第1799話・後始末と一馬の策

Side:久遠一馬


 茶席が終わってホッとした。もっとも、それはオレだけかもしれない。義輝さん率いる三国同盟と公卿の関係は確実に難しくなった。


 個人的に少し意外だったのは、幕臣も怒っている人がいることか。朝廷と公卿に対して、そこまで畏れ多いと考えている人ばかりでないんだ。尊氏公の法要のはずが、朝廷と公家が無理に予定をねじ込んだと受け止めている人が相応にいる。


 朝廷の権威で治める。大枠ではその通りなんだけど、幕臣からすると義輝さんの権威と尾張の力を朝廷が利用しようとしたと見ているようなんだ。形式も実情も関係性も一筋縄ではいかない。難しいね。


 幕臣とは今後のことも少し話をした。とりあえず帰国予定は変えなくていいということ。いろいろあって予定が狂ったけど、公卿との宴を減らすらしい。


 あと、今後の朝廷対策などは帰国したのちに相談することで一致した。


 無論、仙洞御所にて、義輝さんの権威を高めるという形にした茶席を失敗とするわけにはいかない。ただし、義輝さんが京の都に戻って政治をすることと、尾張が朝廷の更なる支援をすることは事実上の無期延期となるだろう。


 それらは元から考えていないものの、朝廷が求めていたのは主にその二点だからだ。話し合いというか、交流の過程でそういう話もする予定ではあったんだけどね。


 あと今回の茶席で帝と上皇陛下がもてなしたのだから、献上を増やせという声が出ると思うが、事実上のゼロ回答になるだろう。


 オレに関しては、仙洞御所に参内して基本的に京の都での日程が終わる。近衛さんあたりは帰る前に会いに来るだろうし、相応に交流すると思うけど。実になる話はこれ以上する予定はない。


 はっきり言うと政治問題と化したことで、オレが個人で近衛さんたちを簡単に許せる状況ではなくなった。義輝さんたちと歩調を合わせる必要がある。そうしないと義輝さんが振り上げた拳の落としどころがなくなるからだ。


「理想と現実か。薄氷の上を歩く心境って、あんまりいいもんじゃないね」


「懸念は減らしたいですね。今後も血縁などを利用して動くと思われます。家中の官位受領に関して分国法で定めるべきでしょう」


 武衛陣にいる皆さんには、今回の顚末はおおよそ知られている。公にしているわけではないが、多くの人が関わって調整しただけに、憶測も交じりつつ帝と上皇陛下への非公式な拝謁をオレたちにさせようとした事実は知られているんだ。


 反応は特に伝わってこないが、織田家は新たなステージに入るんだと思う。


 エルたちと今後のことを相談するけど、こちらも相応に動かないと駄目か。姉小路さんは公家だし、今川家のように公家と縁がある家もある。


 官位受領、現状では織田家家臣が個別に受領した事例はまだない。臣従時点ですでに官位を得ていた人はいるし、織田家として官位を頂いたことはあるけど。


 勝手に名乗ることが普通だからなぁ。正式な官位を頂くとなると根回しと家柄とかいろいろ大変だし。


「あとは上様の御正室か」


「それは私たちにはちょっと……」


 エルが珍しく困った顔をした。実は義輝さんから、正室をどこから迎えるか悩んでいると相談されたんだよね。随分前から近衛さんの娘でどうだと内々に話があったらしいが、あまりに状況が変わり過ぎたことで、義輝さん自身これ以上近衛家との縁は困ると考えているらしいんだ。


 とはいえ、オレたちそういう血縁関係、あんまり口出してないんだよね。オレ自身が血縁外交を否定していたこともあって。


 足利家の正室、確か史実だと日野家が有名だが、現状では往年の力はなく義輝さんも考えていないだろうし。


 普通に考えると、後ろ盾となっている斯波家か六角家か北畠家か。ただ、義統さんもオレの影響で血縁外交ほとんどやってないんだよね。家中に斯波家の娘を出すに相応しい家柄増えたし。


 こちらの統治体制が変わったことで血縁外交のメリットが減ったことも原因だろう。


 まあ、この件はオレたちの献策がほしいというか、三国同盟のほうで考えたいという相談だ。オレたちにも一緒に考えてほしいってだけで、細かいことは義統さんと信秀さんたちで考えるだろう。


「前々から思っていたんだけど。上様の御所がないって、そろそろ良くないよね?」


 婚礼の話で思い出したけど、義輝さんって流浪の将軍なんて言われていたし、今も観音寺城に静養しつつ政務をしていることにしている。結果として将軍なのに御所がないんだ。


 正しくは京の都に御所があるけど、戦乱で焼けたり荒らされたりしている。十数年もの間将軍不在だからね。あそこを使うなら大掛かりな普請がいるほどだ。


「そうですね。御所はあるべきかもしれません。ただ、現状で御所を用意するとなると、場所は近江しかありえません。さらに観音寺城からほど近くなければいけませんし……」


 義輝さん、もう自分の権威とか放っておいてもいいって感じなんだけど、そうはいかないんだよね。仮病は続けてもいいけどさ。


 ちょうど近衛さんたちが無理押しをしたこともあって、京の都で政務をしないと言える状況になった。


「この際さ、京の都から政治を遠ざけたほうがいいんじゃないか? 安土山、今は目賀田山か。あそこに詰城を整備して、観音寺城との中間に御所を建築して町も造ってさ」


 前から考えていて、タイミングを見計らっていたことでもある。義輝さんは将来的に辞めるつもりだが、きちんと政治をしている以上、相応の形は整えるべきだ。


 そこで思いついたのが、史実の信長が最後に居城とした安土山に御所の詰城を築き、城下に御所と町を造ることなんだよね。エルも条件を言っているが、場所は史実とこっちで見た感じでおおよそ考えていた。


 ただ、あそこは六角重臣である目賀田氏が居城とする観音寺城の支城があるんだよね。なので実現性があるのかはオレも分からない。


「……献策としてはいいと思います。朝廷と政治の分離は必要ですから。ただ、六角家に根回しが先ですね」


 ちょっと驚いた顔のエルが真剣に考えてくれたが、悪くないか。驚くほどのことかと思えないんだけど。


「どこまで考えたの? それ、凄い鍵になる策だけど」


「どこまでって、かつては鎌倉で政をしていたんだ。先例もあるし、これから日ノ本を一つにする過程で上様の御所と都はいるんじゃないか? 京の都だとオレたちでも守り切れない可能性があるし」


 ヘルミーナとシンディとケティまで驚いているなんて珍しいね。最終的にどこで政治をするかはまた別問題だけど、六角家がここまで味方となると、もう関ヶ原と鈴鹿峠で防衛って戦略も使えない。


 近江防衛をそろそろ真剣に考えないといけない頃だ。京の都への抑えとなって近江防衛も出来るとなると、琵琶湖沿岸の安土ってやはりいい場所なんだよね。


 ついでに近江開発をして、琵琶湖の水運もこちらで押さえられたら満点なんだけど。今は大人しい比叡山も健在なんだ。


 足利義輝の都、これを尾張以外につくることが出来たら、新しい時代への道しるべとなる気がするんだけどなぁ。



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