第1813話・晴天の昼
side:保内商人
「なに!? 近江に御所を造営すると!!」
「大きな声を出すな。まことか分からぬ。左様な噂が広まっておるというだけだ」
近江に公方様の御所を造営されるという話が舞い込んだ。まさかと思い、すぐに旧知の方々に確かめるが、まことだと明らかとなった。
ただ……。
「勝手なことはまかりならぬぞ。この件は六角の御屋形様と尾張の武衛様らが進めておられること。おかしなことをすると保内商人とていかになっても庇えぬ。分かるな?」
旧知ある蒲生家のお方に厳しき顔つきでそう厳命された。
「尾張ということは……、久遠様がこの件で動かれるということでございますか」
敵に回してはならぬお方だ。もしかすれば公方様よりもな。
「おかしなことを企まねば、相応に利は与えられよう。ただ、そなたらは叡山に従う身。果たしていかほど使うてくださるのか。わしにも分からぬ」
まあ、怒らせぬ限りこちらを潰そうともされぬお方だ。尾張と近江の商いをまっとうにする分には許されておる。
ただし、かつて久遠物を堺の町に密かに流しておった者は絶縁されてしまい、叡山からも追放されたがな。
保内商人では叡山より恐ろしいとさえ言われるお方だ。商人の出であるからか、商いに関してはいずこよりも厳しい。叡山の僧ですら、尾張相手におかしなことはするなというほどだ。
あの叡山ですら、尾張の品がなくば困る。それが今の世の流れ。
「公方様と御屋形様は花火見物のために尾張に向かわれた。向こうで詳細を詰めるであろう。今しばらく大人しくしておれ。勝手な買占めなどするなよ。尾張は品物の値を知っておるからな」
「畏まりましてございます」
買占めか。材木ならば相当利になるはずだが……。確かに駄目であろうな。織田領への入国を禁じられたら生きていけぬ。
尾張の目を欺こうとして上手くいったなど聞いたことがない。それどころか尾張に上手く使われたことすらある。かつて尾張を出し抜いて伊勢無量寿院へ禁制の品を横流しして儲けておったと思うたが、上のほうで話が付いていたことすらあったのだ。
その後、旧知の商人らとも話をしてみるが、すぐに動く者はおらなんだ。いつでも動けるように支度はすると言うがな。面白うないが、争うて勝てぬ以上致し方ないことだ。
Side:足利義輝
観音寺城を出て東海道を東に進む。
正室を近衛家から迎えぬと知ると母上の機嫌が良うなかったのだが、奇しくも尾張行きがあったことで、幾分ではあるものの機嫌を直された。
申し訳ないという思いもあるが、母上は世の流れを理解しておらぬ。都から出たこともない公家よりは見えておろうが、世の厳しさも知らぬ身故、致し方なかろうな。
正直、母上には不満も多々ある。流浪の身だというのに、未だに公卿であった頃と変わらぬ暮らしを続けておるのだ。此度の旅もまた、あれもこれも要ると無駄に荷を持っていく始末。
ただでさえ母上の輿があることで一行が進むのが遅いというのに。
苛立つ内心を抑えつつ考える。公卿や母上についてだ。この者らは新たな世になっても、古き血筋と権威で世を乱し己が利だけを追うのではあるまいか?
頼朝公の直系も滅び、執権北条家も滅んだ。次は足利と公卿の番ではないのか?
弾正や一馬がおればいい。抑える術もあろう。だが、一馬は己が子らに日ノ本で政を担わせることを拒んでおる。久遠の助力が途絶えた織田は公卿や公家を抑えられるのか?
「上様、いかがされました?」
「気にするな。ゆるりとした旅が久方ぶりなだけだ」
いかんな。また急いてしまったわ。師にお叱りを受ける。ただ、確と見えておる先があればこそ、先に進みたくなるのが人ではなかろうか。
誰のための世で、誰のための明日か。オレには、その答が分からぬ。世を乱す者は、公卿であろうが寺社であろうが成敗するべきではないのか?
帝の権威を落とす害ある者なればこそ。
殿下は近衛家だけは残してみせると仰せになられた。理解はする。己の家を残すことこそ第一で当然。だが今になって思う。かようなことばかりしておるせいで、乱世が終わらぬのではないのか?
頼朝公の故事もある。敗れし古き力ある者は滅ぼしたほうが……。
仮に、誰かがやらねばならぬのならば、それはオレの天命だ。古き乱世を終わらせて新たな世を担う者に受け渡すのがな。
それだけは確かだ。それだけは。
Side:久遠一馬
「うし、げんき」
「おちち、いっぱいだしてね」
今日は子供たちと牧場に来ている。休日として完全に空けることが出来たので、牧場で仕事を手伝いつつゆっくりと子供たちと遊ぶことにしたんだ。
尾張にいる妻たちも呼んで、みんなで牧場の一角でピクニックのように青空の下でお昼にする。
孤児院の子供たちもいるので、まるで遠足のように大人数で賑やかなお昼だ。遠くに見えるのは牛や馬などの家畜たちだけど、種類も頭数も増えた。
「美味しそうだね」
「はい! 皆でつくりました!! 召し上がってください」
お弁当はリリーとプリシアが孤児院の子供たちと作ってくれた。そのせいだろう。子供たちがオレの反応をドキドキしながら見ているのが分かる。
まずはオレに食べてほしいようなので、ちょっと形が整っていないおにぎりをひとつ手に取って食べる。
うん、程よい塩加減と握り具合だ。ご飯の粒が潰れていなくてふんわりとしていて美味しい。中身はおかかだ。
見た感じ少しどうかなと思うが、味はちゃんとしている。
「おお、美味しい。これは美味しいね」
素直な感想だけど、少しオーバーに伝えると子供たちが一斉に喜んだ。
「それは、わたしがつくりました!」
なんと、オレが食べたおにぎりはまだ小さな子が作ってくれたものらしい。普通に凄いね。小さな手でおにぎりを頑張って握ってくれたのが分かる。
「美味しいものはみんなで食べるんだよ。さあ、みんなも食べなさい」
「はい!」
子供たちも待ちきれないようだから、みんなで食べよう。
今日は滝川家や望月家にもらわれていったロボの子たちも奥さんや婿さん、その子供たちを連れてきているんで、ロボ一族が大勢集まっている。こっちもご飯をもらってご機嫌な様子だ。
今度、ロボ一族をみんな集めて海か山に行こうかなぁ。
夏の予定はみんなでいろいろと立てている。その時にでも一緒に行こうか。
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