り方と先行きを考え動いた。大智あたりは気付いておろうが、この件を上手く繋げぬ手はない」


 父上から知らせが届いてすぐに婚礼の支度は始めておる。まだ養女となる娘すら決まっておらぬがな。北畠家から将軍家へ輿入れするとなると支度も楽ではないのだ。


 急ぐようにと書状に書かれておった故すぐに動いたが、左様なわけがあったとは。


「しかし、戦になりませぬか?」


「誰が立つのだ? 若狭管領か? 丹波の氏綱は若狭管領とは組むまい。敗れれば細川京兆が終わってしまう。畠山は往年の勢いも力もない。三好は多少ごたついても修理大夫は敵に回るまいな。朝倉は宗滴が生きておる間はないの。残るは寺社だが、叡山、本願寺、興福寺。近隣で相手になりそうなところは尾張から品々と利を得ておる。内匠頭は意外に頑固じゃからの。戦が終わっても、商いは許さぬと言われれば面目が潰れる。そこまでして公卿の戯言に本気になるまい」


 背筋が冷たくなる。一馬は静かに敵に挙兵させぬように策を講じていたわけか。何年もじっくりと。商いで利を与えつつ。人のよさげな顔をして恐ろしい男よ。


「丸裸にされた権威がいかになるのか。見物じゃの」


 楽しげに語られる父上に変わられたなと思う。北畠家当主とはいえ、中伊勢の長野すら降せず、伊賀や志摩を従えたとて世を動かすほどではなかった。


 この件は南北朝の頃からの北畠家の意地もあるのでまだ分かるが……。


 南北に分かれて争うた足利と北畠がひとつになる。公卿はさぞ恐ろしかろうな。



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