第1797話・それぞれの茶席・その二
Side:久遠一馬
多くの人は戸惑っている。ただ、上皇陛下はそれすら喜んでいるようにお見受けする。先例にとらわれない。なぜこういうもてなしをしたのかと、考えるように望んでいるとオレには思える。
武士たちがお茶とお菓子を受け取り終わると、働いていた公卿の皆さんがお茶を取りに行き、空いている席に座るようだ。その様子に驚く人もいる。
こうなると察してか、上皇陛下と帝のおられるところに近い席は空いているものの、テーブルと席が不規則に置かれていることと、来た順に席を選んだので厳密に席次が決められない。
五摂家の当主たちからお茶とお菓子を頂くと、少し困る顔で席を選んでいる。
「いかがじゃ? 楽しんでおられるか?」
次から次へと席に着く公卿を見届けるように、最後まで働いていた山科さんがオレたちの席に紅茶とお菓子を持ってきた。
他の公卿はみんな武士と違うテーブルに座っているが、山科さんだけがこちらに来たことで公卿が少し顔色を変えた。院の御内意から察したというか、行動に移せた山科さんに先を越されたという顔をしている人もいる。
「尾張でも見たことのない茶席故、楽しんでおりまする」
あえて周囲に聞こえるように問うた山科さんに、義統さんもまた聞こえるように答えた。周囲が聞き耳を立てているのが分かるからだろう。
ただ、義統さんは相変わらず政治的な動きが凄いな。山科さんがこちらにこの茶席に関して意見を言う機会をくれたことを見事に生かした。
なぜ、こんな茶席になったのか。真相を知らない人が多数だ。知りたいと思っているのはみんな同じだろうからね。多分、オレたちが絡んでいると思って疑っている人が多いはず。山科さんは助け舟を出してくれたんだと思う。
「無形の茶にて、何故、かような形にしたか考える。なんとも面白き茶の湯じゃの」
面白い。確かに山科さんの言う通りかもしれない。今回だと院の御内意をみんなで考えるだろう。別に深く考えなくてもね。祭りとかのように楽しい茶席にしたいという思いもないわけじゃないと思うし。
上皇陛下がどこまでお考えになられたのか、それはオレたちにも分からないことだ。ただし、今の公卿と義輝さん以下武士たちに必要なのは、こうして顔を見て同じ時を過ごすことだとは思う。
偶然か? 狙いか? どちらにしても、この茶席は今後の流れに大きな影響を与えるだろう。
ふと視線を向けると、お代わりを待つべく残っている帝と上皇陛下と共に女性と小さな子供がいる。あれは、帝の御子だろうか? そういえば公卿にもひとり元服前の子がいるんだよね。一条家当主だ。史実の一条内基になる子だと思う。
あの子たちにこの茶席はどう見えるんだろうか? 軽々しいことは言えないけど、珍しさを楽しんでくれればと思ってしまう。
あっ、誰も立たない中、最初に上皇陛下と帝のところに行ったのは義輝さんだ。周りが気にして動けないから、自ら行ったみたいだね。
義輝さんが行ったことで、他にもお代わりを貰いに行く人が出てくる。これもまたいい流れだ。楽しげにお代わりを渡す上皇陛下と帝の御様子に、この場の皆さんの表情も緩んでいく。
上皇陛下、もしかしたら、一度屋台のようなことをやってみたかったのでは? そうも思える。現実の難しさをご理解されていない部分もあると思うけど、上皇陛下や帝はそれでいいのではと思う。
理想と願いを示して天に届ける。それがこの時間の皇室の姿だからね。
Side:三条公頼
しばし茶を飲んでおると、山科卿に続くように縁がある者の席に移る武士や公卿が出始めた。いかにするかと思案しておると、甲斐武田家の者らが目に入る。
織田に降ったこともあり、向こうからは動きにくいのであろうな。吾から出向くか。
「これは三条公、お久しゅうございます」
先代である無人斎殿と大膳大夫殿が立ち上がり迎えてくれた。
「ああ、無人斎殿も大膳大夫殿も久しいの」
両名とも院の御幸の供として尾張に出向いた時に会うて以来か。甲斐を捨てて織田に降りいかになるかと案じておったが、上手くいっておるようじゃの。
「院や帝の御手から、直に茶と菓子を頂けるとは思いませなんだ」
「院や主上とて、かような席を楽しむことはある。歌会などとさして変わらぬ。かつて後白河院は、
驚いたのは吾も同じであるが、長き間には巷のことを好まれた院や帝もおられたであろう。かつて流行りておった今様を楽しまれた後白河院のようにの。
公卿や公家の中には、氏素性が定かでない者の真似事などするべきではないと不満を漏らす者もおるが、院や主上がなにをお望みになるかまで口を出すべきではあるまい。
文句があるのならば直言致せばよいのだ。左様なこともせぬ者に限って戯言を口にする。
「それは初耳でございまするな」
「公にしておらぬこともあるからの。朝廷にある古き書は、九百年ほど前のものもある。長きにわたり続いておるのだ。吾ですらも知らぬ様々なことがあったであろう」
思えば、かように多くの武士と公卿が一堂に集まることなど、今の世では稀なこと。顔を合わせることがない故に、血縁があっても遠き者となる。
拝謁すらしたことのない者に尊皇を求めたところで、利にならねば知らぬふりをされるのも無理はないの。皆、生きることで精いっぱいなのだ。
都から周防は山口まで行ったことを思い出すと、武士らの心情も分からんではない。
この紅茶という透き通る茶を飲みつつ、血縁ある者と話す。かような時がこれからは必要なのかもしれぬ。
それに、院と主上の御内意がいずこにあるのか、この茶席ではっきりしたからの。吾はそれに異を唱えるほどのものはない。
「九百年でございまするか……」
「書を遺した先達の志は受け継いでいかねばならぬ。武衛や弾正は、それをよう分かっておる。故に皆が従うのであろうな」
新しきものを好む尾張じゃが、古きものも正しくその価値を理解しておる。斯波と織田、いや内匠頭と奥方衆か。かの者らならば、朝廷の遺してきたものを粗末には扱うまい。
ならば、吾が言うことはない。
この茶と共にあるがままに生きるのも悪うないはずじゃ。
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