第1811話・新しき御所

Side:リンメイ


 賑やかな声が聞こえる。津島天王祭に向けて、ここ津島は準備に余念がない。


 尾張一の商都、河川湊として名を馳せていた頃から変わった。拡大につぐ拡大。区画整理と川の浚渫など、この町も地道に変わっているネ。


 河川の堤防を造り、川筋を整理して、貯水池ともならない湿地の埋め立て。賦役は今も続いている。


「お方様、いかがでございましょう?」


「うん、いい味ネ」


 新しい金色酒の試飲をする。甘さや蜂蜜の風味が消えて、白ワインのような芳醇な味わいになったネ。今でも私や同じく津島在住のマリアかテレサが仕込んでいるネ。


 もっと早く秘密が漏れるかと懸念もあったけど、今まで漏れなかったことで秘匿を続けている。


「まーま、はやい! はやい!」


「もっと速く走るよ!」


 武鈴丸の声がしたかと思うと、テレサが抱っこして庭を走っているよ。甘えたい盛りなこともあって、よくある光景ネ。数日に一度は那古野に行くけど、今日は屋敷にいるからテレサが掴まったか。


「リンメイ、新しい町割りのことだけど……」


 しばし二人を見ているとマリアが姿を見せた。新しい町割り、それはいずれくる河川湊としての津島の終わりを見越しての仕込みでもある。


「いいと思うよ。少しずつ多様性を持たせた町にしたいネ」


 水運が物流を担うのは当面変わらない。今は浚渫もしていて水運を維持するように努めているけど、尾張の発展が進むともっと効率的な拠点に移ることになるはずネ。


「職人、産業は増えていますね。やはり大内衆の功が大きいわ」


「もっと新しい産業が生まれる下地は作りたいネ」


 私たちが来て以降、製粉やふりかけ作りも津島での産業のひとつとなった。他にも大内衆が持ち込んだ産業が根付いていて、尾張の各地にそれに関わる職人や領民が多い。


 ただし、いずれ日ノ本全土が統一されて時代が進むと、淘汰されて消えていく産業もあるはず。でも……。


「分かったわ。もう少し職人町をひろげましょう」


 変わりゆく町に寂しいと思う人は、この時代にだっている。でも、私たちが最初に来て住んだこの町には感謝と恩義もある。なるべくいい形で可能性を残してやりたいネ。


「たかい! たかいよ!」


「あはは、そうだろ?」


 武鈴丸とテレサは楽しそうネ。ちょっと羨ましいよ。




Side:六角義賢


 人払いを願い上様に拝謁する。ご機嫌は悪うないようだ。花火見物のために慶寿院様と共に尾張に行く前に御所の件をお話ししておかねばならぬ。


「御所か……、余がいつまでもおることでそなたと六角家が困っておるのか?」


 近場に御所を造るという献策があるとお話しすると、まさか、上様は少し考える素振りをして済まなそうな顔をされた。


「なんと!? かようなことだけはございませぬ。共にこの地から日ノ本を治める。それを皆で天命としておること。この件は尾張からあった献策でございまして……」


 かような受け止めをされるとは思わなんだ。思わず慌ててしまったわ。


 将軍と一介の武芸者としての暮らしに慣れたからであろう。驚くほど周りに気遣いをなされる。それが間違うことはまずないが、此度だけは違う。


「安堵した。世話になってばかりだからな。それで真意はなんだ? 面目のためと言うなら要らぬぞ。流浪の将軍であることは変わらぬ。それは余の戒めでもあるのだ」


 亡き先代様と共に都落ちし、朽木での日々、そこから尾張と共にある。いかに権勢を戻しても苦しき日々は忘れぬということか。


「されば、この件にはいくつもの真意がございますが……」


 面目や意地よりも道理を重んじるようになった。内匠頭殿に学んだからであろうな。この件は、政を朝廷や京の都から分けることで、上様のみならずひいては帝や院を守るためでもあるのだ。


 近江以東が畿内に頼らぬ地であり上様を擁すると示すことで、古き世から争いの根源であった朝廷と京の都を次の世に導くための策。


 いずれの者の策か聞いておらぬが、尊氏公二百回忌法要での上洛における公卿や公家、寺社の動きを見ておると、今こそ必要なことであろう。


「なるほど理解はする。されど、辞める将軍だというのに御所と詰城か」


 なんとも言えぬご様子か。喜ばれてはおらぬが、要らぬと言い切ることもなされぬ。皮肉であろうな。将軍を辞めたいとまで言われた御身としては。


「詳しくは尾張にてお決めになられるとよいかと」


「いや、この場で決める。御所を造ることにしよう。皆が望むならそれが良かろう。懸念があるならば、余の耳に入る前に誰かが止めておるはず」


「ははっ、畏まりましてございます」


 おそらく本音では内匠頭殿らと話して決めたいはず。だが、この場でお決めになられた。尾張のみならず我らや奉行衆も信を得られるようになったか。


 信じることで動く。危ういと今でも思う。されど、信を裏切れば尾張が許すまい。仏の弾正忠、この乱れた世で、生き仏の名を十年も続けておる様はわしなどでは到底及ばぬこと。


「にしても、観音寺城の横に京の都を脅かす御所と町を造ろうとは。蟹江を見れば出来るのであろうと思うが、そなたは苦労をするのではないのか? 尾張と比べられる身だ」


「武衛殿からは助力を惜しまぬと書状がございます。尾張の流儀で一気に新しき御所と町を造ってご覧にいれましょう」


 近江でも織田農園で得た銭で尾張流賦役を試しておるが、御所の造営と町づくりで一気に進めてやるわ。天下の中心が京の都ではないと諸国に示す絶好の機なのだ。


「致し方ないな。近衛殿下は、ご理解をされても堪えて待つということをあまり好まぬ様子。こちらも相応に動かねば、戦になるだけか。朝廷が自壊するだけか」


 上様の仰せの通りだ。畿内や京の都が何故、大人しいか。これはひとえに尾張を恐れておるだけ。敗北知らずと称えられる仏の弾正忠と久遠の金色砲を恐れておるのだ。


 されど、これで変わる。近江は畿内ではなく、尾張に倣い変えるのだ。古き世に終わりを告げるためにな。


 もう後戻りは出来ぬ。その気もないがな。


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