第1803話・石山本願寺にて

Side:久遠一馬


 三好家の案内と護衛のもとで石山本願寺へとたどり着いた。移動自体はそこまで苦じゃないんだけどね。やはりオレたちの移動には織田のみならず関係者が気を使っている。


 石山本願寺では歓迎を受けるため二晩ほど泊まることになっている。ほんと畿内で一番信頼してもいいというレベルで上手くいっているのが本願寺なんだ。滞在中のリーファたちのもてなしも最上だったほど。


 経済的な利益もあるものの、朝廷への献上品運搬を担っている願証寺の存在や、周防山口から人を引き抜いた時に本願寺を頼ったことが意外に生きている。寺社を頼る、個人的にあまり使いたい手ではないが、そういう積み重ねが信頼を生むと改めて思い知らされた。


「西国、毛利が有利な情勢みたい。ただ、博多がどうなるかはまだ見えないわ」


 石山本願寺滞在組には織田家家臣もいて、あれこれと情報交換と打ち合わせもしていた。その報告を雪乃から受けている。だいぶ前から分かっていたことだが、本願寺のネットワークでも毛利有利が鮮明となりつつあるか。


 畿内より西は大陸からの密貿易船も来るので、ウチの影響力がそこまで強いわけではない。中にはウチが倭寇のふりをしてやっている密貿易もあるだろうが、これ以上勢力があることを知られたくないので明かすことはないだろう。


「石見の銀か。あれはあるだけいいね」


 越前の朝倉もそうだが、本願寺も石見銀山の銀などを尾張に売ることで交易として利を得ている。こういうこちらが欲しがる品を見つけるのは上手い。貿易摩擦のような駆け引きがないとは言わないが、今のところぶつかるだけの懸念がないんだ。


「良銭がほしいのは同じですね」


「このレートなら悪くないね」


 雪乃が見せた交易の詳細にヘルミーナがニンマリとした。畿内は、もともと永楽銭より宋銭を好むなど、偽金への警戒感が強かったんだけどね。尾張で使われている良銭ということで、良質な宋銭でなくとも近頃だと欲しがるようになった。


 尾張で流通しているから価値があるという状況になりつつあるんだ。経済力を寺社などが理解し始めた結果だろう。


 当然、正式には評定を通すけど、交易はほぼウチの決定がそのまま通る。あとは内容の説明が主だ。経済という魔物をコントロールするのは、織田家重臣といえど無理だからなぁ。


 朝廷と畿内の各寺社に渡る良銭と利益、あとは京の都への物資の量など、帰り次第検討することが多い。


 対立構造も出来つつあるが、追い詰めたくないので現状維持が基本路線だ。近江防衛と畿内にいる三好家のことを思うと、そうとしか出来ないとも言うけど。


「伊賀もあるからなぁ」


 あと京の都で暇だった時に少し話をしたんだけど、伊賀守護を預かる仁木や影響力のある六角、北畠ともども、あそこをどうするんだという話になった。


 直接関係ないはずなんだけど、ウチの影響力が下手すると一番あることもあって織田家もそこに加わって話をしたんだ。


 一昔前ならば野心がないので手を出しませんで済んだんだけど、今それを言うとオレに見捨てられたとなりかねないんで言えなくなった。


 仁木家の面目を立てつつ、まとめてこちらの陣営に入れて変えたほうがいいというのが総意だ。六角も北畠も曖昧な勢力圏とか面倒でしかなくなりつつあるけど、要らないとは言えない。仁木家もまとめられないし。


「甲賀が上手くいきすぎましたね」


 エルが珍しく苦笑いをしている。誰の領地なんだと言いたいほど変わりつつある甲賀。それほど豊かになったわけでもないけど、織田と六角の関係を象徴するように東海道が賑わうと人と品物の流れで賑わっているんだ。


 薬草栽培とか大根栽培もやっている。あとはお茶とかあの地にある作物の増産を視野にした試験栽培が検討されているしね。


 伊賀とすると同じく豊かと言えない甲賀が変われば目の色も変わる。ただでさえあそこは外に働きに出ていることから、故郷を捨てて尾張に移住する人多いし。


 東は信濃にウルザとヒルザがいるから任せていいんだけど、甲斐はもう少し手を入れないといけない。対長尾という前線でもあるから、ふたりは当分あそこを頼むしかないなぁ。


 奥羽と信濃を任せられる分、西はこちらで動く必要がある。春たちは北畠と六角への助言とかで目立たないけど忙しいし。




Side:北畠晴具


 天下か。京の都へ上り、石山本願寺へと来ると、伊勢は鄙の地だと思い知らされる。祖先はかような地で戦っておったのだと思うと高ぶるものもある。


 面白いの。世とは。広く果てしない。


「これは大御所様、いかがされました?」


「ああ、海神わだつみ殿か。なに、少し海が見とうなってな」


 寺院というものがあまり性に合わぬのか。ふと海が見たくなり浜に出ると海神殿と出くわした。


「そなたと織田の船団が石山におるのだ。都人どもも恐れおののいておったわ」


 都では海の城、沈まぬ船とも称される久遠の船。中でも海神殿は帝や院の御座船となった船を任されたことで都でも名が知られておる。


 内匠頭の奥方は自ら戦にも出る。下手なことをすれば、石山本願寺の僧兵を借り受けて攻め上がってくるのではと囁く者もおったとか。


「それが自分の役目でございますので」


「ふふふ、頼もしき限りじゃ。都人は力を示さぬとろくなことを考えぬからの」


 女にしておくには惜しいほど頼もしき者よ。おっと、わしとしたことが。久遠では男も女も働き戦う。愚弄するようなことは思うだけでもするものでないの。


 久遠の者はこちらの教えを貪欲に学び、己が知恵としてしまう。近衛公らを相手に一歩も引かぬどころか、やり込めてしまうほどにな。知恵を後生大事に抱えておるだけの公卿が勝てる相手ではない。


「畿内など捨ておいて海に出たほうが面白き気がするの」


「ええ、自分もそう思います」


 この者を見ておると船旅を思い出す。都で鄙者扱いされるくらいならば、まだ見ぬ世を探して船にでも乗っておるほうがいいわ。


「心情は同じか。ああ、公言してはならぬぞ。そなたとて左様なことを言えば騒ぐ輩がおるからの」


「フフフ、畏まりましてございます」


 何故か、共に笑うてしまうわ。都を離れたことで気が楽になったからであろうかの。




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