第1812話・評定と今
Side:久遠一馬
観音寺城から正式に御所と詰城、町を設けることの許可が下りたと連絡が届いた。
ただ、ここからが大変になる。詰城は目賀田山にすることで決まりだろう。琵琶湖に突き出すように位置するあの山に詰城を置くことは理にかなっている。
「尾張、美濃、伊勢から軍を派遣して守れるだけの備えはいるんですよね」
今日の評定では、さっそく具体的な詳細の検討に入った。六角や幕臣でも検討に入っていると思うが、こちらはこちらで私案を考える必要がある。
そもそもこの手の政策における最大の問題は資金になる。この時代では過去の慣例や権威なども重要であるものの、突き詰めるとお金があればなんとかなる。
提言したのはオレだしね。織田とウチで十分な計画を出さないと、六角や幕臣も規模に悩むだろう。
「街道も整えねばなるまい? 東海道と東山道か。八風街道か千草街道も使えればよいのだが……」
「後回しで良かろう。保内商人は未だ信が置けぬ」
「子飼いの水軍も要るな。水軍の備えのなき城などあり得ぬわ。湖賊などあてになるまい」
基本的な場所と規模は概ねウチで提案した。そこから議論が始まるが、御所と詰城と町の整備もさることながら、近江と御所の防衛もみんなで考える。
無論、道理とか忠義もあるだろうが、近江は尾張にとって物理的にも経済的にも欠かせない土地なんだよね。
まあ、必要性と優先順位、それと費用を勘案してひとつずつ計画立案して形にしていく。これがまあ大変なんだ。
「近淡海の水運は使えるのか? 御所と詰城だけでも必要な品は多いぞ」
「使えないこともないが、あちらを使うと湖賊に利が多く回る。甲賀を六角の直轄領としたこともあり東海道のほうがいい」
尾張と違い、考慮することが多くて難しい。オレたちが来た頃もまだ配慮するところが多かったりしたものの、信秀さんの力の及ぶところでやったので難易度は今回のほうが高いだろう。
ひとまず各自で持ち帰り検討することになった。
そんな評定後、義統さん、義信君、信秀さん、信長さん、オレとエルで茶席にする。エルがみんなに煎茶を淹れており、菓子は水羊羹だ。
「近江御所か。面白きことじゃが、面倒であるとも思うの」
煎茶を一口飲んだ義統さんが口を開いたが、物凄い本音だ。正直、言おう。みんな同じ気持ちだと思う。
「御所は必要でございましょうな。ただ、そこに京の都が恐れるほどの町を造る。寺社以外では我らしか出来ぬことかと」
だろうね。商業や工業や流通、未だ織田領以外では寺社が握っている。信秀さんの言う通り、オレたちにしか出来ないことなんだ。場所も畿内だと現状だと難しいだろうね。既得権で雁字搦めだから。
「そういえば、上様の御正室はいかがなりそうなのですか?」
「石橋家の娘を蟹江の大御所様の養女とすることで考えておる。斯波や他の足利一族も考えたのじゃがの。南北に分かれた足利と北畠が縁組をする。その意義は大きい。朝廷の動きを思うとな」
石橋家、義統さんの正室は石橋御前と呼ばれていて石橋家出身なんだ。名門だけど、現在影響力とか多くないところだし手頃なんだろうなぁ。
足利一族でも割と手頃なところはあるんだけど、問題は敵か味方かはっきりしないところが割と多いことか。斯波家として正室を出すことは義統さんがあまり望まなかったんだろうな。
あと状況次第では、正室とその子供が将軍職を求めて勝手に動く可能性があるからなぁ。コントロールするなら完全な味方じゃないと困るはず。
結局、困った時の北畠頼りか。ここんとこ増えたなぁ。
「上様もな。そなたと子らの様子を見て御身の先を考えたそうだ。親と子とはいかにあるべきか。わしや弾正もそうであったがの。親と子とて、周囲におる者らがあれこれと騒ぐ。余人を交えずなど出来ぬ。足利に至っては争いが絶えぬことから出家させてしまうほど。帝と院と変わらぬのだ。我らは」
エルと顔を見合わせて少し思案していると、義統さんから思いもよらない一言があった。
家族、親子。この形も価値観もオレたちとこの時代では違うんだよね。斯波家と織田家は最近変わったけど、これどっちかというとこの時代だと異質だ。
義輝さん、どういうわけかウチや孤児院で子供たちとよく遊んでくれるからなぁ。本来なら知るはずのなかった親と子の関係。遥か違う時代の価値観がここでも影響したか。
「先に変えたのは大殿になりますけど、よく変えようと思われましたね」
「ああ、そのことか? 大した理由ではない。もとは市がそなたらを探して寂しそうにしておったのを見ておられなんだ。それだけのことだ」
ふと、今だから聞ける疑問を問い掛けると、信秀さんはクスッと笑って真相をおしえてくれた。ただ、その真相はあまりに予想外で驚いていると、義統さんが面白げに笑った。
まさか、それだけで変えたの? もっと深い理由があるのかと思った。子育てとかそういう話もいろいろとしていたし。
「親子兄弟、親戚の争いで兵を挙げることだけはなくさねばならぬ。それだけは譲れぬ」
和やかな雰囲気の中、みずみずしく程よい甘さの水羊羹を一口食べると、義統さんが真剣な面持ちで自らの思いを語った。
いつからか、こういう機会が増えた。お互いに抱える思いや譲れないことを隠さず言えるようになったんだ。
義統さんは武士という存在そのものに疑問を感じているのかもしれない。
「力がなくば国を治められぬ世が終われば、武士もまた変わりましょう。変われぬ者は滅ぶだけ」
信長さんは相も変わらず強いな。ただ、為政者としては必要なことになる。すべての人を変えて新時代に連れていくことなんて不可能だ。終わらせて切り捨てることはこれからも増えるだろう。
そんな犠牲を踏み越えて新時代を治めるべく進もうとする。為政者なんて御免だと拒否するオレにはない覚悟と強さだ。
「朝廷と畿内は変わる者になろうか、変わらぬ者になろうか。わしはもういずれでもよいわ。かの者らのために虐げられる身となるのは御免じゃ」
確実に進んではいるけど、こちらとの距離も開いている。一番地位もあって血縁がある義統さんが畿内を見限り始めているなんて。
ただね。今まで朝廷が従えてきた者たちの偽らざる本音なのかもしれない。危ういけど、それがこの時代なんだと思う。
変え始めたオレたちの責任は果てしなく重いな。
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