第1814話・新しき寺の今

Side:とある尾張の寺


 今年も花火見物をする者が諸国から集まる。


 一生に一度は見たいと遥々参るのはいい。されど、不届きな者や地位や身分にモノを言わせる者が増えるのもこの時期だ。


 余所者に花火を見せるのを禁じてほしいという嘆願が多い。わしも頼まれて目安箱に左様な嘆願をしたことがあるが、なかなか難しかろうな。


 まだ、同じ斯波様や織田様に従う者ならば分かるがそれ以外の余所者は民にとっては邪魔でしかない。身勝手な振る舞いが多い高野聖も、鄙の地だと見下す畿内者も、村によっては泊めることすら拒むところがある。


 大きな街道沿いの村はまだ織田様から命じられておることでおかしなことをせぬが、少し街道から離れるとそんなものだ。


「鄙者め、己らは大人しく従うておればよいのだ!」


「従えませぬな。畿内にある総本山の者とて、この地にはこの地の流儀がある。これ以上おかしなことをなさるならこちらも黙っておりませぬぞ」


 一番厄介なのは坊主だ。目の前の男のようにな。


 頼んでもおらぬというのに突然現れ、経を唱える故、莫大な礼金を寄越せと言い出した。体のいい賊ではないか。


 恐らく同じ教えを学んだ者であろう。ただし、それ以上の証立てするものはない。書状はあるがわしらが見ても分からぬのだ。こやつらはそれを承知で銭を奪おうとする。


「なんだと! 破門にするぞ!!」


「聞いておりませぬ。それに上からは本山を名乗る者が先触れもなく来ても相手にするなと命じられております故、御不満ならば、ここら一帯の寺を束ねるところか清洲の寺社奉行に訴えられるとよろしかろう」


 ようあることだ。織田様に従う寺の暮らしが良うなったという話を聞いたいずこかの者が、あの手この手で銭を奪おうとする。


 目の前の男は上方訛りをしておる。ひょっとするとまことに本山ゆかりの者かもしれぬがな。仮にそうであったとしても関わりのないことだ。愚か者はいずこの寺社にもいる。世俗でそれなりの身分であった者でさえな。


「おのれぇ! 我が手で仏罰を降してやるわ!!」


 とうとう槍を構えてこちらに向けおったな。だが、左様な脅しに屈すると思うな!


「放て!」


 その時、狙いすました鉄砲の礫が愚か者どもに命中した。


 畏れ多くも寺の中で槍を向けるとは。許されると思うなよ! 先んじて呼んだ警備兵が物陰に潜んでおり、狙いを定めておったのだ。


「鉄砲だと! このままで済むと思うな!!」


 鉄砲の玉を免れた十数名の坊主崩れどもが逃げ出そうとするが、逃がすわけがなかろう。警備兵と寺の者で討ち取り捕らえていく。この地では織田様の下命で、警備兵と寺が力を合わせて賊を討ち取るべく日頃から共に鍛練を積んでおるのだ。


「やれやれ、この時期は多いな」


 寺に泊まっておる旅の者もあまり驚いておらぬ。よくあることなのだ。ひとつ違うのは、この地では武士も坊主もない。皆で国も寺も守ることか。


 警備兵らもまた呆れたようにしつつも、捕らえた愚か者どもに縄を打ち連れて行かれた。討ち取った者はこちらで供養して始末する。


 後始末もすべて警備兵と織田様がしてくださる。万が一、本物の本山ゆかりの者でも構わぬとさえ言われておる。まっとうな者は銭など要求せず、まずは大きな寺に挨拶にいくからな。


 花火見物の人に紛れて銭をせしめようとする堕落した者など同門の恥。さっさと始末してやるのが仏様のためでもある。


 これで民も旅人も安堵して花火見物に出立出来よう。




Side:湊屋彦四郎


 花火目当てに来ておる商人が今年も多いな。早めに来て商いを済ませて花火を見たいと考えるのか、この時期はすでに多くの商人が尾張の各地に見られる。


 無論、売ることの出来る品には限りがある。いかほどの品を融通するかなど、決まり事は事前に確と申し伝えておるが、押し売り押し買いをしようとする者、また確認が取れぬ一筆入りの書状を持つ者などの報告が上がってくる。


 押し売り押し買いは主に警備兵に引き渡され、書状持ちはそのまま清洲預かりが多い。偽の書状、また書状が本物であっても、実はその当人ではなく家臣が名を使っておる場合などもあり対処が難しい。


 尾張や伊勢、美濃、三河の商人は、すでに身勝手な商いなどしておらぬ。近江商人ですら織田領ではこちらの掟を守る。相手の素性が分からぬ時などは、人相風体などから近江商人の伝手で判明することすらあるのだ。


「さて、昼餉にするか」


 わしは殿の名代として、商務総奉行の役目をこなす日もある。大湊の会合衆であった身であるとはいえ、名だたる名門名家の方々と同等どころか、時にはそれよりも上の立場になってしもうたの。


 良いのかと思うが、家中でも商務総奉行の名代が務まるのはわしを含めて数名しかおらぬからの。


「ふむ……、今日はカレーにするか」


 食堂に行くと、すでに多くの者が飯を食っておる。あれこれと仕事の話をしながら食う者もおるな。行儀が悪いとお叱りを受けることもあるが、この時期だけは忙しいこともあり黙認されておる。


 ただ、わしは飯時だけは仕事を忘れることにしておる。


 漆塗りの大皿に白い飯と黄色いカレーがかかったものと汁を頂く。あとはトマトと野の菜の浅漬けか。


 これは当初、木の匙で食うておったが、今では銀の匙になった。毒によっては銀の匙で見抜けるからこれを使うようになったと聞き及ぶが、実際のところは、殿いわく木の匙よりは食べやすいからだそうだ。


 では、一口。


「ふむ! 今日のカレーは出汁の味が利いておるな!」


 ごろっと大きめの馬鈴薯とカレーが掛かった白飯を一緒に口に運ぶと、他では決して味わえぬ香辛料が口の中に広がる。馬鈴薯も程よく崩れてゆきカレーの味をより昇華させるように深みを与える。


 あと、この玉ねぎの甘さがなんともたまらぬなぁ。知多半島で作っておる作物ではトマトのほうが知られておるが、わしはこちらも好みだ。


 飯はゆっくり噛んでくうべしと教えを受けておるが、匙が止まらぬ。まるで雑炊か粥のように次々と口に運んでしまう。


 この香りだけで飯が食えるという者が織田家中には多い。香辛料の複雑で深い味わいは雑炊や粥とはまったく違うがの。


 カレーのたれが匙で掬えぬほど綺麗に食い終わるが、まだ足りぬ。


 食い過ぎはようない。されど、もう一杯くらいはよかろう。


「すまぬが、カレーのお代わりを頼む。ああ、飯は大盛りでな」


 三杯は食い過ぎだ。ならば二杯目を大盛りにして良かろう。今日は日暮れまで忙しい故にな。食わねば仕事にならぬ。


 ああ、なんと美味いものだ。まるで汁のように飲む如く食えるわ。


 これは毎日食うても飽きまいな。一度、己で作ってみるのもいいかもしれぬ。いつか隠居したら八五郎のように料理をする店でも出すか?


 それも面白きことだな。





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