第1810話・変わりつつある東西
Side:蒲生定秀
評定の場が静まり返った。
観音寺城の間近に御所と詰城を造り、さらに町も周囲に整えるか。これはさほど珍しきことではない。京の都の御所に当面お戻りになられぬならば、仮の御所をご用意することは我らでも考え及ぶことだ。
ただ、これを献策出来る者は多くない。当然ながら上様の信があって、朝廷や寺社など京の都と畿内の諸勢力を黙らせる力もいる。
さらに仮の御所ということだが、この場合は仮の御所での政務がいつまで続くか分からぬ。近江に政を移すに等しきことだ。なにかあらば矢面に立たされる。そこに費用のこともある。御所と詰城だけでも、おいそれと出せるものではないのだ。
「目賀田殿、そなた所領が要らぬというのか!?」
左様な天下の一大事をあっさりと進めようとしておることもあるが、驚きは詰城と御所などの場を目賀田殿が献上するということだ。代わりの所領はなく俸禄になる。そのことに驚きと先を越されたという、焦りとも悔やむともいえる思いが込み上げてくる。
「要らぬとは思わぬが、御屋形様と我らが所領の在り方を考えておる最中に、新たな所領を拝領するわけにもいくまい。それでは誰も所領を減らそうとせぬぞ」
訝しげに真意を問う者に、目賀田殿は堂々とした様子で己の功と忠義を示した。本意はいずこにあるか知らぬが、功とすることを選んだということ。この一件は尾張から届いたものだ。
最早、戦で尾張に名を轟かせるほどの功を挙げるのは難しい。ならば、かような機会を功とするしかないか。
「あとは上様のお許しがあればということか。にしても、この地に御所と詰城か。京の都どころか近淡海の湖賊と叡山すら驚きましょうな。東海道と東山道を整えており、尾張や伊勢からの兵もすぐに来られましょう」
後藤殿の言うとおりだ。朝廷や叡山、湖賊らが慌てふためくのが目に見えるようだ。
ただ、これで改めて示したな。御屋形様は尾張と共に進むと。所領の件も手放す時が近い。祖先は、代々所領を守ってきた者らは許してくれるのであろうか。
対峙するのが京の都の公卿ではな。話にもならぬ。いかに由緒ある血筋で名門の公卿とはいえ、こちらの利になるのが官位だけではな。不利になるとすぐに見捨てるような方々だ。尾張と比べると心許ないわ。
Side:北条氏康
南蛮たたらから作られる鉄の多さに、
京の都や石山本願寺を見たあとに尾張を見せるとは。上様のご下命があったとはいえ、これではいずこが上かと示すようなもの。
「尾張がこれほど豊かな地であったとは……」
「いえ、変わったのはここ十年ほどのことでございます」
御所様の驚きの声へにこやかな様子で答えた織田伊勢守殿の言に、わしは叔父上を思い出す。
あの一件がなくば、いかになっておったのであろうな? 今頃、織田と争うべく支度をしておったのかもしれぬ。
「久遠の知恵か。まさに神仏の如くという世評は正しいということか」
前御所様は常と変わらぬ。飄々とされており、一見するだけでは心情を察することすら難しい。とはいえ、争う愚は承知とお見受けする。
「
ああ、神仏の力でない。それは正しかろう。されど、わしはそのほうが恐ろしいわ。僅か十年にも満たぬ年月で日ノ本が変わろうとしておるのだ。人の力でな。
神仏に祈ったところで勝てぬのであろう? 久遠の知恵には。決して口にはするまいがな。
御両名はいかがするのか。それが関東の行く末にも関わるはずだ。
Side:久遠一馬
近江御所の一件、本決まりではないものの、計画立案と準備を密かに始めている。必要な費用、人員、資材。それらを概算で出して、どのくらいの期間でどう進めるのか考えておかないといけない。
場所が織田領でないということもある。どのような形で進めるのか、こちらに決定権はないけど、領民を動員した賦役とするのか、織田方式とするのかも含めて選択肢は多いほうがいいからね。
「甲斐についてでございますが、なにかよい知恵はございませぬか?」
「あまり急がないほうがよいかと。私も大殿も守護様も甲斐の現状に不満などございません」
そろそろお昼になる頃、武田信繁さんから相談があるとアポがあったのですぐに会ったんだけど。用件は甲斐のことか。
まあ、従わない人とか、従うと言いつつ勝手なことをしている人が多いんだよねぇ。
気持ちは分かる。信濃や駿河より出遅れているのが気になるんだろう。だけどさ。ウチが管理する信濃と全盛期の今川が管理する駿河だからなぁ。
そういえば信濃だけど、信濃望月家が大活躍している。
散々苦労をして分家筋の尾張望月家に頭を下げた。彼らからすると苦難と屈辱の日々だったろう。ただ、上下関係がきちんと決まって仕事と俸禄が定まると、こちらが思った以上の働きをしている。
功績は彼らが挙げたものばかりではない。信濃望月家が活躍して暮らしが明らかに良くなると、他の信濃衆のやる気が見違えるように変わったんだ。
そういう状況とか含むと、武田と甲斐はあまり運がない。
「少し助言を致しますと、その土地に合わせた政が必要です。あの地は誰が代官になっても苦労をしますよ。武田殿が面目を気にするならば、なにか考えますが……」
武田と甲斐衆、そこまでおかしなことしてないんだよね。むしろ頑張っているだろう。ただ、下に行けばいくほど従わないってのは、その土地の風土とか歴史とかいろいろとある。
「いえ、左様なことを望んでおるわけではございませぬ。ただ、手をこまねいておるようで落ち着かぬと申す者がおりまして」
うん、家中の出世争いが増えてきたとみるべきかな。近隣と比べて遅れているとなると焦りなんとかしようとする。いいことだと思うと同時に危うくもある。
「武官を少し増やしましょうか。従わぬところには罰も要りますし。武田家の御家中の方も加わり動きましょう。そのくらいならやれるかと思います。こちらから各奉行に検討を頼んでおきますから」
やる気のある皆さんに我慢しろってだけだと駄目か。少し大変だけど、人を増やして毅然とした態度と処置をするべきだな。どちらにしろ国人の上層部クラスだと逆らう気がないみたいだし。
動くという形が必要だね。
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